ふわもこ召喚獣、はじめての召喚
『今日も今日とて喚び出しなかったね、ふわもこちゃん』
『だねー』
『ところで、誰かに手入れしてもらった? いつもよりふわふわしてるね』
『フェンリルがめっちゃ毛繕いしてくれたー』
やっぱりとつぶやくユニセックスな美人さん、ミラの手のひらの上で、もにもにと揉まれている真っ白な毛玉。それがボク。
いやいや違う。近くで見ればちゃんと目鼻口、耳と四本足があるし、これでもボクは立派な召喚獣なのだ。とはいえ、まだ一度も召喚されたことがないけれども。
今世では毛玉なボクだけど、前世では普通の人間だった……はず、たぶん、おそらく、メイビー。
はっきりと断定できないのは、前世の自分のことをボクはあまり覚えていないからだ。自分の名前や容姿、家族について記憶になく、日本という国の生活は覚えているので、おそらく日本人で、感覚的に性別は男だったような気がすること。あとはファンタジーゲーム好きだろう程度の事しか思い出せなかった。
気がついた時には、このふわふわもこもこの召喚獣に生まれ変わっていたのである。
ただ、召喚獣と言っても、ボクは普通の召喚獣とは異なっていた。
召喚獣は、召喚獣として生まれ落ちると同時に自らの名と本質を理解するらしいけれど、ボクは自分の名も本質もさっぱり分からなかったのだ。
召喚獣として生まれ落ちたあの日のことは今でもよく覚えている。突然知らない世界へ放りこまれて、目を白黒させていたボクの近くに青髪の美女が偶然居合わせた。彼女は、ボクが安心するように優しく撫でながら、こう教えてくれた。
曰く、この世界は召喚獣しか生きられないから、ここで生きていられるボクは召喚獣なのだと。
ボクは吃驚した。自分が召喚獣であるという事実ではなく、その後の彼女の自己紹介に。
『私はウンディーネ。魚の姿を本性にもつ、水を司る召喚獣なの。これからよろしくね』
想像して欲しい、この衝撃を。だって、あのウンディーネだ。水の精霊として有名な、あのウンディーネ。ファンタジーゲームをプレイしたことがある人なら一度は聞いたことがあるだろう名前。たいてい物語の序盤で仲間になってくれる心強い味方。そのウンディーネが自分を撫でているなんて。
現実離れした出来事に呆けていたら、ボクの誕生を感じとって、ほかにも聞いたことのある名前の召喚獣がわんさか寄ってきた。イフリートやリヴァイアサン、フェニックスなど有名どころだけではなく、ゲームの中では、ただのモンスターだったものもいたのには驚いた。
現に今、ボクのふわもこボディを楽しんでいるミラがそうだ。本性は角の生えた兎で、本当の名前はアルミラージという。ボクの記憶でのアルミラージは、経験値稼ぎの糧にされるモンスターだった。けれどもこの世界のアルミラージは、自分の名前があまり好きじゃないからミラと呼んでほしいと言ったり、なかなか召喚されないと愚痴る感情豊かな仲間である。
また、ミラとは違う意味で驚いた召喚獣もいる。
例えば――
『まるいの、聞いて~。主にやりすぎだって、また怒られちゃったよぉ』
なにもない場所から急に現れたのはバハムート。召喚先でへまをして叱らてしまったようで、大きな体の割には小さな瞳をうるうるとさせて帰ってきた。
バハムートと聞いて想像したのはきっと猛々しい竜の姿だろうが、このバハムートは鯨の姿をしている。
初めて名前を教えてもらったとき、驚いて『竜じゃない』とこぼしてしまったら、バハムートは二代前の召喚主にも言われたとしばらくの間さめざめと泣いた。バハムートは地震を司る召喚獣で、涙を落とすたびに地面が揺れるものだから、掛ける言葉は慎重に選ばなくちゃいけない。
『えっと、その、……次、がんばれ!』
ファイト! とミラの手の上で跳ねながら言えば、バハムートは『そうだよね、つぎ頑張る』と張りきった。
どうやら正解の言葉だったみたいだ。ミラが高速でボクを撫でまわした。ほっとしたのも束の間、空気の読めない召喚獣が一匹帰ってきてしまった。
『お? なんだ? バハムート、お前また失敗したのかよー!?』
上がっていたバハムートの気持ちを再びどん底に突き落としたのは、火をまとったオオトカゲのサラマンダー。
