第十八話 アーツの町を歩く
「同じ町でもアップダウンとは随分と違うものなのね」
「そうだな。おそらくそこだけではなく、他と比べてもかなり変わってる方だろう」
とは言え、俺は全方位世界一周であらゆるところをまわった。それゆえにこの手の作りも十分記憶がある。
ローシーにしろ、コウンにしろ驚いているのはやはり建物の外観だろう。先ず高い建物はほぼなく、あっても二階建て程度。
だが、かといって狭いなどではなく、むしろ土地の面積は広く取っている事が多い。
そして何より特徴的なのは龍の鱗のような形状の屋根だろう。その多くが三角形かもしくはそれに準ずる形で統一されてもいる。
ちなみに、その鱗のような屋根は実際は屋根に瓦を敷き詰められることで構成されている。屋根を覆う瓦のことを屋根瓦というが、これを利用している地域はそれほど多くはない。
そのためか、珍しく感じてしまうのだろうな。ただ、この瓦のおかげで全体的に見栄えがよく、芸術的価値をも高めているとも言えるか。
あとはそうだな。建物の基調となる色は赤や黄色など原色系が多いな。
「テム~何かこの町面白いね~」
「あぁ、そうだな」
「ぴ~」
コウンが俺の頭の上でぴょんぴょん跳ねてはしゃぐ。ピーもキョロキョロと興味深そうに周囲を見ている。
さて、先ずは宿を探したいところではあるが、まぁのんびり見ながらでもいいか。
「ねぇテム。あの赤いの多くない?」
「そうだな」
赤いのというのは赤い武道着を着た連中の事だ。門番の話でいけばあの連中が赤龍会の門下生なのだろう。
大股歩きでやたらと偉そうにしている。かまうと面倒くさそうだ。出来るだけ距離をおくとしよう。
「あ、これ美味しそう!」
「いらっしゃい。可愛らしい女の子に魔物連れでのお兄さん。お一つどうだい? アーツの町自慢の魔物まんだよ」
「魔物まん?」
恰幅のいい店のおばちゃんが薦めてくる。しかし名前からして魔物の肉でも入ってるのだろうか? まぁ以前食べた串焼きもそうだが一部の魔物が食用に利用されているのは知っている。だから否定はしない。
ちなみにローシーは魔物まんという名前には反応しているな。
「魔物まんって、魔物の肉入り?」
「え? いやいや滅相もない! ブルー・リース様が守ってくれていたこの地で魔物の肉なんて使用するわけがないさ。これはほら、この皮の部分に魔物の姿を焼き入れてるのさ。中身は魔物の肉じゃないけどある程度関連してる餡が入ってるんだよ」
そういうことか。しかし、これは饅頭と呼ばれる料理だな。王国内では珍しいだろう。この建物の雰囲気といい、領主の血縁者にそういった文化をもった国の出がいるのかもしれない。
「じゃあ俺はそのスライムまんでも貰うかな」
「コウンもそれがいい~」
「え? スライムなのにスライムまん? まぁ別にいいけど。じゃあ私はそっちのタウロスまん。ピーちゃんは?」
「ぴ~!」
ピーはマッドグレープまんを選んだな。マッドグレープは葡萄のような魔物だ。
「ふむ、なるほどスライムのようにプルンプルンとした触感が楽しいな。具材はフカヒレか」
「美味しいね~」
「タウロスまんの中身は牛肉ね。ぴーちゃんのには山葡萄のソースが入ってるみたい」
「ぴっ!」
ちなみに値段は一個あたりスライム銅貨五枚だ。中々リーズナブルである。
「ところで今言っていたブルー・リースというのは何者なのだ? 彼がいるから魔物の肉は食べないみたいな雰囲気だったが?」
「あ、あぁそうだね。あんたらは旅人だから知らないと思うけど、ブルー・リース様はこの町じゃ知らない人はいないってぐらい立派な魔物使いでね。以前はこの町から少し離れた場所の泊梁山で道場を構えていたのさ」
「う~ん、何かよくわからないわね。魔物使いなのに道場を構えていたの?」
「そこがちょっと変わったところでれはあったんだけどね。魔物使いでありながら武術を極めようともしていたようでね。何せ魔物使いたるもの己自身も強くあらねばならぬという考え方をもっていた御仁だったからねぇ」
