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step 10. ラストダンスは、踊ってもらえた?


 リゼットは息をのんだ。そして、言い当てられたというのに耳に心地いい静かな声が、一つの記憶を引き出した。

 宵闇に溶け込むような、静かな佇まい。

 今度こそ、リゼットはあまりの驚きに手で口を覆った。


「あのときの、……っ、アルバート様だったの……!」

「ずっと黙っていて、ごめん。僕だと気づいていないみたいだったから、言わない方がいいかと思ったんだ」


 アルバートは気まずげに眉を下げた。


「あのときは、逆光でお顔がよく見えていなくて……」

「僕からは、室内からの明かりで君がよく見えた。だから、顔合わせのときは驚いたよ」


 リゼットは血の気がひく思いだった。


(知っていたのに、ああして普通に接してくださっていたなんて……。ずっと、不愉快な思いをさせていたかもしれない)


「ラストダンスは、踊ってもらえた?」


 思わぬ問いに、リゼットはまじまじとアルバートを見つめた。その表情のあまりの優しさに、リゼットの不安は溶けていき、同時に申し訳なくなる。


(アルバート様は、婚約相手に他の想い人がいても、腹を立てるような狭量な方ではないのだわ。それなのに、私はさっきから煮え切らない態度ばかり)


「……ええ。でも……」


 リゼットは覚悟を決めて、大きく息を吸う。


「ラストダンスを踊ってもらえたら、それで終わらせるつもりだったのです。でも、それだけでは気持ちに決着をつけられないような気がして。夢のような思い出に、いつまでもすがってしまうのではないかって……」


 必死に話すリゼットを、アルバートは真剣な表情で待ってくれている。


「だから、想いを過去にできるように、気持ちを打ち明けました。婚約することも……。だから、会うのが怖いのです。言わなければ、今まで通りに接してやり過ごせたでしょうけど……」


 すべてを吐き出してしまうと、なおさらフィリップに会うことへの不安が募った。押し黙ったリゼットに、アルバートはまっすぐな目で告げた。


「それこそ、今まで通りにすべきだよ。……相手からしたら勝手な話かもしれないけれど、君は告白することで、区切りをつけたんでしょう? 想いを終わらせるためにしたことなんだから、態度や関係を変える必要はないよ。……たぶん」


 最後、自信なさげに付け加えられた一言に、二人は顔を見合わせて笑ってしまった。


「リゼット、君は、……なんていうのかな、すごく潔いね」

「そうでしょうか……」

「だって、怖くはなかった? たとえわかっていたことでも、想いを返してもらえないのを受け止めるのは、勇気のいることだ」


 アルバートは励ますように、そっとリゼットの手を取った。ためらいがちに触れたその手は、リゼットの手よりも温かい。


「君はすごいよ。自分の気持ちにも、降ってわいた婚約にも、きちんと向き合って答えを出そうとしている。だから頑張ろう。気を遣う必要なんてないんだって、従兄殿にも堂々としていればいい」


 アルバートが精一杯励ましてくれているのを感じて、リゼットは微笑んだ。

 怖い気持ちが消えたわけではない。一方的に気持ちを押し付けるようなことをしてしまったという後悔も、消えない。

 それでも、そんなことで大切な従兄との関係をぎこちないものにしてしまうのは、それこそ失礼なことだろう。


(それに、政略で決まった婚約だけれど……)


 少しずつ少しずつ、良い関係を作ろうと互いに努力できる相手なのだ。きっとフィリップも、心から祝福してくれるだろうと、リゼットは感じていた。


 温かく、優しく、けれども男性らしく骨ばった大きな手を握り返すと、アルバートは少し照れたようにはにかんだ。


「ありがとうございます、アルバート様」




 翌々日、フィリップは予定通りクラーデン領に到着した。

 プリスフォード侯爵家の立派な馬車からさっそうと降り立ったフィリップは、ハーシェル家の面々への挨拶もそこそこに、アルバートに握手を求めた。


「改めまして、ノイマン卿。いつかの晩餐会以来ですね。フィリップ・プリスフォードです」


 アルバートは控えめに微笑みながら握手を返す。


「また会えてうれしいです。これからよろしくお願いします」

「こちらこそ! それと、婚約おめでとうございます」


 人好きのする笑みを浮かべて、フィリップは朗らかにそう告げた。アルバートの隣に立つリゼットにも顔を向けて、おめでとう、と笑う。

 アルバートは少し言葉に詰まりながらも、笑顔で礼を言った。


 ブライアンとともに屋敷に入っていくフィリップの背を見ながら、アルバートはつぶやいた。


「……すごく、素敵な人だね」

「もしかして、アルバート様も緊張してらっしゃったの?」


 リゼットが見上げると、アルバートはほっとしたように眉を下げている。


「いろいろ話を聞いていたからね」


 二人とも、フィリップが来る前に感じていた不安は消えていた。

 あんなに思い悩んでいたのが嘘のように、フィリップの態度に安心している。

 それに、今隣に立っている婚約者が、こんなに素直に人を褒める人物であることもまた、リゼットの心を温かくした。



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