第二十一話 お前、ちょっとモザイクつけろ
「「「「「ぐべらぁああぁあああぁああぁ!」」」」」
「な、なんだなんだ!」
「何かが門を突き破って飛んできたぞ!」
「あ! こいつら宿に向かった面子じゃねぇか!」
「落ち着けテメェら! 本命はそっちの連中だぞ!」
頭を剃り上げた巨漢の男が俺を指さして言った。でかいな身長は三メートル近いし全身がゴツゴツしてる。巨大な岩といった様相だ。
「な、なんだお前ら!」
「ここを赤龍会の姉妹道場としっての狼藉か!」
「勿論知っている。わざわざその連中が呼びに来てくれたからな。だから大人しくここまで付き合うと言ったんだがな。どういうわけか宿に火を放とうとしたり、仲間に襲いかかったりしてきたからついつい手が出てしまった」
「……ほう、その結果がこれか?」
「俺は自然にやさしい男だからな。ゴミは元ある場所に返すのが礼儀だろ?」
「こいつ! 言うに事欠いて俺たちをゴミだと!」
「いや、でも待て! 師範もこの有様だぞ。もしかして相当やるんじゃ……」
どうやら師範を倒したことで、少なからず連中に動揺を与えてるようだな。
「も、申し訳ませんスケイル様。で、ですがお気をつけください! 奴ら妙な技を!」
「黙れこの面汚しがぁああぁあああ!」
「げぶうぅううぅうぅうううううう!」
スケイルという大男が、師範の頭を掴み、かと思えば地面に頭を擦り付けながら駆け出し、オラァ! と放り投げ壁に叩きつけ更に頭突き体当たりで追撃した。
分厚い石の壁に亀裂が走り、師範の全身の骨が砕ける音が耳に届く。そしてくるりと俺たちを振り返り、にやりと醜悪な笑みをこぼした。
「どうやらうちの師範代や師範を倒した程度でいい気になってたようだが、こんな連中は赤龍会では下っ端の下っ端。ただの雑魚よ」
「ならなぜわざわざ師範代や師範で分けているんだ? 全員が下っ端なら分ける必要ないだろ?
」
「ぷっ……」
「だ、黙れ! 下っ端の中にも序列は必要なのだ!」
どうやらコウンにはツボだったようで頭の上でプルプル震えて笑っている。
「それで? お前は何だ? 師範より上なのか? 超師範とかなのか?」
「馬鹿にしてんじゃねぇ! いいか! 俺は赤龍の鱗! スケイル・スキン様だ!」
「なんだ? なんとか師範とかじゃないのか?」
「ふん、俺ぐらいの強さになると赤龍王様から直に赤龍の一部を授与されるのだ。赤龍の爪、赤龍の牙、赤龍の尾、そして俺様が赤龍の鱗。これが赤龍会最強の四天王よ!」
「つまりお前が四天王最弱ということでいいんだな?」
「誰が最弱だ! 勝手に決めつけるな!」
そうは言ってもな。大体こういう場合の一番手は最弱と決まってるだろう。
「大体四天王なら四天王でいいじゃない。なんでそこに鱗とか牙とかつけるの? ばっかじゃないの」
「……」
「そういうなローシー。なんとなくそういう部位名をつけるとカッコいいんじゃね? と男は考えるものなんだよ。五本指の小指とかな」
「男って馬鹿なのね」
「黙れ黙れ黙れ! 黙れよ! いいだろうが鱗! かっこいいだろうが鱗!」
どうやらこのスケイルという男は、赤龍の鱗という称号が気に入っていたようだな。
「くそ、お前ら絶対あの女を逃がすなよ。あの小生意気な口を塞いでこの俺が直々にひぃひぃ言わせてやる」
「男って二言目にはそれよね。本当、その頭からして何か卑猥だし」
「誰の頭が卑猥だ!」
むむっ、気が付かなかったが確かにそう言われてみると形がそう見えてきたぞ。
「お前、ちょっとモザイクつけろ」
「ふざけるな!」
怒り心頭なようだが、血管が浮かび上がると更に生々しいな。
「もういい! おらぁ!」
「うわぁ~~」
卑猥頭が地面を掴んで岩のように固めた後、コウンに向けて投擲してきた。
それを大げさに避け、俺の頭から後ろの地面に移動する。
「もう、危ないな~」
「いまだ! 俺はそこの魔物使いをやる。残りは後ろの連中と妙なスライムを狙え!」
