表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/56

【隕ウ貂ャ】邂逅

【隕ウ貂ャ險倬鹸繝サ髢句ァ】



 ニルス・ナレク・フリグヴェリルは周囲を見回しつつ、他の寮生(クラスメイト)達に遅れないように歩みを進める。おろしたての式典服に身を包んだ新入生達を案内するのは、彼らの担任となるコンラード・ラシックだ。

 晴れ晴れとした秋空の下で入学式を終えた新入生達の顔は期待と不安の色が浮かんでいたが、ニルスだけは違った。

 せわしなくも注意深いニルスの眼差しは、さながら獲物を探す狩人の目のようだ。わずかに歪んだ口元も、秘めた野心の表れだろう。

 ニルスは華奢で小柄で、なにより美しい。黄みを帯びた爽やかな緑の瞳は宝石を思わせる。ふわふわとした緩く軽やかな淡い金色の髪の毛先は、グラデーションのように紫がかっていた。ともすれば天使にも見えるほど神聖で侵せざる雰囲気のニルスだが、その本性はおそらくこの場の誰よりも計算高くて現実的だ。


 ノルンヘイム帝国がハルメニア領。皇帝の直轄領でもあるこの閑静な辺境の領地にある寄宿学校が、今日からニルス達の家になる。


 このデア・ミル学園は、十五年ほど前に創立された。

 帝国内はもちろんその属国や、友好国あるいは中立国である周辺諸国の王侯貴族の子息。彼らのための学び舎であるこの寄宿学校は、歴史こそ浅いが箔はある。なにせ、大陸の三分の二を手中に収めたノルンヘイム帝国の皇帝シグルズの勅命によって建てられた学園なのだから。


 デア・ミル学園、通称『牢の園』。十四歳から十八歳までの王侯貴族の子弟を預かるこの場所は、ようは人質の収容所だ。

 体裁上、一流の教育機関としての教師やカリキュラムを用意されているため、諸侯はこの学園からの入学案内を拒めなかった。もしも拒むようなことがあれば、帝国への叛意とみなされかねない。

 学園の真の存在意義を知る諸侯は諦観を持ってこの学園を牢の園と呼び、息子達を送り出していた。


 ニルスもそうして差し出された仔羊の一人だ――――表向きは、だが。


「おや。ちょうどいい。皆、止まってくれ」


 不意にコンラードが足を止める。

 その視線の先には、廊下を並んで歩いている二人の少年がいた。彼らも前からやってくるニルス達に気づいたようだ。


 薄紅色の巻き毛の少年と、彼と少し顔立ちの似ている臙脂色のまっすぐな髪の少年。ニルス達新入生が纏っている式典服よりも華美な彼らのそれは、すべての学生の模範として扱われる監督生の証だ。

 彼らは現在この学園にいる九人の監督生のうち、代表として入学式で挨拶した最上級生達ではない。それでもニルスは、その二人を知っているはずだ。


「紹介しよう。貴方達が入ることになるヴィゾーヴ寮の監督生、ユリウス皇太子殿下とロキ王太子殿下だよ」


 にこやかに彼らを指し示したコンラードとは対照的に、何人かが顔を蒼褪めさせてひっと息を飲んだ。

 この学園は、その成り立ちからして王子などさして珍しいものでもない。ここにいる新入生の中にもどこぞの国の王族が混じっているだろうし、他ならないニルスも小国とはいえ王子と呼ばれる身分だった。


 だが、この二人だけは別格だ。


 ユリウス・ヴィンタケーケン・インステイン・ノルンヘイムと、ロキ・エーデルヴァイス・ヘズガルズ。片や皇帝の嫡男かつノルンヘイム帝国の第一皇位継承者で、片や皇帝の甥であり皇帝その人を後見人としているヘズガルズ王国の第一王位継承者。畏怖の象徴とも呼べる皇帝の血筋に名を連ねる二人を前に、緊張しない者はごくわずかだろう。 


「初めまして。二年のユリウス・ヴィンタケーケン・インステイン・ノルンヘイムだ。こちらは三年のロキ・エーデルヴァイス・ヘズガルズ。この名において君達を歓迎しよう。ヴィゾーヴ寮生として、そしてミルの学生として、恥じない振る舞いを心掛けたまえ」


