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『初めまして、主! ボクはあなたの召喚獣です!』
「っおわぁ! なんだこの毛玉!?」
挨拶大事。良き第一印象は挨拶からと気合を入れてご挨拶したのに、すげなく振り払われて地面に転がった。まぁ、ボクが召喚された場所も悪かった。なんせ顔の上。せっかく神々しく光と共に出現したのに台無しである。改めて、腰を浮かせてこちらを訝しむ青年を見上げた。初めてのご主人様は、この人で間違いない。召喚獣としての勘がそうだと告げている。
気を取り直して、気持ちお上品にもう一度ご挨拶をしよう。
『初めまして、主。ボクはあなたの召喚獣です』
「しょう、かん、じゅう?」
この反応はもしかして、ボクがこの世界の召喚獣第一号なのだろうか。召喚獣たちが召喚される世界は一つではなくて、それぞれ別の世界に召喚されている。もちろん、同じ世界に召喚されることも多々あるけれど。もし第一号ならば、後進のためにも頑張らないと! と意気込んでいると、突然ハッとした様子の主が走り出した。主は落ちていた剣を拾い上げ、何故か目を押さえて悶え転がっている狼っぽいものたちを斬ってまわった。
いきなりの惨状に固まるボクを主が手招く。主とボクの間には、たくさんの狼の死体がある。こちらはおっかなびっくりしながら狼を避けて向かっているというのに、主はのんきに何かを飲んでいるようだ。
やっとのことで辿り着いて、主の肩へ飛び乗った。
『もう! 主、こんな血みどろなところで何飲んでるんですか!?』
「それよりお前、向こう側見えるか?」
あっちと指をさされてよくよく観察してみれば、ここよりもだいぶ広い奥の空間にはまだまだ獣たちがいる。唸り声をあげ、こちらを警戒して間合いを取っているようである。
『なんだかいっぱいいますね?』
「この洞窟から出るには、あのいっぱいいるケイヴウルフを倒さなきゃいけない」
『ケイヴウルフをたおす……』
「そうだ。そのためにもお前の協力が必要なんだが、お前は何が出来る召喚獣なんだ?」
あれ? 何ができるか聞いてくるってことは、もしかして召喚獣をご存知です?
『えーっと、これが初めての召喚なので、ボクも自分に何ができるのか、ちょっと分からなくてですね……』
主からそろりと視線を外した。嘘は言ってない。
「さっきみたいに、強烈な光を出すことは?」
『あれは、初回登場特典みたいなものでして……』
自分でもどうやったのか分からないから、合ってるはず。嘘は言ってない。言ってないけど本当のことも言っていない良心の呵責から、主と目が合わせられない。
主がこちらをじっと見つめている気配がする。
「確か召喚獣は死なないんだよな?」
『え? まぁ、はい』
返事をしたものの大変嫌な予感がした。
そろりと見上げると、企み顔の主と目が合う。そして主はボクをガシッと掴んだ。
『あ、あるじ?』
「それじゃあ、とりあえず敵の注意ひとつやふたつ逸らしてこーい!!」
『びぇええああああああっ』
空中に投げ出されたボクのふわもこボディは美しい放物線を描いて、敵陣営の中央にぽてっと落ちた。
おそるおそる見回せば、ボクを囲む無数の瞳。
突然の闖入者にケイヴウルフたちは地面で爪を鳴らして威嚇する。
動いたら死ぬ。死なないけど、死ぬ。
生存本能ゆえか、ボクは前世日本人特有の愛想笑いを無意識に浮かべていた。
『お、同じ獣同士、わかりあえ……ませんよねぇぇぇ! そうですよねぇぇぇ!!』
問答無用で噛みついてきたケイヴウルフを寸でのところでかわした。本当にギリギリだった。あとコンマ一秒でも遅かったら、ケイブウルフのお口の中にいた。自慢のふわもこボディだけど、今ばかりはこの体が憎い。なんせ足が大層短いのだ。人型にも変身出来ないボクは、どこかに行きたければ他の召喚獣に運んでもらうのが当たり前だったから、自分がどれくらい走れるのかわからない。そもそも走るよりも転がったり跳ねたりするほうが速いので、それらを駆使しながら無我夢中で逃げた。
