第二十九話 龍よりヤバいテムの逆鱗
「何が逆鱗だ! それはこっちの台詞なんだよ! この赤龍王と赤龍会を舐めるな! もうかまうことはねぇ、全員で掛かれ!」
なんともわかりやすい展開だな。まぁそう来てくれるならこっちも楽だ。
「コウン露払いを頼んだ」
「判ったよ~」
「あなた生意気よ! 赤龍王様が出るまでもない。この私が自慢の爪で!」
「おっと、あんたの相手は私がするわ。散々乳臭い言われて腹が立ってるのよ。この年増ババァ!」
「と、年増ババァですって!」
赤龍会の紅一点がムキキッと怒り出したな。そしてローシーは俺に、私がやっていいわよね! と有無を言わさない目つきで確認してくる。
「好きにしろ。だが、油断するなよ」
「当然。でも、負ける気がしないわ!」
「ふん、若いだけが取り柄の田舎女が偉そうに。だったらその若さだけが自慢の肌をこの爪で切り裂いてあげるわ!」
やれやれ女の執念も怖いものだな。
「ならお前はこのテールが倒してみせよう。レッド様が出るまでも――」
「馬鹿いうなっす! テムさんに任せると言ったのに邪魔はさせないっす!」
「むぅ、貴様、その怪我でまだ動けたのか」
「お前程度、怪我をしていても楽勝っすよ」
テールという編み込み髪の男はウルフが相手するようだ。
更にスケイルはルズとピーが立ちふさがっている。
「仲間というものはいいものだ。これで心置きなくお前を叩き潰せる」
「くっ、馬鹿がたかが魔物使いに俺がやられるかよ!」
そうか。ならそのたかが魔物使いの攻撃がどれだけ通じるか試してみるとするか。
◇◆◇
「アハハハハハッ! 私の相手するとか粋がっていたわりにそのザマ? やっぱりあんたはただの乳臭い女ね!」
赤龍の爪、クロウによる爪の斬撃がローシーの体を切り刻んできた。
「くっ、や、やぁ!」
ローシーが苦し紛れの蹴りを放つ。だが、クロウはそれをあっさり避け、更に爪を彼女の肌に重ねていった。
「あっはっは! 裂けろ抉れろ刻まれろ! 若いだけが取り柄の肌なんてすべて私が切り刻んであげるわ! さぁどう? 痛い? 苦しい? ねぇどうなの?」
「何一人で喚いてるのよおばさん」
「……は?」
少女の声は背後から聞こえた。目を丸くさせ、己が切り刻んでたはずのソレを見やるが、そこにはただ地面だけがあった。
クロウはその両爪でまるでモグラのように一生懸命土を掘っていたのである。
「ご苦労なことね。畑でも耕すつもり?」
「な、何よこれ! どうなってるのよ!」
「魅了眼よ」
「チャーム、ですって? そ、それにお前、その姿!」
驚愕するクロウ。その視界には翼を伸ばし真の姿を晒したローシーの姿があった。
「あぁ、いい忘れていたけど私、サキュバスなの。だからチャームもお手の物。本当は異性の方が効果は高いんだけど、女に効かないってわけじゃないわ」
クッ、とクロウが呻き立ち上がる。ローシーを睨みつけ言った。
「なるほどね。でも、ちょうどいいわ。確かサキュバスって結構高位な魔物よね? それを倒せば、箔がつくってものよ!」
「そう上手くいくかしら?」
「調子に乗るのもそこまでよ! 龍爪斬飛!」
クロウが両手の爪を振るった。ローシーとの距離はあったが、爪の斬撃はローシーに向けて一直線に飛んでくる。
「どう? 私の爪撃は距離なんて関係ない。飛ぶの、そう飛びなさい! 私の爪で、イッてしまいな!」
クロウが爪を振る! 振る! 振る! やたらめったらと振り回した。だが――
「あのさ、いくら飛ぶ斬撃でも、当たらなければ意味なくない?」
「――ッ!?」
驚愕する。なぜならいつの間にかローシーは彼女の背後に回っており。
「それと、ここまで近づいても意味ないわよね?」
「そんな、そんな、一体いつの間に……」
「悪いんだけど、私も速さには自信があるの。それと、爪はこう振るものよ!」
「へ? きゃ、キャアアアアァアアアアア!」
ローシーが自慢の爪を振り上げた。その一振りでクロウの右腕が宙を舞う。
「さぁ次は左腕、右足、左足!」
「ひ、ひぃ、や、やめて、やめてよぉおおぉおおおお!」
次々と四肢が飛び、遂に泣き叫ぶクロウだが、ローシーは容赦がなかった。
「ふふふ、今更泣き言を言っても遅いわよ。私はサキュバス、魔物なんだから。さぁ、次は貴方の皮膚を裂いて、その後は腹を掻っ捌いて臓物を引きずり出してあげるわ」
「あぁ、いや、いやぁああああ……」
「――ブツブツ、い、いやだ、こんなの、許して、ブツブツ、ひぃ――(チョロチョロチョロチョロ……)」
「う~ん、ちょっとチャームがつよすぎちゃったかな」