「「「「「「「「おぅ!」」」」」」」」
卑猥頭が命じると一斉に動き出し、コウンとローシーを囲みだした。ローシーの肩にはピーも止まっている為、必然的に全ての魔物が囲まれたことになる。
「どうだ? テメェはあのブルーって奴と同じように魔物使いのようだが、魔物使いは魔物を上手く扱ってこそ実力が発揮できる。だが、魔物と引き剥がされたら脆弱な本体が残るだけだ!」
「決めつけがすぎないか? 聞いた話ではブルーという魔物使いは武術の腕前も相当なものだったようだが?」
「馬鹿が! あんな常識知らずがそう何人もいてたまるか!」
ふむ、確かにそう言われてしまえば、本格的に武術の修行を続けたブルーと所詮自己流で体を鍛えた程度の俺では天と地ほどの差があることだろうな。
所詮俺はほんのちょっと普通の魔物使いより体を鍛えている程度の魔物使いでしかない。そう考えたら卑猥な頭をしてるとはいえ、赤龍の鱗などという大仰な称号がついているこの男相手では分が悪いかも知れん。
「ふん、まぁいい。武道家のセンス持ちかつレベル25のこの俺に逆らったことを後悔させてやる」
レベル25か……いや、数字だけで決めつけてはいけないな。何せ武道家のセンス持ちだ。単純な身体能力なら俺より遥かに上なことだろ。
「いくぞ! これが俺様! レベル25の赤龍の鱗様の拳だ!」
ガンッ、という音が響く。俺の顔面に卑猥頭の拳がクリーンヒットしたからだ。
クリーンヒットしたのだ。間違いなくな。
「ぎゃぁあああぁああ! いてぇええええぇええええええぇええ!」
だが、何故か痛みに苦悶したのは殴った卑猥頭の方だった。おいおい、俺はまだ何もしてないぞ?
「くっ! テメェ妙なスキルを持ってやがるな!」
「いや、特に何も使ってないんだが」
「嘘をつけ! この卑怯者が!」
特に嘘はついてない上、たとえスキルを使っていたとして何が卑怯なのかさっぱりわからんな。
「こうなったら俺も本気を出してやる! 中途半端な反撃で俺様を怒らせた己を後悔するがいい!」
いや、だから何もしてないぞ? それに本気を出す気があるなら最初から出せよ。
「いくぞ! 赤龍鱗皮!」
ほう、これは氣という奴だな。魔力と異なり生物が本来有す生命力を糧として生み出す特異な力だ。
この男、氣を全身に張り巡らすことで肉体を鱗のように変化させたか。龍の鱗の如く強化されたといったところだろう。
これでは下手な攻撃などあっさり跳ね返されるかもしれないな。
「お前はこう思ってるな? これだと下手な攻撃は通用しないと。確かにそれは間違っちゃいないさ。だがな!」
卑猥頭が地面を蹴り上げ、大きく跳躍する。あの体格にしては中々身軽なようだ。
「これが俺の奥義! 龍鱗頭突撃!」
頭蓋を下にして、逆さまの状態で卑猥頭が落下してきた。派手な音を奏で、地面にぽっかりと穴があく。
その穴に吸い込まれるようにして姿を消した卑猥頭は、俺の背後の地面を突き破って再登場し、地面に足をつけた。
「どうだ見たか! 龍鱗により硬化したことで、頭突きの威力も飛躍的に向上する。この技は俺の鱗を最大限活かした攻防一体の必殺技よ!」
なるほど、皮膚を鱗のようにすることで防御力が上がる。更に頭も鱗状になったことでより卑猥になったばかりか破壊力も増加してるわけか。
その状態での頭突き、確かに防御と攻撃を兼ねた必殺技と言えなくはない。
「さぁ! 次は貴様の頭を、いや、その全身を! 木っ端微塵に粉砕してやる! 龍鱗頭突撃!」
再度の跳躍はさっきよりも遥かに高く。俺を下に見て、加速度的に落下してきた。
「ぬはははははは! 俺様の迫力に避けることも叶わぬか!」
オリハルコンヘッドという魔物がいる。後頭部と額が異様に発達した才槌頭の魔物であり、この男と同じように頭突きを得意としている。
尤も俺が言いたいのは、このオリハルコンヘッドの頭突きスキルを行使しようという話ではなく。
――ガキィイイイイィイィイイィイイン!