 薄紅色の髪の少年、ユリウスの薄氷の瞳が新入生達を映した。

 顔立ちこそ中性的ではあるものの、長身でしなやかに引き締まっている。凛とした佇まいは、王の威厳を感じさせた。


「そう固くならないでくれよ。出自はどうあれ、今は同じ学び舎に通う学生同士だ。寮だって同じだし、困ったことがあれば気軽に声をかけてくれ」


 ユリウスの傍らに立つロキは、そう言って微笑んだ。

 しかしどこまでが本気でどこまでが社交辞令なのか判別しづらい。それは新入生達にとってもそうだったのか、新入生の大半は曖昧に笑うばかりだった。


 ふと、ニルスとロキの目が合った。

 ところどころに薄く細やかな金色の破片が散りばめられた暗青の瞳は、まっすぐにニルスを見ている――――ほんの一瞬、ロキの目が意地悪そうに細められた。


「コンラード先生。彼を俺の寮内兄弟(ブルーダー)にしても構いませんか?」

「え? そ、それは構わないが……」

「そんなに早く決めていいのかい? まだ会ったばかりじゃないか」

「こういうのは、気が乗った時にやらないとな」


 ロキの手はまっすぐにニルスを示している。コンラードはもちろんユリウスさえ驚いた顔をしたが、ロキは気にも留めていない。


 寮内兄弟(ブルーダー)とは、上級生が下級生の面倒を見る制度のことだ。

 この学園では、一人の上級生につき一人か二人の下級生がつくことになっている。

 すべての学生がこの制度を利用しているわけではないが、寮内兄弟(ブルーダー)の上級生は学園内での後ろ盾だった。実家の身分が低いか立場の弱い下級生にとっては、自分よりも力のある上級生の下につくことは大きな旨味になる。

 面倒を見てもらうと言っても、大抵は上級生から雑用を押しつけられるだけだ。後は勝手に下級生側が名前を借りるだけに過ぎない。

 だが、監督生の寮内兄弟(ブルーダー)ともなれば相応の特権もあるだろう。入学早々王子に目をつけられたニルスに対して羨望と憐憫の視線が向けられるが、ニルスは気にした様子もなかった。


「では先生、手続きをお願いします。君、名前は?」

「ニルス。ニルス・ナレク・フリグヴェリルです。よろしくお願いいたします、ロキ殿下」

「ああ。よろしく、ニルス君」


 そう言ってロキが差し出した手を、ニルスは少しためらいながらも握り返した。ロキは楽しそうに笑う。


「校内の案内が終われば、次は寮の案内かな? 一年は普通四人部屋なんだが、監督生の寮内兄弟(ブルーダー)は一人部屋なんだ。ゆっくり過ごせていいいだろう? 他にも、監督生と同等の特権がいくつかある。たとえば、専用の個人浴場とかな」

「……」


 ニルスは答えない。それじゃあ、とロキはひらひら手を振って歩き出した。

 ユリウスもコンラードに別れの挨拶をしてその後を追う。コンラードが新入生達に向けて寮内兄弟(ブルーダー)の説明を始めるが、ニルスは聞き流しているのかロキ達を目で追っていた。


*


 ロキが言っていた通り、ニルスに与えられたのは一人部屋だった。広い部屋には備え付けの調度品と、祖国から持ち込んだ荷解き前の荷物がある。

 ニルスの部屋が通常の四人部屋ではなくなった話は、すでにコンラードから寮監へと伝わっていたらしい。運び込まれた木箱の名前に間違いはなかった。


「顔がよすぎて心臓が止まるかと思った。……やっぱり未来の記憶(シナリオ)通り、声をかけられたな」


 荷ほどきもそこそこに、ニルスは小さく(ひと)()つ。そして鏡の前に立ち、襟足の長い金髪をつまみ上げた。


「うーん……髪の毛が長すぎたってわけではないよね? ニルス(・・・)はこれぐらいだし、もっと長い髪の男の人も珍しくない。コンラード先生のほうが長かった。声も体格も、変じゃなかったと思うんだけど」


 コンラードの黒に近い赤色のつややかな髪は、結われることもなく腰の上あたりまで伸びていた。しかし不潔感などは一切ない。手入れの行き届いた、絹のような美しい髪だ。

 ニルスの髪も短髪と呼ぶには少し長いとはいえ、後ろから見ればニルスよりもコンラードのほうが女性だと間違われやすいだろう。それを思い出しているのか、ニルスの女性めいた可愛らしい顔がしかめられる。


「まあ、おかげで学園生活は楽になるだろうけど……」


 ため息をつき、ニルスは着替えを始める。

 身体の丸みを隠すために一回りサイズを大きくした式典服を脱ぎ、喉元もすっかり隠せる正装から解放された彼だが、息苦しさはまだ残る――――その胸にきつく巻かれた、さらしのせいで。


「ロキ殿下、コンラード先生とユリウス殿下も実在した。ボリス君とルークス君みたいな人もちらっと見えたし、ヴェイセル先輩もどこかにいるんだろうな……」


 彼女の本当の名前はカーレン・ラグナ・フリグヴェリル。

 双子の弟ニルス・ナレク・フリグヴェリルの代わりに自ら望んで牢の園に囚われた、フリグヴェリル王国の姫君だ。



【隕ウ貂ャ險倬鹸繝サ邨ゆコ】

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