もう無理。もう駄目。もう死んじゃうってくらいに体力を使い果たしてへろへろになった頃、急に体を持ち上げられた。
『ボクは美味しくないですぅぅぅ!!』
「落ち着け。もう終わったから」
噛まれると思って力を振り絞って暴れたら、返ってきたのは来たのは優しく撫でられる感触で。ポカンと見上げると、主が「良くやった」と褒めてくれた。
『へ? あるじ?』
状況が飲み込めないまま、主の手のひらから周囲を確認すると死屍累々のケイヴウルフを発見した。
『全部やっつけたんですか?』
「ああ。お前の陽動のお陰でな」
『た、たすかったぁぁ』
安心して力が抜けた。目からは、だばばと涙の滝が流れた。
『死んじゃうかと思った……』
「召喚獣は死なないんじゃなかったのか?」
『死にませんけど、痛いのはきっと死ぬほど痛いんです……!』
「そうなのか?」
怪我をしたことがないからわからないけど、他のみんなが召喚獣同士でじゃれて喧嘩したときや、召喚先で傷を負って帰ってきたら痛がっている。だから、きっと致命傷を受けたら、それ相応に痛いはずだ。みんなに可愛がられて甘やかされてる末っ子召喚獣なボクには恐ろしすぎる。やっと召喚されて嬉しいけど、痛いのは嫌だ。
「わるかった。これからは気を付けるからもう泣くな」
落ち着いてきたボクを、主はワシワシとやや乱暴に撫で付けてから地面に下ろした。
「さて、新しい魔物が来る前にさっさと此処から出たいんだが……素材がもったいないし、証拠も必要だからある程度持って帰るか」
主はそう呟いて、ダガーと小石を取り出す。それはただの小石ではなかったようで、軽く擦るとたちまち光り出した。
『ふわぁ! すごい! 主、それ魔法の石ですか!?』
「これか? 魔法の石というか魔導具の一種だな。これは、照光石といって、こうやって擦るとランタンの代わりになるんだ。砕くと光の強さが増す。まぁ、石の寿命は短くなるけどな」
そう言いながら照光石を見せてくれる主の指が黒いことに気づいた。
手袋かと思ったけれど、そうじゃない。指ぬき手袋から出ている主の指が真っ黒なのだ。
『主の指、真っ黒け……』
ボクの言葉にギョッとした主が、自分の指を確認する。右の袖をまくり上げると、肘近くまで真っ黒になっていた。
「道理で体が怠いと。街に戻るまでいけるか……、いやでも、これで魔物出てきたらやばいし素材回収もあるし、あー、仕方ない」
主は、肩を落として腰袋から小瓶を出した。栓を外すと、ちゃぽんと中の液体が揺れる。
『それ何です?』
「これは聖水っていう、宿代一ヶ月分もするめっちゃくちゃ高い薬だ。その分効果は抜群ではある」
ええいままよと主は一気に呷った。すると、みるみるうちに真っ黒だった部分がなくなっていく。指先まできれいさっぱりに。確かに効果は抜群だ。
『すごい! お薬効くの早い! でも、なんで主の手はあんなに真っ黒になっちゃったんですか? 毒?』
「時間が惜しいから、説明は作業しながらな」
照光石を地面に置くと、主は一番大きなケイヴウルフを解体し始めた。
「ケイヴウルフみたいな魔物は瘴気っていう悪い気を出していて、接触してると、俺みたいに指先から体が黒くなってくる。それを魔瘴と言うんだが、魔瘴が進行する速度は体調や瘴気の濃さによる」
主は話しながらも手を休ませず、ケイヴウルフを切り開いていく。解体をしているというよりは何かを探すような手つきでケイヴウルフの中にダガーを潜り込ませている。
「魔瘴は体の動きを鈍くして、体の半分以上を侵食されると死ぬ。魔瘴を消すには、瘴気に触れず安静にしていればいいけど、時間がかかる。で、さっき飲んだ聖水は、これくらいの魔瘴なら速攻で消してくれるありがたいお薬ってわけだ。高いけど」
