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step 11. このお色はお嫌いですか?


 それからのリゼットは、ハンカチを返す機会を伺っていた。アルバートにはハンカチのことも話してあったし、ルイスにはとうに知られているから、そう後ろめたいことでもない。けれど、その二人以外には知られずに、さりげなく返すことのできる機会というのは、なかなか訪れなかった。


 快活なフィリップと穏やかなアルバートが親しくなることをあまり想像できなかったリゼットだったが、予想に反して二人はすぐに打ち解けたようだった。ルイスやブライアン、たまにシャノンも交えて、会話を弾ませている。


 晩餐の後、男性たちは明日の予定について話をしていた。明日は毎年同じ時期に行われる狩りの日だ。サミアのための牧草地や飼料畑を荒らす野生動物が増えすぎないよう、領民も交えて決められた数の野生動物を狩るのだ。

 女性がついて行ってはいけないということではないのだが、リゼットは毎年屋敷に残っていた。銃声のような大きな音が苦手なのである。


 同じように狩りに参加しないアニエスとリゼットは、男性たちとは少し離れたソファで食後の果実酒を楽しんでいた。二人とも物静かな方なので、男性たちの会話が耳に入ってくる。話題の中心が、アルバートに移ったようだった。


「では、帝国ではあまり狩りはしないの?」


 すっかり打ち解けて、砕けた口調でフィリップがたずねた。アルバートが控えめに笑んで答える。


「僕がいた帝都は狩場がないからしていなかっただけで、帝国貴族も狩りはするみたいだったよ」


 どうも口ぶりからして、アルバートは狩りの経験があまりないようである。


「アル、無理に参加することはないぞ? リズと屋敷にいればいいさ」


 ルイスの言葉に、アルバートはリゼットに視線を向けて微笑んでから、首を横に振った。


「いや、せっかくだから、ご一緒させてもらうよ」


 すると、シャノンがぱっと顔を輝かせた。


「では、アルバート様、僕の組と回りませんか?」

「シャノン、ありがとう。よろしくね」


 そのやりとりを聞いて、アニエスとリゼットは顔を見合わせてくすりと笑った。


「シャノンったら、すっかり甘えているわね」


 アニエスが呆れたようにこぼす。リゼットも笑いながら頷いた。

 シャノンも実は、大きな音が苦手だ。士官学校で多少慣らされたようだが、苦手なものは苦手らしい。ブライアンやルイス、フィリップは果敢に獲物を追っていくタイプらしく、シャノンは一緒に回りたくないのだろう。

 シャノンの思惑は、ルイスにはすぐに見破られたらしい。咎めるような兄の視線を、シャノンは首をすくめてかわしている。


 しかしルイスはすぐに表情をやわらげた。シャノンがもうすっかりアルバートを慕っているのは、誰の目にも明らかだ。

 明日は、狩りが終わればそのままガーデンパーティーをする予定だった。リゼットも、アニエスとともにその指揮を執る。

 それぞれが、明日を楽しみに眠りについた夜だった。




 カーテンの開かれる音で、リゼットは目を覚ました。眩しい陽光が部屋を照らす。


「おはようございます、お嬢様」


 すっきりとした目覚めだった。洗顔用の水を用意するマリーがてきぱきと朝の支度をしている。くるくるとよく動く栗色のシニヨンが、いつもとは少し違って見えた。


「マリー、今日の髪型、素敵ね」


 手をとめて振り向いたマリーは、大きな目を細めて喜色満面だ。


「ありがとうございます! お嬢様も今日は髪をおまとめになると思って、練習したのです」

「そうね、お願いするわ」


 マリーはいつも、様々な髪型の研究を欠かさない。自分の髪で練習して、リゼットに確認させるのだ。器用で頼りになるマリーのことが、リゼットは大好きだった。


 洗顔を済ませ、デイドレスに着替える。深い藍色を基調として、白いレースやリボンが映える落ち着いたデザインの一着だ。そこで、リゼットは少し前から感じていた疑問を打ち明けた。


「マリー? 最近、このドレスを着ることが多くはないかしら?」


 日々の衣装を選ぶのも、マリーの仕事だ。以前から持っていたドレスではあったが、デビュタントが着るには落ち着きすぎていて、あまり出番がなかった。しかし、最近はよく袖を通している気がする。

 リゼットの背後でくるみボタンを一つ一つ留めているマリーが、微笑んだ気配がした。


「今までのような淡い色もお似合いでしたけれど、こういう色もとってもお似合いですよ、お嬢様」

「いえ、そうではなくて……」


 どうも、肝心なことをはぐらかされているようだ。


「デビューのシーズンも終わりましたし、ご婚約もなさったのですから」


 姿見の中で、にこにこと楽しそうなマリーと目が合う。リゼットのじっとりとした視線を受けて、マリーはますます笑みを深めた。


「このお色はお嫌いですか?」

「そういう言い方はずるいわ」


 深い藍色。言うまでもなく、アルバートの色だ。

 婚約者の髪や瞳の色を身につける、そんな出来事が、こんなにはやく自分の身に起こるとは、実感できていなかった。

 アルバートの優しい瞳を思い出す。静かな瞳は、誰を映しても凪いでいた。

 いつか、その瞳がリゼットを映して揺らぐことはあるのだろうか。


「さ、お嬢様。御髪をまとめましょうか」


 深い思考に沈みかけたリゼットを、マリーの声が引き戻した。


(私、今、何を考えていたの?)


 恋や愛と呼べるような、そんな強い感情ではない。けれど確かに、アルバートへの感情がリゼットの心に生まれていた。親愛の情と言ってしまうのも、あまりに安直に思える。名前をつけようがないほど曖昧な気持ち。ただひとつ言えることは。


(私は、アルバート様のことを、もっと知りたいと思っている)


 鏡に映るリゼットは、まっすぐ見つめ返してくる。

 マリーの言った通り、深い藍色のドレスは白磁の肌を引き立たせ、リゼットにとてもよく似合っていた。



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