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蒸気と乙女と幻想病  作者: 石田空
魔法再誕編
47/55

稀代の神童

 炭鉱町サンストーン。

 先日親切な錬金術師の訪問により、症状が大分改善されたとはいえども、炭鉱で働く男手たちは幻想病の症状が重く、なかなか作業に戻ることができずにいた。

 そんな中、突然「帝国機関の演習地として、炭鉱一帯を借り受ける」と言われて困り果てていた。


「たしかにここは昔よりも石炭は獲れなくなりましたけど、それでもまだ石炭が埋まってるんですよ。いくら帝国機関の皆さんでも、演習に使うのは危険では……」


 炭鉱で働いたことのある人間ならば、わずかな静電気でも命にかかわるということを知っているため、当然ながら現場監督は帝国機関に訴えたものの、その指揮を執っている少年はにこやかに笑うだけだった。


「危険は承知の上だよ。そもそも、危険でなかったら演習の意味はなくないかな? 世の中テロリストが大勢いて、それらと対峙している機関の人間も大勢いる。それが天災か人災かの違いだよね? それに、この地一帯を借り受けたら君たちの生活も困るだろう? そのために使用料はいくらでも支払うつもりだけれど」


 そう言って、本当に気前よくぽんと使用料を支払ってくれたら、これ以上言えることはなにもなかった。

 帝国機関はこの国の安寧のために働いているのだ。それにここで働く炭鉱の男たちのことをよく考えてくれている。そんな人たちが、自分たちに悪意を向ける訳がない。

 なにも見ない。聞かない。しゃべらない。

 どう考えても、こんな危険な演習をする必要性を見い出せないものの、人道的にはなんの問題もないために、サンストーンの人々は黙秘を貫くことにしたのだった。

 宿屋の女将だけは、顔をしかめたまま、その様子を見ていたが。

 帝国機関の人間たちはそれぞれ車でキャンプを始めてしまったのだから、宿を使う訳がない。それにこんなに不景気な顔をされたいかつい人々が集まってしまっては、列車で旅行をしているような貴族たちも顔をしかめて隣町に行ってしまう。

 宿屋からしてみれば、炭鉱主たちみたいに旨味のある話でもないのだから、頼むから早く帰ってくれと、帝国機関の人々を胡乱げな顔で眺めることとなったのだ。


****


 サンストーンに張られたキャンプの中で、一番豪奢なつくりをしたテント。その中にジェードは椅子に座り、くすくすと笑いながらお茶を飲んでいた。


「ねえ、ファイブロライト。もうそろそろシトリン・アイオライトが来るんだよね?」


 ジェードが顔を向けた先では、ファイブロライトが両手を広げて目を閉じ、集音器と同調して音を拾っていた。


「ゴーレム、シトリン・アイオライトを確保。現在サンストーンに移動中。カルサイト・ジルコンはゴーレムに取り付いている」

「そっかあ。完成した賢者の石がふたつ、かあ……本当ならひとつで充分だったんだけど、ふたつもあったらいろんなことが実験できそうだよねえ。楽しみ」

「マスター、質問はいいか?」


 ファイブロライトは抑揚のない声で、ジェードに尋ねる。ジェードはくすくすと笑いながら、お茶をすすって漂白された髪の彼を見上げた。


「最近君は質問ばかりだねえ。世の中に疑問を覚えて質問をたくさんするようになるってことは、君が成長している証拠だね。いいよ。そろそろ実験は完成するのだから、好きなことに答えてあげる」

「前にマスターは、シトリン・アイオライトは運命の少女だと言った。ファイブロライトは考察したが、やはりわからない。シトリン・アイオライトはいったい、なににそこまで必要なんだ?」

「そうだねえ……じゃあ、聖書の話からはじめようか。君も結界と結界の境目で、ほんの少しだけ説明を受けたのでしょう?」


 ジェードはようやくカップをテーブルに置いて、足を組んだ。足を組んだら背の低い彼の足がプランと揺れるが、彼はちっとも気にしない。


「昔むかし、世界には魔法が存在した。全人類はひとりにつきひとつ、魔法を行使することができた。その魔法は、生まれるときに一緒に出てくる石や植物により異なり、その力の強弱も生まれもって違った。他国ではその力の強弱により身分が生まれたらしいけれど、わが帝国では全員の力を誰でも使えるようにと、魔法の力を蓄えて、蓄えた魔法を皆で使える技術を開発した。それが魔科学」

