第六話 失禁のサキュバス
「ヒック、ヒック――」
「驚いたな。まさか下だけでなく上までそこまでゆるいとは恐れいったぞ」
「だ、誰のせいだと思っているのよ!」
何か切れられた。先に仕掛けてきたのはそっちなんだけどな。それにしても気絶して地面をビチョビチョにした上、目が覚めたら覚めたで今度は自分の顔をビチョビチョにするのだから困ったものだ。
「本当に、本当に殺されると思ったんだからね!」
「あぁ、そのことか。だったら安心しろ。あれはただの脅しだし、お前が言っていたように俺は魔物を殺したりするつもりはない」
「ふぇ?」
サキュバスは目をまん丸くさせた。何かおねしょを目の当たりにしたこともあってか、俺の中では相当イメージが変わってきている。
見た目は色っぽい美少女といった感じなのだが、この反応といいちょっと抜けてる残念サキュバスといったところだ。
「とにかく、俺をどうこうしようというつもりならやめておくんだな。サキュバスの実力は知っているが、その程度では俺には通用しないのだから」
俺は彼女に背を向けて再び移動を開始した。それにしても、妙な魔物に会うことが多いな。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
だが、そんな俺の背中に突き刺さる声。振り返ると、怒ったような涙ぐんでいるような、そんな顔つきをしたサキュバスが立っていた。
「何だ? まだ何か用があるのか?」
「当たり前でしょ! 用があるから呼んだのよ!」
「どうして怒ってるの~? あの日~?」
「ち、違うわよ!」
コウンがピョンピョンしながら問いかけた。いちいち反応してくれる辺り根は悪いやつではないのかもしれない。さっきもコウンが無理矢理従魔にされてると思って解放しようとしていたしな。
「その、別に怒ってるとかじゃなくて、だから、貴方、魔物使いよね?」
「確かに俺は魔物使いだ。さっきも言ったと思うが史上最強の魔物使いを目指している」
「そのために学園を目指しているんだよね~」
「あぁ、やはり知識と教養ぐらいは身につけておく必要があるからな」
「……貴方の場合、常識も必要な気がするけど」
「は? 何を言っている? 言っておくが常識に関して言えば何よりも自信があるのだぞ」
「すっごく非常識だよね~」
「何を言っているんだ?」
なぜそこでそんな発言が出るのか。全くインテリスライムだというのに困ったものだ。
「……まぁいいわ。なら、私貴方の従魔になってあげる」
「……何?」
「聞こえなかったの? この勝負明らかに私の負けよ。だから、貴方のティムをうけて従魔になってあげるわ。感謝しなさい。この私が自らティムされて上げるって言っているんだから。こんなこと普通ありえないわよ。奇跡よ奇跡」
「……ふむ」
「やったねテム~これで念願の従魔契約が出来るよ~良かったね~」
俺の頭の上でピョンピョン跳ねて喜ぶコウン。確かに俺はいずれはすべての魔物をティムし従魔にするのを目標にしている。
そうすることであの伝説のフィフス・ドラックェンすら超える魔物使いになるのが夢だ。
「……確かに魅力的な申し出だ。俺はあの魔物使いの名門大従魔学園に入るのが夢だ。そのためには少しでも多くの魔物をティムし従魔にしておきたい」
「うんうん、そうよね。それなら私をティムすることに依存はないわね」
「……ふむ、今の俺はまだ一体も魔物を従魔に出来ていない状態だ」
「え? 一体も?」
「つまり今この場でお前を従魔にしなければ、そもそも学園にすら入れない可能性だってある」
「よくわからないけど、それならなおさら私を従魔にする他ないわね」
「あぁ、そのとおりだ。俺にはこの申し出を断る理由がない」
「そうね、なら早速ティムをさせてあげるわ。そしてさっさと従魔契約を済ましてしまうのよ!」
「――でも断る」
「えええぇええええええぇえええええええええ!?」
サキュバスが目玉が飛び出んばかりの勢いで驚いた。まさかこの状況で断られるとは思わなかったのだろう。
「ちょ、それどういうことよ! だって貴方、従魔を連れて行かないと学園に入れないのかもしれないんでしょ?」
「そうだな」
「だったら迷う必要ないじゃない! 私を従魔にしなさいよ!」
「だが断る」
「なしてよ!」
サキュバスは全く納得がいっていないといった顔を見せている。やれやれ仕方のないやつだ。
「さっきも言ったが俺はいずれすべての魔物を従魔にしたいと思っている」
「それは聞いたわ。だからこそ私を――」
「だが、俺はそこに明確なルールを自分自身に課している」
「……ルール?」
「そうだ。それは、心から望んでいない魔物を従魔にはしないということだ。俺は魔物に対して一方通行のマスターにはなりたくない。なぜなら真の魔物使いを目指すに当たって魔物との信頼は絶対必要不可欠だからだ。しかしそれは強制では得られない」
そこまで聞かせると、サキュバスの表情に影がさした。
そう、俺は判っていた。このサキュバスは心から俺の従魔になりたいわけではない。
「……つまり、貴方は本心では私が従魔になんてなりたくないと思っていると、そう判断したってこと?」
「……そうなるな」
「どうしてそんなことが判るのよ」
「そんなもの、見ていれば判る」
「……詭弁ね。そんなことわかるわけないじゃない」
「――まぁそうだな。俺の勝手な勘違いの可能性もある。ただ、今のお前をティムする気にはなれない」
「――あっそ、ならいいわよ。別に他にも魔物使いはいるだろうし、それなら、行きずりの魔物使いにティムされてやるだけなんだから!」
おいおい、そんなやけになった女みたいな――全く、ヤレヤレだな。
「サキュバス」
「何よ! 放っておいてよもう!」
「どうしても決意が硬いなら止めはしないが、実は今日はどこかの町にでも立ち寄って宿を取れればと思っていてな。もしこの辺りに詳しいなら、そこまで案内してくれると嬉しいのだが」
背中を見せていたサキュバスの動きがピタリと止まった。
「ど、どうして私がわざわざそんな面倒な役目を引き受けないといけないのよ」
「そうか、別に嫌なら無理強いはしないが?」
「……ふ、ふん。仕方ないわね。そこまで言うなら町まで案内してあげるわよ」
「うわ~すごく判りやすいツンデレだね~」
「そこ! おかしなこと言わない!」
「え~?」
やれやれこれでとりあえず魔物がヤケになるのは食い止められたかな。
「ところで名前はあるのか?」
「え? も、もちろんあるわよ。私の名前はフー・デオ・ローシーよ」
「そうか、もう知ってると思うが俺はテムで」
「僕はコウンだよ~」
「……貴方、その名前で本当にいいの?」
「え~? いいに決まってるよ~コウンだよ。コウンコウン、カッコいいよね~」
「カッコいいらしいのだ」
「そ、そうなんだ。でも、貴方さっきおかしなこと言っていたわよね。従魔は一体もいないって。でもコウンがいるじゃない?」
「それはローシーの勘違いだ。コウンは従魔ではないからな」
え? と驚いてみせるローシー。まぁ気持ちは判るが。
「貴方、従魔でもないのに一緒にいるの?」
「勿論だよ! だって僕、テムの心友だもん! 心の友とかいて、心友だもの!」
「……ごめん、ちょっと言っている意味がわからない」
「え~?」
「まぁいいわ。それよりテム、気が変わったらいつでもティムしてくれていいわよ」
「刹那で断る」
「どうしてよ!」
そんなやり取りをしながらも、俺たちはローシーの案内で近くの町までやってきたのだった。