表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/25

step 17. そしてお前たちは、二人して大切なことを忘れている


 ノーコット城での初めての晩餐は、ほとんど味もわからないままに終わった。

 リゼットとアルバートの間に流れるぎこちない空気から、晩餐に集った面々はなにがしかを悟ったらしい。お茶の席での話を蒸し返すこともせず、見守ることに決めたようだった。

 しかし、目も合わせずに就寝の挨拶をした婚約者たちに思うところがあったのか、ルイスはすぐに行動を起こした。

 自室へ帰るリゼットを追ってきたルイスは、妹の顔をちらりと覗き込んで眉を寄せた。


「アルと何があったんだ」


 その声には茶化すような響きはない。安堵したリゼットは、ほんの少しの逡巡のあと、起こったことを打ち明けた。

 話を聞いたルイスは、珍しく驚きの表情を見せる。


「喧嘩したのか? お前と、あのアルが? ……いや、喧嘩というほどではないか……」


 うつむいて沈んだ表情をしているリゼットとは対照的に、ルイスは事態をそれほど深刻なものとは考えていないようだった。


「いいんじゃないか。お互い遠慮しあっているよりも、言いたいことを言いあえる方がよほど健全だろう。とくにお前たちみたいな気遣い屋は」


 兄の言葉に驚いて顔をあげたリゼットは、目をすがめて兄を見やる。冷たく整った顔をほんの少し和らげて見返してくるルイスが本心からそう言っていることがわかり、リゼットは息をついた。


「アルバート様を責めるようなことを言ってしまったわ」

「……不安になったんだろう? 辺境伯家は、うちと釣り合わないとまでは言わないが家格が高い」


 ルイスの言葉に、リゼットは頷いた。本当に、自分でよかったのか。その思いはノーコットに来てからずっと感じていた。


「政略という観点では、アル側にそれほど利がない婚約であることは確かだ。だが、それでもアルはお前と婚約したんだぞ。それにもっと自信を持て」


 迷うように揺れたリゼットの瞳を覗き込んで、ルイスは真剣な表情でなおも言いつのった。


「そしてお前たちは、二人して大切なことを忘れている」

「大切な、こと?」


 ルイスは頷いた。


「相手がどう思っているか、どうしたいか。お前たちはそればかりだ。もちろんそれも大切だが、自分がどうしたいかをもっと伝えてもいいんじゃないか」


(私が、どうしたいか……)


 ルイスの言葉は、リゼットの心にすっと染み渡った。確かにリゼットは、リゼットがこの婚約についてどう思っているのか、顔合わせのときにちらりと口にしたきり、アルバートに伝えたことはなかった。フィリップとのあれこれがあっても、婚約を受け入れると決めたときからリゼットの決意は変わらない。そしてそれは、アルバートという人と過ごす時間が長くなるほど、固いものとなっていったのだ。

 しかしそれでも、不安に曇ってしまった心は、簡単には晴れてくれない。アルバートが婚約に迷いを見せている今、リゼットの勇気はしぼんでしまっていた。


 最もな助言ではあるが、それが難しいのだ。リゼットは少しむくれてルイスを見上げた。


「お兄様、他人事だと思って」


 妹のすねたような声にルイスは笑みをもらしたが、それはすぐに苦笑に変わった。


「……そうだな、人に対してはなんとでも言える……」


 自嘲気味な声は小さかったが、リゼットはしっかりと聞き取った。その内容に耳を疑う。


「お兄様がそんなことをおっしゃるなんて、お兄様も何か悩んでいらっしゃるの?」


 ルイスには、リゼットと同い年のキャサリンという婚約者がいる。こちらも政略だが、ルイスは少々奔放な噂も伝え聞くキャサリンとの関係を卒なく築いているように見えていた。

 同い年ではあるが、リゼットはキャサリンとあまり話したことがない。


(そういえば、シーズンが終わってからお兄様はあまりキャサリン様と会っていないのでは……)


「私のことはいい。こういうことは、相手あってのことだからな」


 厳しい表情ではぐらかしたルイスに対して、リゼットはこれ以上追求することができなかった。しかしその口ぶりから、ルイスの悩みもまた婚約者に関することなのだと予想がつく。

 意外に思ったリゼットだったが、かける言葉がなにも思いつかず押し黙る。ルイスは深く息をついて、襟元のタイを緩めた。


「アルとお前には、時間がたっぷりある。ただ、何のためにノーコットまで来たのか、それを忘れるなよ」


 励ましながらも忠告を忘れないその様子は、すっかりいつものルイスだった。


「……おやすみなさい、お兄様」




(何のために、ノーコットまで来たのか……)


 寝支度を整えながら、リゼットはルイスの言葉を頭の中で反芻していた。


 互いの領地を訪問することの目的は、考えるまでもなくいくつも浮かんでくる。

 事業のための視察。互いの家族について知ること。親族たちや領民への顔見せ。婚礼のための準備。そしてリゼット個人としては、リゼットができること、すべきことをきちんと見極め、滞りなくそれを行うために、アルバートのことをもっと知りたかった。


(私が、私の意志でこの婚約を受け入れたのだということを、アルバート様に知っていただかなくてはならないわ)


 そうすれば、扉を閉ざしてしまったアルバートとも、また距離を縮められるように思えた。

 明日は一日、ノーコット城内で過ごし、長旅の疲れを癒す予定になっている。


(ソフィア様に、お話を伺おう)


 いずれリゼットは、ここの女主人になるのだ。先達であるソフィアに何からたずねようか考えを巡らせながら、リゼットはノーコット城での一日目を終えた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