第二十八話 赤龍会の手口
「くそ! こんな髪、引き剥がすっす!」
「それは無理な相談だな。私の髪は一本一本が鋼鉄の如く強度を誇る。それを編み込んでるわけだから、どれだけの怪力の持ち主だろうが抜けることはできないのさ」
ウルフが悔しがり、テールが自信を覗かせるが、所詮は鋼鉄だからな。オリハルコンの数万倍の強度を誇る糸を自在に操る、ダーウィンオリハチュラの蜘蛛の糸に比べたら大したことはない。
ただ、ウルフにとってはまだまだキツい強度ではあるようだが。
「よくやったテール。さぁこれで終わらせてやる。爆龍弾――」
「甘いっす! テムさんまた技を借りるっすよ! アークゲイザーの型ファンゲイズっす!」
ほぅ、あれを再現したか。俺は魔力で球体を作り、アークゲイザーが生み出す小型の目を再現したが、ウルフは氣で補っているな。
出した数は八であのとき俺が出した数に比べると少ないが、この状況では最適解と言えるだろう。
「なんだこれは? 氣の塊?」
「さぁ、撃つっす!」
八の球体から光線が発射された。赤龍会の連中を次々と攻撃していく。
「な、これは!」
テールも思わず距離を取ったな。当然、髪は解くことになる。レッドも苦々しそうにしながら攻撃を避けてるな。
随分と得意満面で語ってた赤龍の炎鱗は相手が近接戦を仕掛けてくる分にはいいが、このファンゲイズみたいな遠距離攻撃ではあまり意味がない。
件のドラゴン程度の威力があれば、例え飛び道具や魔法でも範囲内に入った瞬間に燃やし尽くしたり凍てつかせたりするが、そこまでの力はないからな。
「まさかこんな技まで使うとはな。ずる賢いやつだ」
ずる賢い? 何を言ってるんだあいつは。ウルフが使用したのは正式な技だ。魔拳道が魔物の動きを取り入れた技である以上、当然魔物の使用する技も利用するだろう。
そういう意味では俺に近いとも言えるか。実際間接的に俺を通して魔物の型を習得しているしな。もちろんそれもウルフの実力の内だ。だから正直わざわざ俺から技を借りると言う必要もない。
「何を言われても恥じることなんてないっす。俺の技は師匠の魔拳道。師匠が亡くなってもその意思は俺が引き継ぐっす!」
「ふん、とことん生意気なやつだ。だが、なるほど師匠譲りか。だったらお前にも師匠と同じように死んでもらうか」
「そう簡単はいかないっす!」
「あら? それはどうかしら? 後ろを見ても同じことが言える?」
「後ろ?」
クロウに言われウルフが振り返る。すると――
「キャウ~ンキャウ~ン……」
「な! ルズ!」
「げっへっへっへ、この狼は中々うまそうだぜ。早く食っちまいてぇな!」
シルバーウルフのルズが赤龍の牙を名乗るジョーの口の中に収まっていた。あの巨大な口だ、ルズはまだ成長途中だからそれほど大きくはないし、口に含むのも難しくなかったのだろう。
「くくっ、さぁどうする? ずっと見てきたが、お前、そこの犬ころが大事なんだろ?」
「犬ころじゃない! 狼っす! 狼の魔物っす!」
「んなもんどっちでもいいんだよ! その狼がどうなってもいいのかと聞いてるんだ!」
「くっ……」
ウルフが呻く。チラリとルズを見やるその目には明らかな動揺が滲んでいた。
「ちょ! いつのまに、てかルズもなんでそんなにあっさり捕まるのよ!」
「くぅ~ん」
ルズは面目なさげだが、注意力の散漫さが完全に仇となったな。
「大体あんた達さっきから卑怯よ! 誇りとかそういうのないわけ!」
「ケッ、誇りで覇王になれたら苦労しねぇんだよ。どんなに卑怯な手でも勝てば官軍だ」
驚いたものだ。この男、この程度の腕前で覇王を狙っているのか? 冗談だとしても笑えんな。
「さて、ウルフよ、ここから過去のやり直しだ。あの時はお前が捕まり師匠が何もできず俺の手にかかってくたばった。お人好しのバカ野郎とはまさにあんな奴のことを言うんだろうな。たかが魔物一匹の為にテメェの命を犠牲にするんだからよ」
「だ、だまれ! 師匠は素晴らしいお方っす! お前とは違ってな!」
「ふん、まぁいい。今回は逆だ。お前の大切なペットが捕まっている。少しでも抵抗したらジョーは問答無用で喰う。岩だって鉄だって関係なく喰らう男だ。狼なら喜んで味わうだろうさ。だが、抵抗さえしなければこれ以上は何もさせねぇよ。さぁ、どうする?」
「……ぐ、ぐぐ――」
「ちょ! テム、黙ってていいの?」
「……気持ちは判るが少し待て」
ローシーが眉を吊り上げて俺に訴えてくる。その気持ちも判る。だが、俺はもっとウルフの気持ちを見極めたい。
「アン! アンアン!」
「黙れこの狼野郎! このまま喰っちまうぞ!」
「アン! アン! アン!」
「フン、うるせぇ狼だ。全く情けねぇ。どうやらご主人様に助けてもらいたくて仕方ないようだぜ?」
