第二十六話 決戦! 赤龍会!
「これは丁度いい。あまりに苛々が収まらないから、俺たちの方から挨拶に向かおうと思っていたところだ」
「全く、飛んで火に入る夏の虫とはまさにこいつらみたいな連中のことを言うんだな」
「わざわざ俺たちの餌食になりにくるとはな」
「だけど見てみろよ。一人いい女がいるじゃねぇか。こいつはたまらねぇぜ」
筋骨隆々で褐色肌の男が俺たちを見下ろすようにして宣言してきた。髪は赤く天に喧嘩を売るように逆立っている。
雰囲気的にこいつがレッドという男で間違いないだろう。そして周囲にいる赤い武道着の連中が俺たちを値踏みするようにしながら薄汚い笑い声を上げている。
「待つっす! 俺とルズ以外の皆は本来ならこの件には無関係っす! レッド、この俺ともう一度勝負するっす!」
そんな連中の前に躍り出て気炎を上げたのはウルフだ。
「あん? 何だテメェ、いや、ちょっと待て。お前、アレか、あの時、師匠も守れず尻尾を巻いて逃げ帰った人狼か!」
「クッ、逃げ帰ったわけじゃないっす! 卑怯な手で師匠を殺したお前を倒すために、修行に出ていただけっす!」
あざ笑い蔑んできたレッドへウルフが反論する。ただ、ウルフから聞いていた話通りなら確かに依然はレッドに挑み敗北を喫している筈だ。
「ふん、テメェが弱っちかったことに変わりはねぇだろうが。大体卑怯というが勝負の世界に卑怯もクソもねぇのさ。どんな手であろうと勝った方が正義。より強いほうが正しいんだよ」
ウルフの話ではこいつらは先ず道場破りとして彼の師匠のブルー殿に挑みに来たようだが、このレッドという男の流儀では、看板を掛けた戦いであっても卑怯千万は当たり前ということなようだな。
「相変わらずとんでもない奴っす! お前みたいな男にやられたなんて師匠も報われないっす! だから俺が仇を討つっす! 修行した俺は前とは一味ちがうっす! 前みたいにはやられないっすよ。さぁ、一対一で勝負するっす!」
ふむ、清々しいぐらいに馬鹿正直な挑戦状だ。問題はその一対一の戦いに相手が乗ってくるかだが。
「全く、この魔物、以前あれだけ醜態晒してまだレッド様に勝てるつもりなのかしら? こんな奴、レッド様が出るまでもありませんわ。この私、赤龍の爪、クロウ・パイパンが切り刻んで差し上げる!」
ふむ、気づいてはいたが、この男集団の中でこいつ一人だけが女だ。つまり紅一点って奴だな。
両手に鋼鉄製の爪を装着した女だ。きっとそれが武器なのだろう。
こういった武術には武器を使った戦い方も存在するからな。赤茶色の髪をアップにした女だが、武道着は色以外は他の連中と結構違うな。厳密に言うと下は穿いていなくて上着の裾がずいぶんと短いスカートのようになっている。
そしてやけに胸が開いていた。ローシーほどじゃないが程よく大きいな。
「ちょっとテム! どこ見てるのよ!」
「どんな相手か観察ぐらいするだろ。大体なぜお前がそんなに怒るんだ?」
「そ、それはその、だって、相手は敵よ! そんな鼻の下伸ばして油断してる場合じゃないのよ!」
最初はゴニョゴニョしてたのに、急に声を荒げだしたな。別に鼻の下など伸ばしてないのだが。
「ふん、乳臭いおこちゃまの嫉妬は見苦しいわね」
「な、なんですって! ちょ、テム! 私あいつ嫌いよ!」
それを俺に言われてもな。
「おいおいクロウ。お前何勝手に話を決めてるんだ? レッド様の代わりと言うならこの俺様、赤龍の牙、ファンガー・ジョー様の出番だろ?」
今度はやたらと顔も口がでかいやつが現れたな。そして髪型がパイナップルの蔕みたいな男でもある。ずんぐりむっくりとした体型で色々とバランスがおかしい。
顎が異様に発達していて長いのも特徴だな。
「うわぁ~テム~テム~凄いよあれ~顔と体のバランスがおかしいことになってるし、顎が長くて岩みたいだよ。おもしろ~い」
「あん? なんだこのスライム? しゃべるとは生意気だ。喰ってやろうか!」
勝手に俺の仲間を食われるのは勘弁願いたいものだな。まぁ、コウンはそれを聞いても、あの姿がよほど面白いのか体をプルプルさせながら笑いをこらえている。
「ふたりとも大人しく引き下がりなさい。レッド様の代わりと言うなら、この私、赤龍の尾たるテールランプをおいて他にはいないのだから」
