閑話2 伯爵令嬢の我儘
ルークスと結婚したいとお父様にお願いすると、とても嫌そうな顔をされてしまいました。何故かしら。
悲しくなって、魔術のお手紙をロキ兄様に飛ばします。「わたくしはルークスと結婚したいのに、お父様がベルハント家は嫌いだとおっしゃるの」と。
誰かに意地悪をされたら、すぐにお父様かロキ兄様に言うように言われているからです。お父様に意地悪をされるなら、訴える相手はロキ兄様しかいませんでした。
ロキ兄様はすぐにお返事をくださいました。お父様と話をつけてくださるとおっしゃったので、後はお任せしてしまいましょう。
ロキ兄様の説得のおかげで、お父様は折れてくれたようでした。
「向こうから断られたら、なかったことにするからな」と釘を刺されてしまいましたけど……ルークスとわたくしは両想いですもの。破談になどなるはずがありません。思った通り、まだ内定の段階ですが婚約は無事にまとまってくれました。
婚約のお祝いに、ルークスの家の晩餐会に招かれました。ルークスのご両親とルークスしかいない場なので、のんびりと過ごせそうです。
たくさんおめかしして、お父様と一緒に参加しました。ちゃんとお顔を見せて正装に着替えたお父様は、とてもとても素敵な方なのです。お母様が羨ましいくらい。
わたくしはお父様似だとロキ兄様はおっしゃいます。でも、わたくしはあまり似ていないと思います。
わたくしが地味な服を着てしかめっ面をしたり、お父様が明るい服を着てにこにこ笑ってくださるのなら、もっと似た雰囲気になるのでしょうか。
「いいかジェレゴ、忘れるな。お前の家やお前の息子があの子を粗雑に扱うのなら、その時こそお前を生きたまま焼いたうえでベルハント家ごと滅ぼしてやる。分家にもよく言い聞かせておけよ」
「カイ、君が俺を嫌う理由はよくわかります。愚かな俺の過ちを、水に流せとも言いません。ですが今は、次代を担う子供達の未来を祝福してはくれませんか」
お父様とルークスのお父様は、昔からのお知り合いのようでした。お食事のあと、ルークスとチェスをしようと遊戯室に行ったら、お父様達がいらしたのです。邪魔にならないよう隠れていたら、二人はわたくし達には気づかなかったようでした。
カードゲームやボードゲームをするでもなく、ソファに座ったお父様達は静かに見つめ合っています。見つめ合うと言っても、睨みつけているお父様に対して、ルークスのお父様は気まずそうに向き合っていらっしゃるだけなのですが。
「ですが……これだけ聞かせていただきたい。オフェリヤ嬢の母君を、オフェリヤ嬢の母親として……君の妻として正式に迎え入れる気はないのですか? 君がその方やオフェリヤ嬢を愛しているというのなら、お二人を日陰の存在でい続けさせるのはあまりに不憫だ」
「お前には関係ないだろう。オフェリヤの母親は、僕が娶れる身分の女じゃない。それに結婚しないのは、あの女も望んだことだ。……庶子であることを理由にオフェリヤを次期当主夫人として認めない奴がいるのなら、シグルズ陛下の名前を出せ。陛下は、喜んでオフェリヤの後ろ盾になると仰せだ」
「陛下が……!? 陛下からそのようなお言葉を賜るとは、やはり第一の側近は違いますね」
それからお父様達は話題を変えて、何か難しい話を始めました。お互いの部下のことや領地のことなど、つまらないのでルークスの手を取ってそっと抜け出します。盗み聞きが見つかれば、叱られてしまうかもしれませんもの。
「ねえルークス。これでわたくし達、結婚できますわね。婚約者同士なのですから、堅苦しい話し方はやめてくれなければいやよ?」
「わ……わかった。幸せにする、オフェリヤ。だからどうか貴女は貴女の心のまま、自由に振る舞っていてほしい。貴女にはいつまでも、ありのままの姿で生き生きと輝いてほしいんだ」
わたくしの思った通りです。やっぱりルークスなら、わたくしが誰と仲良くしても怒りはしないのでしょう。
「ルークス。わたくし、大好きな人達に愛されていたいのです。ですからルークスも、たくさんたくさんわたくしを愛してくださいましね」
わたくし達が婚約したことは、ユリウスにも伝えないといけません。ユリウスは、どんな顔をするのかしら。
*
ディー・ミレア学園での日々は、つまらないの一言に尽きました。ユリウスやロキ兄様は仕方ないとして、ルークスにすら会えませんもの。
これまでは、デア・ミル学園が長期休暇に入れば、“花園”でユリウスとルークスに可愛がってもらえました。それに、月に一、二度ぐらいなら、普通の休日でもユリウスはわたくしとルークスに会うための時間を都合できたのです。
