第十九話 糞の役にも立たないものというのを探すのも骨が折れるものだ
「伯母のご紹介でしたか」
旅の癒やし亭に着いた。宿の女主人は三十代の綺麗な女性だ。
それにしてもあの饅頭を売っていたアンが伯母だったのか。
「魔物も一緒だけど泊まれるかな?」
「勿論です。この町で魔物使いを嫌がる人はいませんよ」
ふむ、やはり話にきいたブルーという御人は相当慕われていたようだ。
「お食事ですが当宿は食事処も兼ねておりますので一階で好きに食べて頂くことも可能ですし、お食事もセットにしていただければご宿泊セットという形で店でのご提供も可能ですがいかが致しますか?」
「それならセットで頼む」
食事セットで一人あたりペガサス銀貨五枚だった。魔物に関しては人間サイズであれば同額、それより小さければ半額ということで、ローシー、コウン、ピーと合わせてペガサス銀貨十五枚だ。
まぁローシーは人として宿泊してるけどな。別にこの町なら魔物だと明かしても問題なさそうだが、中にはあのインモラスみたいのもいるから気にしているのかもしれない。
部屋は俺とコウン、ローシーとピーで二部屋となる。ベッドも広さも十分だな。特に小さな魔物用のベッドまで用意されているのが気が利いている。
魔物使いであり武道も心得ていたというブルーという人物がますます気になるな。さっきは結局詳しく聞きそびれてしまった。
気になるのはブルーが開いていた道場が今は赤龍会のものになっているという点だ。
一体何があったのだろうか?
俺はとにかくまずは風呂を頂き、ローシー達と一緒に食事処へ向かった。
酒も出してるようで半ば酒場といった雰囲気もある店だ。食事や酒を楽しんでる客が多く賑やかである。
「ご宿泊のお客様ですね。では宿泊セットで……お飲み物はいかが致しましょうか?」
「酒はいらないかな。この烏龍茶というのを頂こうか」
「私も同じものでいいわ」
「コウンコウンもそれで~」
「ぴ~!」
「えっと、え? コウン?」
「かっこいい名前でしょ? ぼくコウン、コウンという名前が気に入ってるんだ!」
「そうなんですね……ただ出来れば連呼するのは控えていただけると……」
「どうして~?」
食事中のお客が多いからだろうな。とにかくコウンにはこういう場所では名前は繰り返さないのが礼儀だと教えておいた。
実際はそんなことはないが、そういう風にしておいたほうが無難だろう。
「全くなんでその名前なのよ」
「本人が気に入ってるんだからいいだろう」
ローシーがあきれているが、ここまで来たら変えるつもりはない。
そして食事が運ばれてきた。料理は麻婆豆腐に豚の角煮、それに餃子とスープに炒飯だ。
どれも王国じゃ珍しい料理だな。
「むむむっ! この豚の角煮は出来損ないだ! 口にできないよ!」
「いや、何を言ってるんだコウン?」
「ちょっと言ってみたかったの」
店員が去ってからコウンがそんなこといい出したが、特に意味はないようだ。体をプルプルさせながら美味しそうに豚の角煮を取り込んでいる。
「この烏龍茶、さっぱりしてて美味しいわね」
「あぁ、濃いめの料理にはピッタリだな」
料理はどれも美味しいが味付けが濃い。しかし、それが烏龍茶のおかげで上手く調和される。尤もこのスープもあっさり系だから烏龍茶を頼んでなかったにしてもスープがそのかわりになっただろうが。
「烏龍茶のお代わりを貰っていいかな?」
「はい、ただいま~」
「あ、じゃあ私も」
「コウンも~」
「ぴ~」
グラスが空になったので追加注文した。すると全員が追随してきた。ピーも結構飲むんだな。
「お待たせいたしました」
「ありがとう。ところで少し話を聞きたいのだがいいかな?」
「はい、なんでしょうか?」
ツインテールの若い女店員が手早く追加のグラスを置いていき耳を傾けてくる。
「ブルーという魔物使いについて聞きたい。実は俺も魔物使いだからつい興味が出てしまってな。なんでも泊梁山で道場を構えていたそうだが、今は何をしているんだ? 道場の方は赤龍会が居座っているとも聞いたんだが」
「その件でしたか……はい、そのとおりです。そしてブルー様ですがもうお会いになることは叶わないのです……何せその赤龍会のレッドに殺されてしまいましたから……」
店員は悲しそうに眉を落とす。ツインテールの髪も儚げに揺れていた。
それにしても聞き捨てならない話だ。まさか殺されてしまっているとは……。
「何故殺されたのだ? それとそのレッドという男はそんなに強いのか?」
「……殺されたのは、建前では真剣勝負の結果ということになってます。元々赤龍会がブルー様の噂を聞きつけ、道場破りに来たのがきっかけでした。それをブルー様が受け、破れて命を……」
「そうだったんだ……」
「悲しいね……」
「ぴ~……」
皆の表情が暗くなる。確かに、悲しい結果だ。だが、これが正当な決闘の結果であるなら仕方ない部分もある。
冷たいと思われるかも知れないが、真剣勝負というのは時に命がけなのである。お互いに納得した上での結果であるなら、部外者が余計な口を挟むべきではない。
「ブルー様は魔物使いでありながら武道をきわめんとし、そのため御本人もとんでもなく強かったのです」
「そのブルーって人ももしかして従魔はいなかったの?」
ここでローシーが口を挟んだ。それにしても、も、とはなんだ。
