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蒸気と乙女と幻想病  作者: 石田空
賢者の石編
11/55

再会と嘆願

 真っ白なカルサイトそっくりな青年は、カルサイトがしないような抑揚のない瞳でシトリンを見る。

 シトリンは自身の胸を抑える。何故かは知らないが、逃げないといけないことはわかっているものの、身動きが取れなかった。

 青年は俊敏な動きでシトリンまで間合いを詰めると、彼女の腕を掴む。締め付けるように、関節を気にしないように、骨がギリギリと音を立てることも無視して、彼女を捕らえる。


「い……たい……! あなた、誰ですか!?」

「賢者の石、照合……ファイブロライト」

「えっ!?」


 この無機質な物言いの青年と意思疎通ができている気がしなく、腕を締め上げられたまま、シトリンは悲鳴を上げる。これ以上引っ張られたら、関節が外れるために、これ以上動くことができない。


「シトリン・アイオライト確保。これより帝都に帰還する」

「まっ、待ってくださ……! 困ります! 私、帝都になんて行きたくありません……!」

「マスターの指示。シトリン・アイオライト、同行を命じる」

「は、話を聞いてくださ……痛い……!」


 まるで青年はシトリンの言葉を理解してないかのように話す。カルサイトとそっくりにもかかわらず、全く違う言動を取る彼に、シトリンは恐怖を覚える。

 せめて車にまで走れれば、蒸気を放ってふたりを呼ぶことができるが、彼の動きは明らかに人並み外れたものだった。ラリマーもジャスパーも戦えないのに、そんなふたりを呼び戻すことも気が引けた。

 どうする。どうする。シトリンがそう思っていた中。

 ふいに青年はシトリンを突き飛ばし、栽培ハウスの屋根へと跳んだ。そのあとに、急に辺りが真っ白なものが立ち込めた。

 蒸気……いや違う。これは煙幕だ。

 急に腕を解放されたシトリンは、どうにか立ち上がって辺りを見回したとき、またも腕を捕まれたことに、彼女は自然と鳥肌を立てるが。

 人差し指をそっと唇に押し当てられた仕草は優しかった。

 黒いジャケットに、黒いスーツ。彼女を見下ろすアメジストの瞳は切れ長だが優しい。たった半日離れていただけの、カルサイトであった。

 黙っているように、と仕草で教える彼に、シトリンは黙ったまま頷くと、カルサイトは頷いたまま、彼女を抱きかかえた。

 そのまま跳躍すると、車に乗り込む。そして蒸気をボォォォォォォォとひとつ立ち昇らせてから、そのまま走り出した。

 だが、こちらを真っ白な男性は追いかけてくる。


「ったく、なんなんだあいつは。俺を漂白したような奴じゃねえか」

「あ、あの人、どうしてカルサイトさんそっくりなんでしょうか? あの人、あなたの兄弟で?」

「俺ぁひとりっ子なんだよなあ。お袋も親父も列車にはねられてぽっくりといったから、浮気なんかしてる暇なかったと思うけど」


 自分と同じ境遇だったんだなと思うシトリンだが、そう呑気に感傷に浸っている余裕はなかった。ジャスパーの運転は優しかったんだなと思う程度には、カルサイトの運転は荒っぽい。

 カルサイトはガンガンスピードを上げながら言う。


「お嬢さん、舌噛むなよ。俺ぁ残念ながらジャスパーほど優しくないからなあ」

「は、はい……っ」


 とんでもない車に乗ってしまったと思うが、そもそも彼との出会いもろくでもなかったんだから、仕方ないと腹をくくることにする。

 そして、こちらを追いかけてくる車を見て、シトリンは顔を引きつらせた。

 あの真っ白な青年は、ジャスパーの運転していた車の鍵を壊して無理矢理動かして追いかけてきたのだ。こちらもまた、運転は荒っぽく、それどころか荒れている道ではなく、畑や草原を轢き荒らしながら追いかけてくる。どこかでカルサイトたちに先回りしようとする寸法だろうが、カルサイトのほうがそれに対抗するかのようにスピードを上げるために、道なき道を走る青年でも、追いかけるのが精いっぱいで追いつくことができない。