『サラマンダー、きみ、もう一回召喚先に行った方がいいんじゃない? 私が送ってあげようか?』
ボクを片手に、笑顔で握りこぶしをつくるミラにサラマンダーは後ずさりしている。ミラは人の姿の麗人っぷりからは想像できないけれど、力を司る召喚獣らしい。
『おい、ちょ、お前のそれはシャレにならないからな!? それに殴っても送れないからな!?』
『なら、どうにかしなさい』
ミラが視線を走らせた先には、さっきよりも消沈したうるうるお目目のバハムートがいた。もう瞳から雫がこぼれ落ちそうである。
『ぼくはぁ、だめな召喚獣なんだぁ。主に迷惑かけてばっかりのダメダメ召喚獣なんだぁ。ふぇっ、』
『ちょっと待ったー! 泣くなバハムート! お前は立派な召喚獣だ! どんな失敗したのか知らんが、お前は召喚主の役に立ってるぞ!』
『ひっく、ぅぐ、ほんと?』
『本当だ! 叱られもするけど、感謝されたこともあるだろ?』
『……ぅん。今日もね、敵を倒すのにやりすぎだって怒られたあとにね、でもお前のお陰で助かったって言ってくれたんだぁ』
『な! お前はやれば出来る召喚獣だ!』
『えへへ』
今泣いたバハムートがもう笑う。
サラマンダーもやれば出来る召喚獣だったんだなぁと感心していると、『元気になって良かったね』とミラが囁いてきた。
はじめはバハムートのことかと思ったけれど、ミラの優しく見つめる方にサラマンダーがいて納得した。
サラマンダーは、少し前に召喚主と悲しい別れをした。
召喚獣と召喚主の契約解除は死を以てなされる。だけど、ボクたち召喚獣は死なない。
召喚獣には寿命がない上に、瀕死の状態になると強制的にこの世界へ帰ってくるのだ。召喚獣が死にかけるほどの死地に召喚主をひとり残したとしても。
そのあと召喚主と契約が切れたら、……そういうことだ。
召喚主が天寿を全うしての別れならば気持ちの整理もつくけれど、そうじゃなかったサラマンダーはひどく憔悴した。外傷はこちらに戻ると治るけれど、召喚主を喪った悲しみはそう簡単に癒せない。みんなでひたすら寄り添うことしか出来なかった時、サラマンダーが新たに召喚された。
今度の召喚主はわんぱくなお子様で、悲しくなる時間もないほどサラマンダーは振り回されている。今日の召喚も、もれなく。
『バハムートは、マジでちゃんと役に立ってて偉いよ。オレなんて今回喚び出されたの、釣った魚焼くためだぞ。それから、焼き芋の種火にもさせられたし、しょーもないいたずらにも付き合わされたし』
『サラマンダーだって、役に立ってるよぉ?』
『違うんだよなー。魚焼くとか、そういうんじゃなくて、お前みたいに、なんかでっかいことで役に立ちたい! ……それに今度は絶対守る』
最後に小さく呟かれた決意に気づかないふりをして、ぴょんすとサラマンダーの頭の上に乗り移った。
『ボクは、そもそも召喚されたいー』
『お? そうだったな。毛玉はまだ一度も召喚されたことないんだったな。ま、そのうち召喚されるだろ!』
『そう思い続けて早何年……』
『……なんかすまん。いやでも、ほら、お前が生まれる前から召喚されてないやつもいるしな! ミラ、お前最後に召喚されたのいつだったっけ?』
『サラマンダー、やっぱり召喚先に行きますか?』
『ミラ! オレの頭上には毛玉がいるんだぞ!』
サラマンダーがボクを人質扱いし始めたから、跳ねて地面に降りた。
この件に関して、ボクがサラマンダーの味方になることはない。なんてったって、ボクとミラは召喚されない~ズ同盟を組んでいるのだ。
ボクら召喚獣は相性のいい人間にしか召喚されない。だから、いつ召喚されたかどうかも思い出せないほどお喚びがかかってないミラは、遠回しに変人、いや変獣だと貶されたようなものだ。召喚されないボクも然り。それに、サラマンダーはそろそろ口は災いの元だと肝に銘じた方がいいのだ。これは、愛の鞭なのだと、防御を失ったサラマンダーがミラに平身低頭謝っているのを眺めていると、突如ボクの体が光りだした。
ボクはこれを知っている。
幾度となくこうなった仲間を見送ってきた。
ごめん、ミラ。
ボク、同盟破っちゃうみたい……!