走馬灯と記憶
唐突な質問だが君は臨死体験というものをしたことがあるだろうか。
例えば事故で車に轢かれそうになったり、病気で峠が迫っていたり、通り魔に刃物を突き付けられていたりなどなど人の死に直結しそうな事柄に出くわしたことがあるだろうか。
大抵の人はそのままお亡くなりになられてしまうものであり、何とか生き延びる者など極稀であるため、臨死体験とは想像を絶するものだと僕も思っていた。
「トーマ!」
「うわああああ!」
乾いた銅鑼を鳴らすかのような父親の叫ぶ声と共に浮遊感に包まれる。
少しずつ遠くなっていく父は後ろを振り返りこちらへと手を伸ばそうとしてくるが馬の速度の方が早く、徐々に引き離されていく。
それが命を手放すかのような感覚に思えて肝が冷え、頭から血の気が失せていくので僕の顔は今蒼白になっているに違いない。
ああ、ここで僕は死ぬのか。
そう思った途端に世界が止まる。
五歳という短い人生だったが走馬灯のように次から次へと今から昔へと脳裏を流れていく。
武勲で手に入れた軍馬を子供達に自慢しようと兄達を乗せて走りまわっては泣かせ、恐怖にひきつり逃げ出した僕を捕まえて脇に抱えるとそのまま走り出した父と絶叫する僕。
兄達が次々と戦争へと行き、父と共に戦果を上げて軍の階位を上げてくるのを家で待つ四歳の僕。
今日は兵士の誰が死んだ、兄の一人が死んでしまった、姉が一人嫁いでいったのを食卓で聞かされる三歳の僕。
虫により作物が影響を受けて飢饉となり、重なるかのように病気を患った床に眠るやせ細った母がその命を消すのを涙を流しながら呆然とみる二歳の僕。
母に手渡された僕をまさか生まれるとは思わなかったなどとびっくりした顔で受け取る父を見る一歳の僕。
ここに僕はいるぞとこの世に生まれたことを知らせるため、全力で声を出し、おぼろげな光を辿って叫ぶ生まれたての僕。
そして僕の記憶は黒へと染まっていく。
まるでそれは僕が生まれたことを世界が拒絶したかのような錯覚。
徐々に時の流れが戻り、地面へと頭が近づく感覚がそれを肯定するかのように生きる僕を嘲笑う。
その嘲りを、嘲笑を、愚者を見るかのようなこの世界の理に僕は怒りを感じた。
死ぬのは嫌だ!生きたい!
魂の叫びが口から漏れ出す。
暗い世界が動きだし、より昔へと戻っていく。
暗く、真っ黒な世界でも動いているのが分かり、何かを目指すかのように猛スピードで迫っていく。
遠く、遥か遠くに一筋の光が見えて気がした。
死ぬのは嫌だ!生きたい!
どこか聞き覚えのある声が光の奥で聞こえた。
同時に感じる後頭部への地面の感触。
俺の意識はそこで強制的にシャットダウンされた。