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蒸気と乙女と幻想病  作者: 石田空
賢者の石編
19/55

帝国治癒機関の追憶

 世界中に散らばった遺跡を解読すると、魔法が実在したこと、それにより今よりも高度に優れた文明の上で生活していたことが確認できる。

 しかし時の巫女により、世界中に存在していた魔法を使うための物質が失われ、世界の技術は何世紀も前に逆行してしまったのだという。

 時の皇帝はすぐに技術者たちを集めて、最新技術をもって代替技術を興したが、それでも一部の者たちから不満が漏れた。

 元々、技術革新のために宗教を切り捨てた国である。

 それが、宗教が原因で技術が失われてしまったのだから、それに粉骨砕身してきた者たちからしてみれば、たまったものではなかったのだ。

 技術の再来を。栄光の再現を。

 いつしか、技術者たちは蒸気機関の研究をしながら、失われた技術を求めるようになってきたのである。


****


 技術者たちの野望も、数世紀経ったことにより、忘却していった。

 いつしか、自分たちから栄光を奪い去った宗教も解禁され、緩やかに教義が語られるようになってきた。だが、元々無宗教のまま過ごしてきた国なのだ、あまり大きな力を持つこともなく、町にひとつふたつ牧歌的な教会が並ぶだけで、捨て置いても構わなかった。

 しかし、あるものによって、技術者たちの忘却に呑まれていった……いや、何世代前の燻ぶっていたものが、ある日を境に燃え出したのである。

 国の子供たちは、ときおり石や花を持って生まれることがあった。教会に通っているような従順な教徒は、これらを守護花や守護石と呼んで、ロケットの中にそれらを入れておくことがあったが、ほとんどの無宗教な者たちはそれらを捨てていた。


「おめでとう。おや、この子はダイヤを持って生まれたんだから、ダイヤだね」

「ありがとうございます」


 ある家で子供の出産の面倒を見てきたお産婆が、子供が持っていた石を治癒院に持ち帰って捨てようと思っていたのだが、ひったくりに遭い、子供の持っていた石は持っていかれてしまった。


「なんだ、あのばあさんロクなもんを持ってねえな……財布すら持ってねえじゃねえか」


 鞄の中には目ぼしいものがなく、ひったくりはそのまんま鞄ごと乗り込んでいた無人路面バスの蒸気機関の中に捨てたのだが。

 突如、大爆発が起こった。

 当然ながら大騒ぎになり、近衛兵や帝国機関が動く騒ぎとなり、それらの調査には蒸気機関の技術者たちも立ち会ったのだった。

 その中で、ある者が気が付いた。

 蒸気機関に入った異物により、爆発が起こったと。それが生まれながらにして持っていた石だったのである。

 かくして、技術者たちは新しい燃料の存在に心をときめかせた。今までは理論上ではできても、石炭を燃料とする蒸気機関では火力不足でできなかったことも、この燃料があればできるのではないだろうか。

 今まで治癒院で集められ、普通に廃棄処分されていた石は、急遽燃料として集められた。生まれたときに持っていた石なんて言ってしまえば表現に問題があると、賢者の石と名を付けられ、その石のエネルギーを元に生まれた最新技術を錬金術と呼び、いつしか技術者たちは錬金術師と称するようになってきた。

 それと同時に、賢者の石を人工的につくる方法も研究しはじめたのだ。

 そのひとつがホムンクルス。賢者の石を持って生まれた人間の情報を元に人間を生成すれば、彼らも賢者の石を持って生まれるのではないかという発想からであったが、賢者の石ひとつを得るのに人間ひとりを生むのは圧倒的に効率が悪く、すぐにそれによる賢者の石生成は放棄されたが、ホムンクルス本人自体は、治験体として便利なために、一部の治癒院が引き取るようになった。

 しかし技術革新が進んでも、賢者の石を生成する技術は遅々として進まず頭打ちだった中で。

 賢者の石を燃料として使っている人が、ときおり体の異変を訴えるようになってきたのだ。


「どうなさいましたか?」

「先生……私、このところ腕が痒くって……ずっと掻きむしってたんですけど……」


 治癒院のほうには、体の異変を訴える人たちが後を絶たなくなってきていた。

 ある人は皮膚を掻きむしっていたら、皮膚の下から金属が出てきた、ある人は最近頭が痛いと思ったら角が生えてきた、ある人は最近背中が痛いと思ったら背骨の辺りから鱗が出てきた……。

 ひとりひとり症状が違い、原因不明な病気が出てくるようになってきたのだ。ひとまずそれらの石を患者が痛くならないように削り取って、一部を錬金術師たちが持って帰ったが。