「ぎゃ、ギャアァアアアアアアアア! 頭がぁああぁあ! 俺の頭がぁあああああぁあ!」
俺が言いたかったのは、このオリハルコンヘッズに頭突き勝負で勝ったことがあるということだ。勿論スキルなど使わず、生身の頭でだ。
「悪いな。俺も頭の硬さには自信があるんだ」
自信満々で空中からの頭突きを浴びせてきた卑猥頭だが、俺の頭とかち合った瞬間錐揉み回転しながら空中へと吹っ飛んでいき、そのまま地面に墜落した。
地面に頭が突き刺さり、勢いそのままに全身が回転し、まるでダンスのように脚も振り回されていたが、それもしばらくしたら回転力が落ちて大人しくなった。
「ふむ、たまたま俺の自信のある頭突き勝負に持ち込まれたおかげで助かったな」
「何言ってるのよ白々しい」
「別に頭突きじゃなくても勝てただろうね~」
「ぴ~」
「何だ見てたのか」
振り返ると、何故か呆れたように腕を組んでいるローシーの姿。その腕にコウンが抱きかかえられ、ピーは肩の定位置に乗っている。
そして足下には卑猥頭が襲わせた男たちが転がっていた。全員ボロ雑巾みたいになってるな。
「しっかり見てたわよ。こいつら弱すぎて話にならなかったし」
「コウンがば~んくらうど使っただけで消し炭になっちゃったよ~」
「ぴ~ぴ~」
そういえば黒焦げになってるのがいるな。あと干物みたいになってるのもいる。ピーは一応吸血も出来るからな。その結果だろう。
切り刻まれてるのはローシーの翼の所為によるものだろうな。
どっちにしてもこれで全員片付けたわけだが。
「ねぇテム。勢いに任せて全員やっつけちゃったけどこれからどうするつもり?」
「ふむ、そこまで考えてなかったな」
「え~~~~! 何も考えず乗り込んだわけ!」
「こいつらから手出しして来たことだしな。それにこっちは穏やかに話をつけにきたというのに暴力に訴えてくる方が悪い」
「目には目をだね~」
「ぴ~」
本来あまり好ましいやり方ではないのだけどな。やはり魔物使いたるもの大人で紳士的な対応を求められることもある。今回は致し方なしと言ったところだ。
『みつけたっすーーーー! 赤龍会ーーーー!』
『ウオオォオオォオオォオオオン!』
決着もつき、仲間たちと閑談していると、道場を囲む壁の上から叫び声と遠吠えが聞こえた。
視線を向けると、相手と目が目が合う。その瞬間、射抜くような眼光を覗かせつつ、一人と一匹が飛び上がり――
「うぉおおおぉぉおらぁあああぁあ!」
「ウォオォオォーーーーン!」
そして同時に俺に襲いかかってきたのだった――