エピローグ
「は、はは、どうやら天はまだ俺様を見捨てていなかったようだぜ――」
どうやら弟であり、領主でもある男の姿を確認したことで妙な希望を見出してしまったようだな。
全身ボロボロになった状態でありながらも狡猾な笑みを浮かべてレッドが近づいてきた。
「兄さん、探したよ。まさかと思ったけどやっぱり道場にいるという噂は本当だったんだね」
「あぁ、ここにいたブルーは俺様が正式な決闘でもって倒し、約束通り道場を貰い受けたんだがな、それをこの連中が逆恨みしてとんでもないバケモンを引き連れてやってきたんだ! おかげで門下生ともどもこの有様だぜ!」
やれやれ、とんでもない言い草だな。正式な決闘が聞いて呆れる。
それにしても、気になるのはこのウォンという領主の後ろに控えている長髪の男だな。高身長で黒い武道着を着ている。
瞳を閉じて一言も発していないが、何やらとんでもない力を秘めていることは黙っていても伝わってくる。
「さぁウォン! この連中を全員ひっ捕らえろ! お前の大事な兄をこんな目に合わせた連中だ! 市中引き回しの上、見せしめの為に斬首にしてしまえ!」
「は? 冗談じゃないわよ。なんで私達が」
「納得いかないっす!」
「ガウガウ」
「コウン、コウンの首はどこなの?」
「ぴー」
当然だが全員納得はしてないな。コウンだけ妙なことを気にしているけどな。
まぁとは言え、正直その心配はないだろうな。
「そうだね。確かに罪人は捕らえて、それ相応の処罰はするべきだろう」
「そのとおりだ! 判っているじゃないか」
「あぁ、だから、しっかり捕らえさせてもらうよ。兄さんを含めて、ここにいる赤龍会の全員をね」
「……は?」
レッドがありえないといった表情を見せる。俺たちが捕まると思っていたのだろうが、まさかその矛先が自分に向くとは思っていなかったのだろう。
「な、何をいってやがる! お前、自分で何を言っているのか判っているのか?」
「勿論わかっているさ。私が代理人に選定した補佐を力ずくで脅迫し、留守の間に随分と勝手な真似をしてくれたようだけど、それも今日限りだ。すでに調べはついている。観念することだね」
ぐぬぅ! とレッドがうめき声をあ上げた。それにしても、これだけの真似をして兄弟とはいえ許されるのかと思っていたが、なるほどそういうからくりだったのだな。
「――はは、なるほど。お前、弟の分際でこの兄を裏切るというのだな。だから、俺はお前の事が嫌いだった! 大体なぜこの俺を差し置いてお前なんかが領主に! こうなったら、今ここでお前を殺して!」
ボロボロだったレッドだが、拳を振るう力はまだ残っていたようだ。赤龍の炎鱗によって拳が燃え上がり弟に非情な突きが襲いかかる。
「見苦しい――」
だが、その拳をあっさり片手で受け止めたのは、後ろで控えていた厳しい男だ。
「な、なんだテメェは!」
「お前に答える義理などない。素直にお縄につくがいい」
その瞬間、レッドの顔面が地面にめり込んだ。重低音が鳴り響き、レッドの体がピクピクと痙攣し、程なくして止まった。
「よし! お前たち、ここにいる全員を捕らえてつれていけ!」
そして続くウォンの号令によって、ぞろぞろと兵士らしき男たちが道場に入ってきた。
そのまま赤龍会の連中をひっ捕らえて、外に連れ出してゆく。
「こ、これは一体どういうことっすか?」
「……もしかして貴方がリース老師の唯一のお弟子様でしたか?」
狼狽するウルフにウォンが語りかける。
「そ、そっす! な、なんすか! 俺も捕らえるつもりっすか!」
「申し訳ありませんでしたーーーー!」
「えーーーー!」
ウォンが突如土下座して謝罪を始めた。これにはウルフも驚きを隠せない様子だ。
「い、一体どういうことっすか?」
「……このウォン、リース老師には以前大変お世話になりました。稽古をつけてもらったことがあります。ですが、残念ながら私には兄のような武の才能はなかった。しかし、その私に、魔物使いの道があることを示してくれたのは老師だったのです」
ウォンの話によるとその事があり、例え自らが戦えなくても、魔物を育てることで、新たな道が開けると悟り自分の意思を引き継げる最高の魔物《パートナー》をみつける旅にでていたらしい。
「そして、私は遂に最強の従魔であるこのドランウォーを仲間に出来た。だから、一刻も早く老師に見てほしかったのですが――」
だが、それは結局自らの兄の手で潰えされてしまったわけか。
「誠に残念です。そして私の兄が行った卑劣な行為に関して陳謝致します。いくら謝っても許してもらえることではないかと思いますが」
改めて深々と頭を下げるウォンだが、ウルフが慌ててそれを止めた。
「レッドのやったことは許せないっすが、貴方とは関係のないことっす。それよりも師匠をここまで想ってくれている方がいたことが嬉しいっす! だから頭を上げてほしいっす!」
「そう言ってもらえると……ですがこのままでは私の気が収まりません。ですので、壊されたという御墓に関してはぜひとも私に建て直させてください。勿論、出来る限り立派なものを作り上げてみせますので!」
「は、はは。そんな立派なものを建てられても師匠は困惑するだけっすよ。気持ちが乗っていればそれで十分っす」