「命知らずだな、カーチェイスを挑んでくるなんて、な……!」


 更に車のスピードが速まる。そのスピードに、シトリンは顔を青褪めさせて、ベルトをしながら車のドアにしがみついていた。

 今は道なき道を走っているからまだいいが。もうしばらく走れば列車の通っている鉄道に差し掛かる。こんなスピードで列車に突っ込めば、列車も車もひとたまりもない。

 カルサイトも青年もなにを考えているんだと、ただ血の気の引いた顔で震えていたが、カルサイトは楽し気に笑う。


「まあ、安心しろ。お嬢さん。俺もそろそろジャケット返してもらわないとって思ってたしな」

「え……?」


 カルサイトのジャケットは、現在青年の乗っている車の中だ。あのスピードの車を止める方法なんてあるんだろうか。

 シトリンは困惑してカルサイトを見ていたら、カルサイトは操縦する手を休めることなく、片手でひょいっとシトリンに向かってなにかを投げてきた。

 なにかのスイッチである。


「えっと……?」

「ジャスパーも、車強奪のことなんか普通に考えてんだよなあ。万が一のときは、これを押せと。合図したら、頼めるかい?」

「えっと、はい……」


 窓の景色は勢いよく変わる。既に並んでいた栽培ハウスは見えなくなり、代わりに見えてきたのは、湖だ。クリソプレーズに辿り着く前に通っていったどこまでも透明な湖。


「今だ」

「は、はい……!」


 スイッチにシトリンが恐々と力を込めて押した途端に。

 青年の乗っていた車が、大きく揺れた。それをシトリンは驚いて振り返って眺める。


「あ、あの。私の押したボタンって、なんだったんですか?」

「んー……ジャスパーの車って、元々列車の先頭車両だろ? 列車と車だと、車輪が違うからなあ。既定地以外でボタンを押したら、車輪交換する暇もなく、車輪が外れるんだよ」

「え、そんなことしたら車が……!」

「壊れるなあ。で、中身をミンチにするのも後味悪いから、湖に突き落とすと。そのまま棺桶にするのも忍びないから、同時にドアも壊れる」


 車輪の外れた車は、その勢いのままに湖に突き落とされていった。大きな水しぶきを上げて。

 カルサイトはそれを見て、口笛を吹いた。シトリンはただ、それを呆然と見ていた。


「あ、あの……ごめんなさい。カルサイトさんにお借りしたジャケットは、車の中だったんですが……」

「気にすんな。どっちみち車を取られたら困るし、回収した賢者の石も沈んでくれたんだったら、これで万々歳だ」


 そう軽口を叩くカルサイトに、少しだけシトリンの気持ちも軽くなる。


「さて、車でこのまま帝都に帰るか、お嬢さんをアンバーにまで送り届けるかになるが」

「……私、しばらくはアンバーに帰れませんよ。だってアンバーには帝国機関の介入がありますから」

「そうかい。でも賢者の石が埋まってる状態だったらお嬢さんを放置すんのも無理だな。となったら、ルビアのところに預けることになるか」

「……あの、ラリマーさんから少しだけ聞きましたけど。賢者の石のせいで、幻想病は広がってるんですよね? 完治することはできなくっても、賢者の石を使うことをやめれば、これ以上幻想病は広がらないんですよね?」

「そうラリマーは言ってるな」


 車のスピードは少しだけ穏やかになり、シトリンも少しだけ気持ちに余裕が生まれる。ワンピースのスカートを掴んで、思っていたことを口にする。


「あの……なにができるのかわかりませんけど、私も『暁の明星団』に入れてもらうことはできませんか? 困ります……私の村も、周りも、騙されて賢者の石を使わされて、幻想病を広げられるなんて」

「んー……参ったなあ……」


 カルサイトは言う。


「うちも帝国機関と賢者の石のことで揉めてるけど、革命家ってほど偉いわけでもねえぞ? ただ帝国機関の黙り込んで本当のことを言わねえやり口が気に食わねえだけで。おまけにこんな風に追いかけ回されるし、あんただって一度は銃で撃たれてるし、今だって誘拐されかけた。こんなことが付きまとう。こんなんでも入りたいのか?」

「でも。ラリマーさんは私の村の皆を診てくれました。ジャスパーくんは村の蒸気機関から賢者の石を取り除いてくれました。……カルサイトさんには何度も助けてもらってますから」

「そっか。なら、あとでラリマーと話をすっか。よろしくな、シトリン」


 そう彼に目を細められて呼びかけられ、シトリンは大きく頭を下げた。


「よろしく、お願いします……!」

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