「……馬鹿にするなっす。ルズは、そうは言ってないっす。自分に構わずお前をやれとそう言ってるっす」
「……ほう、なら、アレを見捨てるのか? 大事なペットを」
「ペットじゃないっす!」
ウルフが声を荒げた。怒りで肩がプルプルと震えているが。
「……ルズ、大丈夫っす。お前の気持ちだけで十分っす。でも、それでも俺は見捨てることはできないっす! ルズは大切な仲間で、友だちっす! だから好きにするっす!」
「カカッ、これはとんだお笑い草だ。お前も魔物とは言え、他の魔物のためにそこまでするとはな。とんだ大馬鹿野郎だぜ。魔物なんて使い捨てでも代わりはいくらでもいるだろうに」
「黙るっす! ルズの代わりは他にいないっす! ルズは唯一無二の存在っす!」
「……くぅ~ん――」
ルズが儚く鳴いた。
「ふん、まぁどっちでもいいさ。俺からすれば師弟揃って馬鹿野郎としかいいようがねぇ。さぁ、決めてやるぞ! 赤龍拳奥義! 赤龍爆裂拳!」
レッドが一気に距離を詰め、赤く染まった拳の連打を叩き込む。その度にウルフの体に爆発が生じた。
赤龍の炎鱗からの派生技ってことか。触れたら爆発する効果を利用しての拳の連打だ。
だが、宣言通りウルフは一切抵抗することもなく、レッドの拳を甘んじて受け入れている。
どうやらその言葉に嘘偽りはないようだな。ウルフはルズの為に体を張れる漢というわけだ。
「さぁこれでとどめだ! 赤龍炎尾脚――」
――スカッ!
「……は?」
「大丈夫かウルフ?」
「え? あれ、テム、さん?」
赤龍の炎鱗の効果で脚に炎をまとい、蹴り飛ばす。それがあのレッドという男の狙いだったようだが、予備動作が多すぎてあくびが出るほどだったぞ。
まぁおかけでウルフに当たる前に救出できたがな。それにしても――
「全く無茶をするやつだ。防御すら解いてはいくらあの程度の攻撃でもただではすまんだろうに」
「あ、はは、あの程度っすか? 多分、防御しててもそれなりには効いたと思うっすが……」
そうか? あんなのもグランドブラックキャットの猫パンチと比べても相当落ちると思うんだがな。
「貴様! どういうつもりだ!」
「どういうつもり? そんなもの勝負はついたようだから割り込ませてもらっただけだ」
「あん? あぁなるほど。確かに見た目ではそいつの圧倒的な負けだしな。だがな、赤龍会の流儀では!」
「待て、何を勘違いしている? 勝負がついたというのは明らかにウルフの勝ちだからだぞ?」
「なん、だと?」
レッドが絶句しているが、そんなこともわからないのかこのアホは?
「ふざけるな! 俺のどこが負けていると言うんだ!」
「全てだ。大体ルズが捕まった状態でウルフは決して心が折れず意地を通してみせた。これで精神的に大きく差がついている。腕前にしても、わざわざ他の赤龍のなんちゃらなどと恥ずかしげもなく口にしている連中を総動員させて全員で掛かってもウルフには勝てなかった。そんなお前らの一体どこに勝ちの要素があったというのだ? 全員纏めても三流以下の集団は頭も残念な無能集団なのか?」
敵意むき出しの視線が全方位から突き刺さってくる。全く一丁前に言われて悔しいぐらいの感情は持ち合わせているのだな。
「言わせておけば、テメェ立場わかってるのか?」
「立場だと?」
「そうだ。この状況を見ろ。そこのウルフの大事なペットはジョーの口の中。俺が命じればいつでも噛み殺して胃の中に収めることが可能なんだぞ? それとも所詮そこの人狼のペットだからお前には関係ないか?」
「俺は魔物使いだ。どんな魔物だろうとないがしろになどしない」
「そうか、だったらテメェも今からは大人しくして俺の攻撃を受けるんだな。大事な大事なペットのためによ!」
「ゴメンだ。俺はしっかり魔物も助ける。コウン」
「は~い、コウンコウン、ぐれーとらいとにんぐさんだ~!」
「あん? ぎ、ぎゃぁあああぁああぁあああぁああ!」
コウンの雷魔法がジョーの頭の上に落ちた。いくら魔物質を取ってようが、この連中が雷の速度に対応できるわけがないからな。
ジョーとやらの全身が黒焦げになり、プスプスと煙あげてたおれた。
もちろん同時にルズを吐き出すような形でだ。
「な、馬鹿、な、ジョーがたかがスライムの一撃で……」
「残念だったな三流集団。さてウルフ、申し訳ないがここからは俺も少し手を出すが構わないか?」
「ははっ、当然っす。文句の言いようがないっすよ」
「そうか助かる。何せこの男は俺の目の前でいってはならないことを何度も口にしたからな」
「は? 一体何のことだ!」
「判ってないのか? 誰よりも魔物を愛する俺の目の前で、お前はルズのことをペットだなどと何度も口にした。更に代わりはいくらでもいるなどという暴言までもな。喜べ、お前たちは見事にこの俺の逆鱗に触れたぞ?」