第八話 お前は俺が一番嫌いなタイプだ
「やぁローシー。ようやく見つけたよ。全く君には困ったものだ。さぁ、一緒に城に帰ろう――」
ふむ、どうやらこの男、ローシーの知り合いではあるようだが、俺のことが見えてないのか随分と一方的だ。
ローシーはローシーで肩が震えているしどうみても良い印象を持ってそうに見えない。むしろ恐れさえ感じる。
ふむ、これはやはりあれか。そしてアレか。
「お前、変態か何かか?」
「…………何?」
ピシリと表情が凍りついた。いかにも作り笑顔といったいけすかない顔から動きが消えた。おかげで人の顔をかたどった仮面をつけているだけといった顔相はより作り物っぽくなった。
「何たる失礼な。この御方をどなたと心得る!」
「知らん」
執事風の男が怒りを顕にして突っかかってきたが、見たこともない男だしな。雰囲気的には如何にも貴族という風ではある。
青みがかったグレーの髪は妙にウネウネとしていて、瞳はレッドアイ。なんとなくねちっこそうな目つきだ。服装はボタン付きの白い内着に赤の縁取りをした黒の外套。それにマントだ。
背は高く、一見するとスマートな印象。ただ鍛えるべきところは鍛えているようだな。
「この御方を知らないとは、さては田舎者か。これだから礼儀を知らぬ平民は」
執事がブツブツと愚痴ってるな。まぁ平民の出なのは確かだが。
「いいか? この御方はヴァンパイア族にして由緒あるインモラス家八代目ヴァンパイアロード。ブラッド・ハニバル・インモラス伯爵であるぞ!」
「そっか、まぁ頑張れ。さぁいくぞローシー」
「え? あ、うん」
「ちょっと待ち給え」
正直欠片も興味がないので、ローシーを連れて離れようとしたが、後ろから呼び止められた。
「だが無視する」
「徹底してる~かっくいぃ~」
「かっこいいのそれ?」
「待てと言っているだろう!」
しかし回り込まれてしまった。全く、面倒な奴だ。
「何だ? 俺は別に貴様のような変態にようはないぞ?」
「そっちになくてもこっちにはある! というか執事の話を聞いてなかったのか! 私は変態ではない! それに伯爵だ!」
「聞いていたが俺には関係のないことだ。大体ヴァンパイア族の伯爵などと言われてもこの国では全く意味がないぞ?」
「本気で言っているのか貴様? 私の領地はこの領地の隣だ! その意味を判っていっているのか!」
「全く喧しいやつだ」
この男は私を怒らせたらこの領地にも少なからず影響があるのだぞといいたいのだろう。ちなみにこの国は基本的には王が統治する王政国家だ。とはいえ元老院なども絡み王が絶対的権力を持つというわけでもなく、そのため領地を与えられた領主にも自治権を認めている。
と、それはともかくとして、一方でヴァンパイア族に関しては封建的な社会が形成されている。そもそもヴァンパイア族はほんの少し前までは人間と争い続けてきた種族だ。ヴァンパイア族は多種族の血を求める為、特に個体数が多い人間がよく狙われていた。
当然人間側もそれをただ指を咥えてみているわけもなく、後に戦争に発展した。ヴァンパイア族は個々の能力がとても高く、腕の立つ人間の戦士が十人掛かりで挑んでもあっさり返り討ちにあうほどだ。
その一方で弱点も多い種族とされ、人間側にはヴァンパイア・ハンターを名乗る集団も現れ始めた。そういった経緯と圧倒的な数の差もあり、当初は劣勢と思われていた人間側が優勢に立つようになり――当時のヴァンパイア一族の代表が敗北を認めた上で、様々な条件を受け入れ戦争は終結された。
それから暫くヴァンパイアは人間より立場が低い状態が続いたが、ここ最近はヴァンパイアの中にも商売で成功を収めたりしているものが増え始めたりということもあり、弱まった権力も少しずつ拡大していると聞く。