『あれ? 戦う前にも何か飲んでましたよね? あれも聖水ですか?』
「あれは、ただの回復薬。軽い外傷や体力を回復できる薬」
ケイヴウルフの腹にぐっとダガーを突っ込んで、何かを弾き出した。地面に転がったのは黒いビー玉のようなものだ。主はダガーでその玉をつついて、複雑な紋様が描かれた小袋へと収めた。
「そして、これが魔核。魔物の瘴気のもとだ。この特別仕様の袋に入れると瘴気にあてられずに済む」
『そんな危ないのどうしてわざわざ取るんです?』
「魔核は魔導具って言う便利な道具の素材になるから、換金できるんだ。お金は大事だろ? それに、魔核が足りなくなって魔導具が作れなくなるとこっちが困るしな」
お金大事は同意。召喚獣の世界ではお金は必要なかったけど、前世人間のボクにはわかる。
『魔導具……、あ、照光石ですね! でも魔核と全然形がちがいますね』
「照光石は魔核を砕いて、石材と他の素材を混ぜ合わせて作るから形は石材寄りになる。魔核をこのまま使う魔導具ももちろんあるぞ」
主は一度採取して要領を得たのか、次々とケイヴウルフから魔核を取り出していく。数頭から取り終わると、一番初めに取ったケイヴウルフのもとへ戻ってきた。なんとそこには、血と肉がない、きれいな骨と皮だけが残っていた。ほやほやの死骸が転がっていたはずなのに。呆然とするボクをよそに、主は皮と牙だけを当然のごとく回収し始めた。
『えぇ!? なんで!? さっきまで血みどろだったのに!』
「ん? あぁ、そうか。初めて見るとびっくりするか……。魔物は魔核を取るとこうなるんだ。お偉い学者さんによると魔物の血肉は魔素、魔核からの栄養で出来ているから魔核がなくなると維持できなくなるということらしいが、単純に素材回収が楽で良いからみんなあまり気にしてない」
まるでゲームのドロップ品みたいだ。そういえば、いつの間にか地面に飛び散っていたはずの血の跡形もない。でも、魔核を取っていない死骸からはまだ血肉が見える。本当に魔核と切り離されたら消えていくんだ……。
「さて、そろそろ帰るか。もうお前も帰っていいぞ」
数頭分の皮と牙を両脇に抱えた主に言われて、はたと気づく。
帰る? ボクの帰る場所って言ったら、召喚獣の世界にだよね。他の召喚獣もお仕事終わったら帰ってきてるし。なるほど。で、どうやって帰るんだろう? 帰りたいって思えばいいのかな? 帰りたい。帰りたいよー。
「喚びかければ、また来てくれるんだろう? 今日は俺もこれで街に戻るだけだから」
『……あのう、主。ボク、帰り方わからないです』
「は?」
びっくりですよね。ボクもびっくりです。
「お前は本当に召喚獣なんだよな? 言葉を操る珍獣じゃないよな?」
『ち、ちがいます! ちゃんと本物の召喚獣です! ただちょっとみそっかすなだけで……』
自分で言ってて悲しくなってきた。胡乱げにしていた主も可哀想なものを見る目つきになっている。うう。居た堪れない。主は軽くため息をついて、ボクを促すように歩き出した。
「はぁ。お前の帰り方は追々調べるとして。とりあえず、ここからさっさと出るぞ。遅れずに着いてこいよ」
『はい!』
元気よく返事をしたものの、主の足の速さが想像以上だった。あっという間に、距離が離れてしまう。
『あ、あるじぃ〜待って下さい〜』
薄暗い中、置いて行かれそうになる恐怖に半泣きになる。それでも頑張って追いかけていると主が戻ってきてくれた。主は荷物を抱えたまましゃがみこんだ。
「さっきの魔物を撹乱したときの素早さはどうした」
『あれは、死に物狂いの奇跡です……』
「奇跡……」
ボクの返答に、主が視線をどこか遠くへやってしまった。
「あ。たしか召喚獣って人型になれるよな? 人型になれば移動が楽なんじゃないか?」
『……』
「……」
目を逸らして返事が出来ないボクに察した主は、それはもう盛大なため息をついてくれました。
バハムート、今度はボクが慰めてもらう番になりそうです。