「いえ、一体だけ従魔がおりました。その従魔も随分とブルー様を慕っておりましたね。従魔も強く、盗賊が現れたりしたときなども退治してくれたりしました。危険な魔物が現れた時も対処してくれて……こらしめた魔物に良く言って聞かせてもう悪いことはしないようしつけてくれたこともありました。そういったこともあり町の皆はブルー様の存在にとても感謝していたのです」
なるほどな。魔物も無駄に殺すこと無く平和的に解決に導いているのはさすがだ。魔物使いの鑑とも言えるな。
「ですが、皆さんももうおわかりでしょうが赤龍会が来てから全てが変わりました。連中は卑怯にも魔物を盾に取りブルー様と無理やり試合を組み、その結果……」
ん? 魔物を盾に? どうにも怪しい話になってきたな。お互い納得の上であれば命が失われたとしても仕方ない部分もあるが、そうでないとしたら――
「この焼売を作ったのは誰だぁあああぁああぁああぁああ!」
俺が店員の少女と話していると、ドタドタドタと大げさな足音を立てながら赤い武道着の集団が店に乗り込んできて叫びだした。
やれやれまたこいつらか。なんだか妙に縁があるな。結ばれたくない縁だが。
「……ツケということでお渡ししたお土産用の焼売がどうかしましたか?」
少し失礼しますと言い残し、うんざりした顔でツインテールの店員が応対に向かった。
それにしてもここでも金を支払ってないのか連中は。
「どうしたもこうしたもねぇ! みろこの箱の中を! こんなもんが焼売の下に入ってやがったんだよ!」
やたらと体毛の濃い男が箱の中からなにかの死骸を取り出した。
「みろ! どうみてもゴキブリだろこれは! こんなものが入ってるなんてこの店はどうなってやがる!」
「……それは失礼致しました。ですが、みたところ焼売が全く入っていないようですが?」
「んなもの食べてから気づいたからに決まってるだろうが!」
「はぁ? 何言ってるのあいつら? 無茶苦茶じゃない」
「まぁそうだな」
奴らがゴキブリと言っているそれは手のひら一杯に乗るぐらいの大きさがある。あれを全て食べ終わるまで気が付かなかったというには無理があるだろう。
「……わかりました。ではもうその分のお代は結構ですので、どうぞお引取りください」
半ばあきらめたような表情で店員が言う。ここで下手に反論しても騒ぎが大きくなるだけど考えたのかもな。
「あん? 何バカなこと言ってんだ嬢ちゃん。そんなもので済むはずがないだろう? こんなもの食べて腹を壊したらどうするつもりだったんだ? 慰謝料でももらわんとやってられないぜ」
「――ッ! そんな!」
「ふん、だけどまぁ、お前は中々可愛いしな。姉妹道場を任されてる赤龍の鱗スケイル様もあんたのことは気に入ってるし、とりあえず一緒に来て酌でもしてくれや。おい、この女を慰謝料の一部として貰っていくが、文句はねぇな? あぁそれと勿論あくまで一部だからな。明日の朝までにドラゴン金貨五枚分の金も用意しとけわかったな!」
「そんな、そんなの嫌です!」
「うるせぇ! テメェは黙って俺たちについてくれば――」
「おい、そこのウジ虫」
体毛の濃い男の動きが一瞬止まった。もちろん今のは俺が言ったものだ。
「あん? 何だ? 気のせいか? 今俺のことをウジ虫とか抜かした野郎がいたような?」
「あぁ、俺が言ったからな。気に入らなかったか? まぁウジ虫に失礼だったかもな。ならば牛のフンか? 生ゴミという手もあるか。あぁだが駄目だ。冷静に考えればこれらも使いようによっては人の役に立つ。生きてるだけで迷惑なことこの上ないお前らと違ってな」
奴らに近づきつつ、奴らにあった例を探そうと思ったが、糞の役にも立たないものというのを探すのも骨が折れるものだ。
「全く、結局自分から関わってるんじゃない」
「仕方ないよね~」
「ぴ~」
後ろで色々言っているが、目の前で目障りなことをされてはな。それにだ。
「貴様! この俺たちを赤龍会と知って言ってるのか!」
「知っているが、お前らみたいな奴らの為に濡れ衣を着せられる魔物が不憫でな」
「は? ま、魔物? 何わけのわかんないことを!」
「これだよ」
俺が奴らが焼売に入ってたと宣ったソレを取り上げ、見せつけた。
「あ! てめぇいつのまに!」
「まて、お前、今魔物がどうとか言ってたがそのゴキブリが何か魔物と関係あるのかよ?」
「大ありだ。お前らはゴキブリに仕立て上げたいらしいが、これはそもそもゴキブリではない。見た目こそ似ているが、これはインゼクトシュバルツという魔物だ」
そもそもゴキブリにしてはでかいし、脚の筋肉も発達している。よく見ればゴキブリでないことは明らかだ。
「なるほど。だが、だとしても同じだ。むしろより悪い。魔物が焼売の下に入っていたなんてな」
「その魔物は非常に臆病な魔物だ。普通人里には絶対に近付こうとしない。おまけに草食で、人が食す野菜より野山に生えてるような草を好む。つまり、その魔物がこの場所に姿を見せる理由がない。しかも焼売の下となればなおさらだ。さて、それならば何故、その魔物はそんなところから出てきたんだ?」
「……チッ。んなもん知るか!」
「簡単な話だ。みたところこの魔物は寿命で亡くなったようだ。つまりお前らはどこぞで見つけた魔物の遺骸を食べ終わった焼売の空き箱に入れ文句を言っているだけのクズってことだ」
「黙れやぁああぁあ!」
体毛の濃い男が、店員から手を放し、俺に向かって殴りかかってきた――