ローシーが見下ろした先には、地面に腰をぺたりと付け、ブツブツ何かを呟きながら涙し、股からちょっぴりしょっぱい液体を漏出させたクロウの姿があった。
もちろん、四肢も無事であり、臓物が飛び出ていることもない。なぜなら、それらもすべてローシーのチャームによる幻影でしかないからだ。
尤も――これだけの醜態を晒しては夢から覚めても中々立ち直れないであろうが……。
◇◆◇
「ガウガウガウ!」
ルズがスケイルへと飛びかかる。爪と牙で攻撃を加えるが、しかし赤龍鱗皮によって鱗のように硬くなったその身には爪も牙も通らない。
「ぴ~ぴ~!」
ピーも吸血を試みようとするが、やはり牙は通らない。皮膚が硬すぎるのだ。
「ふん、犬ころに蝙蝠とはとんだハズレくじを引いたものだぜ。こんな奴ら相手しても何の自慢にもならん」
「ガウゥ」
「ぴ~……」
ルズもピーもほとほと困り果てた様子だ。
「まぁいい。さっさとケリを付けてやる! 行くぞ! 龍鱗頭突撃!」
件の特技。空中から加速しての頭突きで勝負を決めるつもりなようだ。これにはピーとルズも慌てる。
だが、その時だった、ピーとルズの脳裏に響くソレに、ハッとした顔を見せる。
「ピッ、ぴぃいいぃい!」
すると先ずピーが迫るスケイルに向けて何かを発した。それは不可視な攻撃ではあるが、空間に淀みが生じたのは感じられ、一直線にスケイルに向かっていく。
するとどうしたことか。突如スケイルの体がふらつき、頭突きの軌道が大きくそれた。結果ルズとピーから大分離れた場所に着弾することとなる。
「ぐ、畜生……何だ今のは? 耳鳴りがして頭がいてぇ……」
フラフラした足取りでスケイルが立ち上がる。卑猥な頭を押さえ、ふらつく彼だが、どうやらその影響ですっかり皮膚の硬化も解けたようであり――
「アオォオオオオォオオオン!」
そこで錐揉み回転しながらルズが突撃をかました。螺旋回転によって威力の増した爪と牙がスケイルに襲いかかり――
「ぐ、ぐわぁああああぁああぁあああ!」
その巨体が大きく吹っ飛び、錐揉み回転しながら地面に落下した。卑猥な頭を晒したままピクピクと痙攣し、口からは泡を吐いている。
結局スケイルは馬鹿にしていたこの二匹の魔物の手によって敗れ去ることとなった。四天王の一人としてはあまりにあっけない幕切れであった――
◇◆◇
「私の攻撃は芸術なのだ! 貴様などに遅れを取ることなどありえない!」
「む、むむむっす!」
テールの連続蹴りがウルフに叩き込まれ続ける。ウルフは怪我のこともあり、やはり動きは万全ではなかった。
「その怪我で私と戦おうというのが生意気なのだ。尤も怪我がなくても貴様程度に遅れをとる私ではないがね。龍尾乱舞!」
更に蹴りの回転数が上がり加速し、視界を覆うほどの蹴りの連打がウルフに叩き込まれたが。
「ははは、どうかね? 私の美しくも芸術的な蹴りは?」
「……これがっすか? 確かに速いし数も多いっすが、それだけっすよ。肝心の威力が足りないっす。つまりお前の蹴りは軽いっす。こんなものじゃ怪我をしていても絶対に倒れることはないっす」
「なん、だと?」
テールの顔つきが変化した。憎々しげにウルフをみやる。
「ならば、更に数を増やしてやろう。しかも威力も一緒にな!」
テールは何かにとりつける刃のようなものを取り出した。見た目には槍の先端といったところか。すると、それを己の編み込んだ髪に装着させ、ブンブンと振り回す。
「これこそが私の第三の尾。これをもって私は三尾使いとなる。威力はもちろん手数も圧倒的に増えるぞ! ま、私のは脚と髪だがな」
「全然おもしろくないっすが、そういうことなら俺も試したいことがあるっす」
「ふん、負け惜しみを――貴様はもはや、私のただの的だ!」
「八岐大蛇の型っす!」
テールが両脚と武器を装着させた髪で迫る。だが、それとほぼ同時に、ウルフもテムとの戦いで覚えたソレを体現してみせた。
「そっちが三尾なら、こっちは八首っす!」
「な、腕が八本だと!」
そう、テールから見てウルフの腕はまさに八本に増えたように思えた。おまけにその威圧と気合によって腕の一本一本が大蛇のようにも思え。
「行くっす! 八頭蓮舞!」
「な!? う、うおおぉおおぉおおぉおおおおお!?」
数の差が決定的な実力の差につながるわけではないが、そもそもからしてウルフとテールでは腕の差がありすぎた。それはまさに本数以上の差であり――結果テールは為す術もなくすべての攻撃をまともに受け吹き飛ばされ壁に激突し、その意識を刈り取られることとなったのであった――