 それらを蒸気機関の燃料として放り込んだら、賢者の石と全く同じ効果が得られたのだ。

 かくして、錬金術師たちは、賢者の石を得るために、賢者の石をばら撒くという、本末転倒なことをしはじめたのだ。

 帝国は技術者たちを確保するべく、帝国錬金機関をつくり、そこの錬金術師たちは、各機関に出向して、賢者の石を浸透させるようになっていったのだが。

 錬金術師が全員が全員、技術探求のことだけを考えてはいなかった。


「……これ以上、帝国に賢者の石を普及させることはできません」


 帝国治癒機関に派遣された錬金術師、ラリマー・モルガナイトが上官に資料を持って訴え出たのである。

 つくられた資料に表示されているのは、疾患者の推定グラフに賢者の石の蔓延率、疾患者の総数の記録である。


「これ以上、幻想病患者が増えれば、最低でも二年、どんなに遅くても五年で、国家機能は麻痺します。既に錬金術師のいない町村の行政機能は麻痺していますし、遅かれ早かれ帝都の機能もそれに準じます。国民を全員患者になさるおつもりですか?」

「君はなんのために、帝国治癒機関に出向したのかね? 君がしなくてはいけないのは幻想病の治療ではない。賢者の石の回収だ。君は自分が治癒師になったのだと、本気で思っているのかい? 思い上がりもはなはだしい」

「話をズラさないでください!」


 ラリマーは机を大きく叩いた。

 普段は穏やかで、患者たちからも人を安心させると評判の錬金術師が彼である。それが声を荒げることで、他の錬金術師たちも驚いて上官のほうに視線を集める。


「慢性的な燃料不足だということは存じております。ですが、これ以上この燃料に頼るのは危険だと申しているんです」

「君は反対意見ばかり言って、そういう君は代替燃料の用意、研究をしているというのかね?」

「自分の今の職務は、帝国治癒機関の出向です。そのために、患者の治療を行っているのですから……もう結構です」


 そう言って、資料ごとラリマーは上官室を立ち去ろうとしたが、すぐに上官に肩を掴まれた。


「待ちたまえ、君はこれをどこに持っていく気だ? 今すぐ破棄したまえ」

「……お断りします」


 帝国錬金機関の上層部に渡しても、これらは握りつぶされてしまう。帝国機関の総括でも同等だとしたら……皇帝に直接送りつける以外に方法が見つからなかった。

 ラリマーは苛立ちながら資料を持って行こうとしたが、上官はすぐになにかボタンを押した。


「今この部屋でこの資料を破棄したら、見逃そう。だがラリマーくん、国家機密漏洩となったら話は別だ。帝国諜報機関に連絡をした。この部屋から資料を持って逃げたら最後、君は国家犯罪者だ。いくらでも君の罪を重ねるのは可能だと思いたまえよ」


 ラリマーはそれに、すっと冷たい顔で上官を見た。普段の穏やかな春の空色の瞳は、今は凍てつく冬の朝を思わせた。


「よくわかりました。今まで、お世話になりました」


 彼は足早に部屋を出ると、そのまま走り出す。

 元々研究職の彼にとって、ただ帝国錬金機関の施設から全速力で逃げ出すということもひと苦労であった。

 体が重い。すぐに汗が噴き出る。おまけにこちらに足音が響いてきた。

 彼は大通りを突っ切り、小道を中心に走り出した。

 後ろを振り返っている余裕は、ラリマーにはなかった。運動神経がない以上は、帝国諜報機関の裏を掻いて走るしかない。

 やがて。どう走ったのかわからなくなってしまった中、気付けば下町まで来ていたのだ。

 こんな牧歌的な場所で、捕り物は笑えない。そう思ってラリマーが歯噛みしている中。下手くそは鼻歌が聞こえてきた。


「ふんふんふーん……ルビアも年々、人使いが荒くなってくるよなあ……」


 黒いジャケットにスラックスの青年は、探偵かぶれだろうか。平穏な下町では、ペット探しくらいしか仕事が見つからなそうだが。

 彼は紙袋にたくさんのパンと野菜を入れて、それを重そうに抱えている中、ようやく疲れ果てて体全体で息をしているラリマーを見つけた。


「んー? 錬金術師さんがどうしてこんなところに? どうしたんだい、こんなに疲れ果てて」

「……ひと晩でかまいません。匿ってはくれませんか?」

「はあ? そりゃかまわねえけど」


 即答であった。

 彼自身、普通に急患も出ていない場所に錬金術師が歩いていたら訝しがりそうなものだったが、青年はなんの躊躇いもなかった。

 ラリマーは一瞬驚いて息を詰めたが、同時に安心した。

 悪意と打算、欲望だらけにいた彼にとって、この名前も知らぬ青年の善性が、ひどく心地がよかったのだ。

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