ヴァンパイアは戦争中こそ代表を決め、ある程度のまとまりを見せたりもしたが、基本的には我が強く自尊心が高い。故に王という存在は作らないが、この男のように特定のコミュニティーの中での上位が伯爵などを名乗り領地を治める傾向がある。そういったヴァンパイアはヴァンパイアロードと称されるわけだ。
それにしても八代目か。一見凄そうだが、ヴァンパイア族は多種族の血さえ定期的に採取出来ればかなり長生きできる種族だ。そうなると必然的に代替わりする理由は血が採取できずに死んだか、殺されたかといったところだ。個の強さを誇っている種族であることを考えたらそこまで威張れることじゃないな。
「判ったお隣さんの好でもう少しだけ話を聞いてやるよ」
「き、貴様一体何様のつもりだ!」
「まぁ良いセバスチャン。これ以上馬鹿と付き合っていても仕方がない」
「セバスチャンなんて名前の執事実在したんだな」
「なぜそんなどうでもはいいことには食いつくのだ! とにかくだ、私の要件は一つ、そこのサキュバスを引き取ることだ」
「それは断った筈だが、記憶力ないのか?」
「だから、そもそも断ることがありえないと言っとるのだ!」
断るのがありえないというのがありえないと思うのだが。
「いいか貴様、よく聞けよ? そこのサキュバスは多種族を襲い苦しめていた連中の一体だ。サキュバスが群れを作り集団で人間などを襲っていたのだ。だが、それをこの私が退治した」
「そうなのか?」
「ち、違う!」
「違うと言っているぞ」
「ふん、愚かな。魔物の言うことであるぞ? 世迷い言だ。とにかくだ、本来なら全員粛清すべき悪しき連中だが、私の慈悲でサキュバス共に罪を償う機会を与えようと我が領地で飼ってやっていたのだ。だが、そこの雌は黙って私の領地から逃げ出し、あまつさえ人間の町などに降りてきた。だから飼い主としての責任で引き取りに来ている。このことはこの町の町長からも了承済みだ。そのような魔物を放っておいてはまた何をしでかすかわからないから当然であるな」
「流石はインモラス伯爵。魔物ごときに温情を与えたばかりか、かつては敵対していた人間を助けるために自ら赴くとは」
ローシーの目はそうは言ってないがな。怨嗟の念しか感じ取れないぞ。
「これでわかったな? わかったなら早くそのサキュバスを引き渡せ」
「どうあっても断る」
「話を聞いていたのか貴様!」
「聞いていたが、俺の心には一ミリも響かなかったぞ。大体さっきもいったが肝心のローシーが嫌がっているしお前の言っていることを否定している」
「……なるほど、ならばそこのサキュバスが自ら飼い主の下に戻ってくれば文句ないのだな? ならばさっさと戻るが良い。さぁお前、ハウスだ」
「だ、だれがあんたなんかの!」
「誰に物を言っている? お前は自分の立場も理解出来ないのか? しつけが足りなかったかな?」
「――ッ……」
ローシーの目が見開かれ、全身が小刻みに震えた。目を伏せ、若干涙目にもなっている。
「さぁ、これ以上、人間に迷惑を掛けるな。さっさと戻れ、もう一度いうハウスだメス犬」
ギュッと目をつむり、ローシーが一歩を踏み出そうとする。だが――
「いかなくていいぞローシー。心にまで枷を嵌めるな。嫌なものは嫌でいい」
俺がそれを阻んだ。世界最強の魔物使いを目指してるというのに、こんな状態のローシーも守れないようじゃ話にならない。
「……貴様は一体どういうつもりだ? なぜそこまでする? 私の邪魔をしようとする?」
「お前が胡散臭いからだ。それと俺はお前が嫌いだ。先ずお前の顔が嫌いだ。その声も嫌いだ。口も臭くて嫌いだ」
「な!? 貴様!」
「そして何より――」
奴を睨みつけ、威圧を含めた言の葉をぶつける。
「さっきからローシーや仲間のことをペット扱いしているのが何より許せん。お前は俺が一番嫌いなタイプだ」
「ほぅ――」