「ここまでは、結界の境目でも聞いた」

「そうだったね。で、続き。しかしその魔法と魔科学の恩恵も長くは続かなかった。巫女により結界が張られ、魔法と魔科学は使えなくなってしまったんだからねえ。でも人間、文明が発達すると、そう簡単に生活水準を下げることができないからね。当然困ったのさ。そこで魔科学を別の方法で使えるようにと頑張ったのが、蒸気機関さ。蒸気機関の発達のおかげで、何百年も生活水準は巻き戻るんじゃないかという危機は去り、せいぜい数十年レベルまでで済んだんだけれど、また新しい危機がやってきた。早い話、そろそろ石炭がなくなりそうなんだよね。どんなに長く見積もっても、残り五十年で燃料はなくなる」


 ファイブロライトは金色の瞳で、足をプランプランと揺らす少年のつむじを見る。

 帝国学問所を最年少主席で卒業し、帝国錬金機関に所属するようになった彼は、頭がどこまでもよく、計算高い。

 そして彼の計算は常に、人の感情は置き去りで進められている。


「上からも何度も何度も新しい燃料の開発研究を求められてはいるけどね、世界中の鉱石を全て分析し、代替燃料を探したけどね。それでも石炭を超える蒸気機関の動力源はなかったんだよ。そんなどん詰まりな中だったんだよ。賢者の石は、最高の燃料になるってことを知ったのは」


 すっかりと魔法も魔科学も過去の遺物となり、錬金術師ならいざ知らず、一般人は忘れ去ってしまった存在が、こうして再び表に出てきたのだ。

 彼らは再び、魔科学から代替燃料を見つけられないかと洗い出したところ、その魔科学の精巧さ、複雑さに魅入られたのだ。

 蒸気機関では、ここまで複雑なことを一度に行うことはできないというのに、魔科学ではできる。できてしまう。

 何百年前の魔科学の研究者たちに嫉妬を覚え、だんだんどうしたら魔法の失われた世界で、魔科学の研究ができるかの嫉妬に駆られたとき。

 ──この世界に張られた結界の存在を知ったのだ。


「賢者の石だけでは効率が悪過ぎるんだよ。だって生まれもって生まれる賢者の石なんてひとつだけだし、ほとんどは親の体に置き去りにされて出てこないケースすらあるんだから。おまけに賢者の石の蔓延のせいで、病気をばら撒いているなんて言われちゃあね。だからね、全ては魔法が使えないのがいけないんだから、こう考えたんだよ……ならその結界、破っちゃえばいいんじゃないかって」

「……結界の綻びは既に見つかっている。放っておいてもいずれ破れるのではないのか?」

「それだったら、あと十年は待たないと駄目だよ。でもね、世界はそれだけ待ってはくれないよ。幻想病患者が死に絶えるのが先か、世界の燃料が尽きるのが先かのチキンレースのはじまりさ。それなら手っ取り早く結界を破ってしまったほうが、早く魔科学の研究に携われる。もう燃料問題で悩まなくってもいいんだよ?」


 ジェードがプランと足を弾ませて、椅子から立ち上がった。そしてくるりとファイブロライトに振り替える。


「ゴーレムだって、魔科学のひとつさ。封印された技術には、いくらでも現在に通用するものが存在している。それらの封印を続けている意味がわからないよ、ぼくは。使えるものを使ってなにが悪いの? 使えないものを後生大事にしていてなんになるの? 君の頭に質問や疑問がどんどん湧き出るのと一緒で、人間は常に成長して生きていくものなんだよ。ただ生きながらえてなんになる? ただの皮と骨になって古いものだけ後生大事に抱えて老いさらばえてしまうのならば、ぼくは今すぐに最高の技術にまで到達してすぐに死にたいね」


 ファイブロライトには、ジェードの言葉に答える言葉を知らなかった。

 彼はつくられたホムンクルスであり、マスターの命令を絶対に聞くようにつくられている。

 だが。

 違和感が消えないのだ。

 それもジェードの言う湧き出る疑問なのか、もっと違うものなのかがわからない。

 だんだん、地鳴りが近付いてきた。

 もうすぐ、シトリン・アイオライトが到着する。


 ──彼女の死をもって、結界は破られる。

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