第七話 アップダウンの町
「あそこよ、アップダウンの町。これといった特徴はないけど長閑で安心感のあるいい町よ」
「なるほど」
丘の上から見下ろせる場所にその町はあった。緑の下草に覆われたような丘陵地帯の中心部あたりに存在する町で、町のある部分だけがポコンっと引っ込んでいるように思える。
盆地というやつだな。水源は豊富なようで上下から川に挟まれるような形になっており、そこから町に水を引き込んでいるようだ。
主要な都市や砦であれば壁で囲んであることが殆どだが、この規模だとそこまでのことはしていない。
町は畑や牧場に囲まれており、ローシーの言うようにかなり長閑な外観だ。町の人口も三千人程度なようである。
壁で囲まれてもいないので特に誰かに引き止められるようなこともなく俺たちは町に立ち寄る。
これが城壁都市などになるとこうはいかない。中に入るには決められた門を通るほかなく、そこには大抵門番が立っていてやってくる人間や荷などをチェックしている。
尤もこの規模の町やもっと小さな村であったとしても周囲が危険であれば壁で囲むことがあるけどな。
ただ、最近は多くの魔物使いによる魔物研究が進んだおかげで、魔物の特徴や餌場の傾向などが判明してきている。
それに以前はただ危険な存在としか認識されていなかった魔物も、動物と同じくこの世界を生きている生物の一つであるという考え方も進み、現在は共存傾向となっており、むやみに乱獲されることも少なくなった。
俺としてはこれはとてもよい傾向だと考えている。魔物使いにとっての魔物は狩るべき敵ではなく協力すべき仲間だからな。
とはいえ、サキュバスのように知識ある魔物は人里に出るときは今のように正体を隠しておくことも多い。
ローシーも羽と尻尾さえ隠してしまえば見た目は人間と変わらないからな。
「お、おい誰だよあの女?」
「すげぇ、色気ムンムンじゃん」
「た、たまんねぇ! やべぇ!」
……前言撤回だな。やはり隠しきれていないものもある。
「ローシー。そのフェロモンはもっと包み隠せよ」
「無茶言わないでよ。これはサキュバスの分泌物みたいなものなんだし、人間が汗をかくなと言われても難しいのと同じなんだから」
つまり生理現象ということだ。ならば仕方ない。
「それより、どうしてあんたには効かないわけ?」
「言っただろ。俺には状態異常系は効かないんだ」
だからフェロモンで性欲を刺激されることもない。ローシーは納得がいってないようだが、とりあえず先ずは宿まで案内してもらう。
「はいはい宿泊ね、じゃあダブルベッドの部屋でスライム銀貨5枚だよ」
スライム銀貨5枚か。一応路銀は預かっているから問題はないが――
「なぜダブルベッドなんだ?」
「カップルなんだろ?」
「違うぞ」
「そうかい? そうは見えないけどねぇ」
宿屋のおばちゃんの視線の先にローシーがいた。妙にモジモジしている。
「お前、まさか……」
「な、なによ」
「また漏らす前に早く済ませてこい。宿に迷惑がかかるからな」
「なんだいトイレだったのかい。漏らすなんてじょうだんじゃないよ。そこを曲がったところにあるからね」
「ち、違うわよ馬鹿!」
何を切れてるんだ?
「テムって鈍感系なの?」
「お前は何を言っているんだ?」
コウンがまた妙なことをいったな。とにかく、コウンと同じ部屋なのはともかくローシーは別な部屋を取った。その分料金は変わり、スライム銀貨7枚が必要になった。うん? なんで俺がローシーの分まで払ってるんだ?
全くやれやれだな。ちなみにモンスティアの世界ではいつからか貨幣が世界共通となった。
それが現在ではこんな感じである。
スライム銅貨→一番価値が低い
グリフォン銅貨→スライム銅貨10枚分
スライム銀貨→グリフォン銅貨10枚分
ペガサス銀貨→スライム銀貨10枚分
スライム金貨→ペガサス銀貨10枚分
ドラゴン金貨→スライム金貨10枚分
スライム白金貨→ドラゴン金貨100枚分
スライム銅貨の価値が一番低いのは、どういうわけかスライムが最弱代表みたいな扱いになっているからだ。
決まったものは仕方ないが失礼な話ではあるがな。中にはコウンのような希少なスライムもいるのがスライムのいいところなのだから。
そんなことを考えつつも、宿泊代を支払い部屋に向かう。
「ローシーのはとりあえず貸しにしておくが、後でしっかり立て替えた宿代払えよ」
「え! お金取るつもり!?」
「当たり前だろ。お前が従魔なら別だが、そうではないのだからな」
「だから従魔になるって言ってるじゃない」
「おら断る」
「だからなんでよ!」
そういいつつ部屋に入る。といっても特に何があるわけでもない。俺は時空操作が可能だしコウンも次元収納魔法を覚えている。
だから荷物なんてものはない。部屋にベッドがあることが確認できればいい。硬そうなベッドだがベッドの材質程度いくらでも変更できるから問題はない。
「テム~これからどうするの?」
「そうだな夕食がつくが出来る時間までまだある。町でもぶらつくか」
俺は部屋を出てコウンと外に向かおうとした。
「ちょっと待ちなさいよ! どうして私をおいていくのよ!」
「なんだついてくるのか?」
「当たり前じゃない!」
「町までついたからもう案内は別にいいんだけどね」
「……あんた、絶対モテないでしょう?」
酷い言われようだが、最強の魔物使い目指して修行の毎日だったせいか確かに女性との出会いはないな。
まぁ、今はそんなことにうつつを抜かしている場合でもないが。
とにかく、宿を出て町をうろついてみた。一応ちょっとした店ぐらいはあった。俺の興味を引くものは売ってなかったが、手作りのアクセサリーなどはローシーが興味を持っていた。
コウンは途中にあった串焼き屋台に興味を持っていた。串焼きはどこの町でもあるな。
「らっしゃい。ハングリーポークの串焼きだよ。旨いよ」
「食べるか?」
「食べたい!」
「た、食べてあげてもいいわよ」
「わかりやすいね~」
「何がよ!」
コウンとローシーの息は中々あっているな。
「三本くれ」
「へい! 出来たてだよ~」
そして俺たちは串焼きを食べてみる。甘みのあるタレだな。中々美味い。
「でもテムってこれは食べるのね?」
「食べるがそれがどうかしたか?」
「だってこれ魔物の肉よね?」
確かにハングリーポークは魔物だな。普通の豚より味が濃いのが特徴だ。
「俺は魔物を自分では殺さないが、食材になったものは別に食うぞ。むしろ食材になったからこそ感謝して食わないとな」
俺は自分の考えを人に押し付けるつもりはない。魔物を殺さないはただの俺の主義だ。だが、俺が殺さないからと他の人間が殺すのは間違っているなどと烏滸がましいことを言うつもりはない。
勿論必要のない殺しを行う場合はまた別な話だし、大切な仲間が狙われた場合も当然全力で阻止する。
俺たちが串焼きをぱくつきながらそんなことを話しているときだった。
突如目の前に随分と派手な馬車が止まった。外側が赤で内側が黒といったタイプで馬も黒。車輪は赤で蝙蝠の紋章が刻まれている。
すると執事風の御者が馬車の戸を開き、中から一人の男が姿を見せた。
「そ、そんな――」
馬車から出てきたその男をひと目見た瞬間、ローシーの雰囲気に変化。明らかにこの男を知ってそうだが。
「やぁローシー。ようやく見つけたよ。全く君には困ったものだ。さぁ、一緒に城に帰ろう――」