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step 3. 幸せを祈ってる


 幼いころから見つめてきた端正な面立ちが、少年のものから、男性らしい頬の線に変わっていったのは、いつごろからだったろうか。


 いつもより近い距離にあるフィリップの顔に、リゼットは頬にじわじわと熱が集まるのを感じた。そっと視線をそらす。肩越しに、ラストダンスを踊る他の人々の姿が見えた。皆、幸せそうに、目の前の相手と微笑みあっている。


 フィリップに視線を戻すと、彼の目が優しく細められた。息を合わせて大きくターンをすると、同色の髪がきらきらとなびく。


 ふと、遠い記憶と重なった。タウンハウスの庭園で、駆けまわって遊ぶルイスとフィリップ。二人を追いかけた。待って、と呼ぶと、心配そうに振り返るフィリップの髪が、陽の光できらきら輝いていた。リゼットが追いつくと、髪と同じ色の瞳が、優しく、楽しげに輝いた。

 フィリップとの記憶は、いつも眩しかった。


 この曲が、永遠に終わらなければいい。リゼットは本気でそう思った。


「なんだか上の空だね」

「……夢みたいなんだもの」

「そんなにラストダンスに憧れていたの?」


(忘れてしまったの?)


 リゼットの胸がつきりと痛む。


「……小さいころ、フィル兄さまと読んだ絵物語に、ラストダンスのシーンがあったの。覚えていない?」

「絵物語……ああ、月のお姫様のお話?」


 リゼットはこくりと頷いた。


「お星さまの王子様と、ラストダンスを踊るの」

「そうだったね……でも確か、リズはお日さまの王子の方がお気に入りじゃなかった?」

「そうよ。……だから、お日さまの王子様とも、ダンスを踊ればいいのにって思ってた……」

「太陽と月は、夜には会えないからね」


 物語に沿ってなにげなく言ったのであろうフィリップの言葉が、思いがけずリゼットの心に突き刺さった。

 曲は、最後の盛り上がりに入っていく。


(言ってしまおう)


 夢の時間が、終わってしまう前に。リゼットの心を、そんな思いが支配した。どう思われてしまってもいい。リゼットがフィリップと結ばれることはないし、他の人と結婚することも決まったことだ。何も変えられないのなら、せめてこの想いだけでも。


 今にも涙がこぼれそうだった。大きく息を吸って、リゼットはフィリップの目をまっすぐに見つめた。


「あのね、フィル兄さま」

「なに?」


 優しく問い返しながら、フィリップは首を傾げてみせた。


「あの、あのね……」


 震える心を叱咤して、リゼットは覚悟を決めた。


「フィル兄さまは、私にとって、お日さまの王子様だったの」

「……え?」

「ラストダンス、ありがとう……私すごくうれしかったわ」

「リズ、それって……」

「私ね、もうすぐ婚約するの。……お祝い、してくださる?」


 とうとうこらえきれずに、リゼットの頬を涙が一筋滑り落ちた。

 フィリップの驚いている顔が、ぼやけてしまう。


 いつのまにか、曲は終わっていた。

 礼をとってフィリップを見上げると、ハンカチが優しく差し出された。


「リズ……、おめでとう。……幸せを祈ってる」


 受け取る手が震える。


「ありがとう、フィル兄さま……」


 なんとか顔を見ながら礼を告げたけれど、すっかり視界はにじんでいる。フィリップの微笑みが、なぜか少しだけ寂しげに見える気がするのは、リゼットの願望だろうか。


 周囲の人々に怪しまれない程度の早足で、リゼットは会場を後にした。

 家の馬車の前で待っていたルイスを目にした途端、涙が後から後からあふれてきて、頬を伝っていく。


「リズ? どうした?」


 気遣わしげなルイスの声が、もっとリゼットの涙をあふれさせた。


「なにかあったのか?」


 リゼットの肩を抱くようにして馬車に乗せながら、ルイスはさらに問いかける。

 リゼットは黙って首を振った。


 しばらく何も聞かなかったルイスだったが、リゼットが膝に乗せた手に握りしめていたハンカチに視線を落として、感づいたようだった。


「フィルか。……リズ、お前、本気だったんだな」


 頷いて、そのままうつむいたリゼットの頭を、大きな手が優しく撫でた。

 リゼットの初恋が、終わりを告げた夜だった。



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