「勿論、老師を思う気持ちは貴方にも負けないつもりです!」
「言うっすね。なら、おまかせするっす。ただ、場所だけは」
「はい、町の望めるあの場所はそのままに」
話はついたようだ。これでこの件も解決といったところだろう。偉大な魔物使いが亡くなってしまったのは悲しいことだが、その意思を受け継ぐものがここにいる。
「ところで、不躾ながら一つお願いしたいことがあるのだがよろしいだろうか?」
「俺にっすか?」
「はい。実は貴方が老師の唯一の弟子と知ってからどうしてもお願いしたかったのですが、ここにいるドランウォーと手合わせを願いたいのです」
「――それは、願ったり叶ったりっす!」
ふむ、どうやらウルフもこのウォンが旅し見つけてきたという理想の魔物に興味があったようだな。
「それではどちらかが戦闘不能となるか、もしくは参ったというまでで」
「……ウォン様の仰せのままに」
「絶対負けないっす!」
「ガウガウ!」
ウルフは随分と張り切っているな。一方ドランウォーの方はかなり落ち着いている。
「テム、どっちが勝つかな?」
「……そうだな。正直実力差がありすぎるしな」
「ウルフがそれだけ強いってこと?」
「ぴ~?」
ウルフが? ふむ、確かにあの魔拳道はかなりのものだが――
「グハァアアアァアアァアア!」
「……この程度か」
やはり思ったとおりだったな。残念だがウルフの攻撃は一撃もかすることすらなく、相手の生やした尻尾の一撃でやぶれてしまった。
「……正直、少し残念に思いますね。老師の弟子であればもう少し手強いかと、いえ、やはり人狼では厳しかったですか……」
「うぅ、悔しいっす」
「残念だったな。だが、相手はSランクのドラグニルだ。ウルフではまだまだ力不足だったな」
「ほう、俺のことを知っていたか?」
ドラゴウォーが俺に興味を示してきた。
「知っていたのに試合を止めなかったとは人が悪いですね。確かにドラグニルはSランクの魔物、一方でワーウルフはBランク。確かにその差はあまりに大きいですが……老師の弟子と買いかぶりすぎましたか」
「全く言い返せないのが悔しいっす」
「ふん、俺は最強を目指すべくこのウォンと契約した。この人間の実力はともかく、魔物を強化するセンスは中々のものだったからな。だが、噂に聞いていた魔拳道がこの程度だったとはがっかりだな」
「ちょっと待ちなさいよ。あんたウルフ程度に勝ったからって調子にのりすぎよ」
「お、俺程度っすか……」
「辛辣だね~」
「ガウ……」
「ぴ~……」
確かに。ローシーもいきなり何を言い出すやら。
「なんだ? ならば女、貴様は確かサキュバスだったな。お前がこの俺の相手をするつもりか?」
「違うわよ。でも最強を自慢したいなら、ここにいるテムと互角に張り合うぐらいでないとね」
「……ほう――」
竜の視線が俺に向けられた。やれやれ、正直俺は別に魔拳道の使い手ではないのだがな。
「面白い。主よ、この男からは俺も面白い気配を感じ取っていた。やらせてはくれないか?」
「……貴方がそういうのなら」
こうして結局俺は、このドラゴウォーとも戦うことになったのだが。
「くっ! まさかこの俺が完全な竜化をしても歯が立たないとは! だが、私にはまだこの技が残っている! ドラゴニックブラスト!」
ほう、なるほど。竜の力を一点に集束したブレスか。Sランクあってその力はかなりのものだ。
「ならば俺はそれ以上の力をもって答えよう! レディアントラジェーション!」
「な、馬鹿な! あれば竜人の中でも最強の力を持ったもののみが達するという竜神人の放つ光の息吹! なぜそれを魔物使いが」
「決まってるじゃない。そんなのテムが」
「最強の魔物使いだからだよ!」
「ぴ~」
「す、すごいっす! 惚れたっす! もう俺はテム先生についていくっす!」
「ガウガウガウ、アオ~~~~ン!」
こうして俺はSランクの魔物ドラゴニルもあっさり倒してみせたわけであり――
そして半年後――
「ひいぃいいいい! 儂の負けだ! お前こそが最強じゃぁあああ!(ジョボジョボジョボ)」
ふむ、最強の大従魔学園の学園長がおもらしとはな。大分年だし、下がやはり緩かったのか。
だが――あのドラゴニルとの戦いを終え、俺は遂に学園に入ることができたのだが、その学園長がこの有様とはな。
「テム、もう学園をやめちゃうの?」
「あぁ。もうこの学園で学ぶことなどなにもないからな」
「常識は~?」
コウンがおかしなことをいう。常識など生まれたときから完璧だ。
「俺はどこまでも先生についていくっす!」
「ガウガウ」
ちなみにウルフとルズは結局俺についてくることになった。しかもなぜかウルフは俺を先生と呼ぶ。師匠はブルー・リースただ一人だから俺は先生なんだとか。それにしても……。
「ウルフ、それなら俺にティムを……」
「それは駄目っす! 先生のティムを受けるなんてあまりに恐れ多いっす!」
「ガウガウ」
これだよ。結局そのおかげで俺はまだ何もティム出来ていない。
「はぁ、全く、いつになったら俺は世界中の魔物をすべてティムし、最強になれるんだろうな……」
学園はやめたが、俺の従魔探しの旅はまだまだ続くことになりそうだ。
これにてこの物語は完結となります。
ここまでお読み頂きありがとうございましたm(_ _)m