ですがわたくしまでもが学園に通いだすと、わたくしも外出の手続きをきちんとしなければ外に出られなくなってしまいました。“花園”に行くばかりが用事のすべてではないとはいえ、ユリウスはよく毎回このような面倒なことをしていたものです。
ディー・ミレアにいるのは女の人ばかりです。男性の先生なら何人かいるのですが、ルークス達と同じように仲良くしたいとは思いません。適度に愛想よく振る舞うだけならともかく、勝手に“花園”に誘い込むような真似をすればユリウスやロキ兄様に叱られてしまいます。もっと自分を大事にしろ、と。
自分を粗末に扱っているつもりはまったくありませんが、ロキ兄様いわく「世の中の男が全員ルークス君やユリウスみたいな奴ならよかったが、そうとも限らないからな。オフェリヤだって、話を聞いてくれない奴に嫌なことをされたくないだろう?」だそうです。確かにそれは嫌なので、次に“花園”でルークスとユリウスに会える日だけが唯一の楽しみでした。
そんな灰色の日々の中にある一筋の救いは、エルセと四六時中一緒にいられることだけでしょうか。エルセがいなかったら、わたくしは入学式のその日に逃げ出していたかもしれませんもの。
「あら。ねえ、カーレン様」
「ッ、エルセ様……」
カフェテリアでエルセと一緒にティータイムを過ごしていると、エルセが誰かを呼び止めました。
先日のデア・ミルとの交流会で会った男子生徒によく似た女子生徒です。
名前は確か……ニルスだったかしら。ロキ兄様からのお手紙で、よく名前を聞いていました。小国の王子で、双子の姉がディー・ミレアに通っているとか。
兄様が誰かに興味を持ち、目をかけることはあまり多くはありません。あってもすぐに飽きてしまいます。それにもかかわらず、ニルスとは入学式以来交友が続いているようです。
三ヵ月も続いているということは、兄様はニルスを手放す気がないのでしょう。彼の何が兄様をそこまで惹きつけたのかしら。もし“花園”で会うことがあれば、わたくしにもわかるかもしれません。
「先の交流会はとても有意義なものだったわ。次回はぜひ貴方もいらっしゃいな」
「光栄です。確か、弟が同席させていただいたとうかがっております。失礼のないようよく言い聞かせておきますので、末永くよろしくお願いいたします」
淑女の礼を取ったカーレンは、それだけ言って足早に立ち去ってしまいました。せっかくエルセが声をかけてあげたのに、ずいぶんそっけない対応です。
「エルセ、あの方のこと、ご存知でしたの?」
「少なくとも他国の王族関係者のことなら、ある程度は覚えているわ。ノルンヘイムの皇女として、失礼があってはいけないもの」
「まあ。さすがエルセですわね。その記憶力は見習わないと。わたくしなら、きっとすぐ忘れてしまいますもの」
「兄様ほどではないけれど。それにオフェリヤの場合は、覚えようとしていないからでしょう」
エルセは素知らぬ顔で紅茶を飲んでいます。褒められて耳の先は真っ赤ですけれど。
「カーレン様は、成績自体はいいのだけれど……社交が苦手のようなの。気難しい方で、入学早々相部屋のご令嬢と言い合いになって以来一人部屋でいつも過ごしているみたい。相手のご令嬢は、カーレン様を怖がって二度と近づこうとしないってもっぱらの噂よ」
「そのようなことがあったのですか? まったく存じませんでした」
「オフェリヤは、興味のあるものとないものへの差が激しすぎるのよ。……わたしも静かなほうが好きだから、カーレン様の気持ちはわかるわ。同室の相手がオフェリヤでなかったら、無理やり空き部屋に移っていたかもね」
ディー・ミレアの寮は二人部屋が基本です。わたくしとエルセは気心の知れた仲なので問題ありませんが、確かにエルセ以外の人と同じ部屋で暮らすと思うと……広いとはいえ、少し疲れてしまうかもしれません。
「けれど一人部屋なんて、エルセも困るはずですわ。エルセのお世話をしているのはわたくしですもの。……カーレン様も、困っているのではないかしら。同室の子がいないなんて、世話係がいないということでしょう?」
「だから寮監も気にかけていらっしゃるらしいわ。でも、噂が広まっているから誰も部屋替えをしたくないんですって。カーレン様も拒んでいるみたいだし。他にも、講義中に気分が悪くなって中座することが多いみたいで、先生方も手を焼いているそうよ。最近姿を見かけないのは、個人レッスンを中心にしたカリキュラムを特別に与えられたからなんですって。……そもそも貴方は、カーレン様を認識していなかったみたいだけど」
微笑でごまかしておきます。だって、本当にわたくしには関係ないお話なんですもの。
弟のニルスはちゃんと講義を受けているのかしら。ロキ兄様に訊いてみることにしましょう。
* * *