また変わったのが出てきたな。見た目は一見普通そうだが、足が異様に長い。髪は編み込んで一本の縄のようにし垂れ下げているな。
「ま、待ってくれ! この俺にもう一度チャンスをくれ! 今度こそ連中を俺がぶっ飛ばしてやる!」
最後に声を上げたのは姉妹道場で倒した赤龍の鱗、スケイルだ。あいつ、まだ俺たちと戦う気でいたのか。
「参ったっすね。師匠を殺したレッドと決着をつけるのが目的だったっすが、でもそれならいっそのことまとめてかかってくるっす! 全員叩きのめすっす!」
ふむ、ウルフの奴、相当自信があるみたいだな。自惚れでもない、厳しい修行を乗り越えた男の確かな自信だ。
だが、それでもこの連中、特に龍のなんとかと異名をもつ奴らはそれなりに強いだろう。それ以外はどうとでもなりそうだが。
「まぁ待て。この男は師匠の仇を取るために無謀と判ってながらもこの俺様との決闘を申し込んできたんだ。ならば赤龍王としてうけないわけにはいかないだろう」
ふふん、と不敵な笑みを浮かべつつ、レッドが他の四人に代わって前に出てきた。
「お前たちも判っているな? この俺様がサシで相手しやるといったんだ。邪魔はするなよ?」
「「「「レッド様の申されるがままに」」」」
四人が片膝をつき、両手を胸の前で合わせて誓った。どうやら話は決まったようだな。
「敵ながらいい心がけっす。でも、お前が師匠の仇であることに変わりはないっす! 目にもの見せてやるっす!」
「そうかよ。だったらさっさと来いよ犬野郎」
互いに五歩分程度の距離を取り相対する。レッドが挑発しクイクイっと腕を小刻みに動かした。
当然だがこの条件なら俺たちも手出しするつもりはない。師匠の仇を一番望んでいるのはウルフなのだからな。ルズでさえ、心配はしてそうだが、この対決を見守るつもりなようだ。
「俺は犬じゃない! 狼っす!」
先ずウルフが大きく踏み込み蹴りを放つ。顔面を狙った回し蹴りだ。腰と体重の乗ったいい蹴りである。
だが、どうやらレッドは口だけの男というわけではなかったようだな。上受けで先ず蹴りをガード。だが、ウルフの攻撃はもちろんそこで終わりではない。
相手がガードした瞬間には逆側からもう片方の蹴りが飛んでいた。それもガードされるが、ウルフの攻撃は止まらない。
ガードされた反動を利用し、今度はレッドの左脇腹に回転蹴りを叩き込もうとする。だが、レッドはレッドでよく見ていた、上から下に移動した軌道も肘で守りきったのだ。
「まだまだっす!」
しかし、ウルフはそこからさらに左足を跳ね上げ、顎に縦回転の蹴りをつなげる。レッドの頭が跳ね上がった。
ウルフの連続攻撃はまるで竜巻だ。まともにあたっていたなら相手はたまったものじゃないだろう。ただ、レッドの動きは蹴りを受けたからだけではない。
ウルフの蹴りを受けた瞬間、自ら顎を大きく反らせたのだ。故にダメージはそうでもなく、ニヤッ、と口元を歪めたレッドの両腕がウルフの真上で組まれた。
そのままハンマーで振り下ろすような攻撃。だが、甘いっす! とウルフはそのままレッドのがら空きになった胴体へ何発も蹴りを叩き込んだ。
「ぐ、ぐぬぅううぅううう!」
両腕を振り下ろす前に、ウルフの蹴りでレッドの図体が後ろに押されていく。地面に足はしっかりとつけているが、大地を踏みしめたまま後ろへ――大きな轍のような跡が地に二つ刻まれていった。
「ぬは、ぬはははははは! なるほどなるほど。確かにその修業とやらで以前よりは多少やるようになったようだが、こんなものきかーーーーーーん!」
両手を振り上げ吠える。筋肉を一段階盛り上げ、レッドは構えを取り直した。
「言っておくがそんなヌルい蹴り、いくら打ったところで俺の筋肉には届かんぞ?」
「当然、そうでなきゃ師匠が報われないっす。こんなのは軽い準備運動みたいなもんっすからね」
「ふん、強がり言いやがって」
違うな。ウルフの言っていることは事実だ。おそらく実力の一割も出してないだろう。
何せ今の攻撃はすべてウルフにとって基本的な体術でしか無い。つまり、まだアレを見せてない。
「俺の、師匠と磨き上げた魔拳道はこっからが本番っす!」