「ほぅ――」
それはなんとも言えないシンパシーを覚えるな。きっとブルーという御仁もフィフス・ドラックェンの心意気を受け継ぐ御方なのだろう。
「俄然興味が出てきた話ではあるが、その泊梁山は赤龍会とやらが牛耳っているんじゃないのか?」
「あ、あぁそうだね。それはね……」
「よぉババァ。あいかわらずしみったれた饅頭売ってやがんだな。まぁいいや、腹も減ったし俺たち赤龍会が貰ってやるよ。適当に二十個ばかり包みな」
噂をすればというやつか。例の赤い武道着の集団がやってきて、饅頭を買いたいと言ってきた。
あまり関わりたくはないが、向こうからやってくるのはどうしようもない。
「じょ、冗談じゃないよ。あんた達この間も饅頭だけ大量に持ち帰って代金は置いてかなかっただろ!」
「あん? そんなのはある時払いの催促なしでいいと言ってんだろが」
無茶苦茶な連中だな。それを店主が言ってるならともかく、買う側がいう台詞じゃない。
「いい加減にしておくれよ! あんたらのせいでこちとら商売上がったりなんだ! 金を払わないなら残飯だって出せやしないよ!」
「なんだと? テメェ! だれのおかげでここで店開けると思ってやがんだ! こんなちっぽけな店、赤龍王レッド様から一声かかればいつだって潰せるんだぞ!」
「くっ……あんたらは二言目にはその名前を……」
「やれやれ、困った連中だ。そんなものを着て偉そうにしているかと思えば、饅頭を買うお金すら無いとは。見ていて可愛そうになるぐらい哀れだな」
「……あん?」
全く、折角珍しい魔物まんとやらを味わっていたというのに、無粋な連中にも困ったものだ。
「なんだテメェ? 見ねぇ顔だな」
「それはそうだろう。今日来たばかりだからな」
「あん? つまりテメェは旅人ってことか? だったら当然、俺たち赤龍会への通行料は支払ってるんだろうな?」
「そんなことよりもお前たちは饅頭が欲しいのだろう? ならば俺が折角だから奢ってやろう。悪いがこれでそこの赤いのを貰えるか?」
「へ? こ、これかい? いや、でもこれあんた……」
「料金はここに置いたから貰っておくぞ」
「え? あ! い、いつのまに!」
店主が驚いているな。遠ざけるように置いてあった赤い饅頭がいつの間にか俺の手の中にあったからだろう。
勿論これも時空操作のスキルを使用して引き寄せたわけだが。
「おい! テメェ饅頭なんかでごまかせると思ってんじゃねぇぞ! この町にきたなら通行税として有り金全部とそこの女をおいて――」
「まぁまぁ、いいからこれでも食え」
ぎゃーぎゃーとうるさい男の口に俺は買ったばかりの饅頭を押し込んでやった。
何しやがる! と身を乗り出してきた他の連中の口にもそれぞれ無理やり饅頭を押し込んでやったわけだが。
「もが、が、ぐぇ、が、が、がれえぇえええええぇええええぇえ!」
「ひ、ひぃ! じぬ! じぬうぅうううぅううう!」
「ぐぐいいぎぎぃいいぃいい! 喉が喉が焼けるぅうぅうっぅうう!」
突如大の男が喉や口を抑え、顔面を真っ赤にさせてのたうちまわりだした。
全く、折角饅頭をくれてやったというのに失礼なやつだ。
「え? え~とこれって……」
「あれは、不死鳥まんだよ」
「不死鳥ま~ん?」
「そう。といっても不死になれるわけじゃないけどね。あの火の鳥のイメージにあうように、餡にマグマ岳の粉末、鬼唐辛子、舌殺しの実を練り込んでいるのさ。だけど、それがあまりにも辛すぎるっていうんで不評でね。商品にはならないってことで下げてたんだけどねぇ」
「なるほど、それを逆に利用したってことね」
ローシーは得心が言ったような顔を見せてるな。ま、実際そのとおりだが、ついでに言えばわりと何種類かの魔物が持っている感覚強化のスキルを行使した。
これで更に辛味はましたようだ。まぁ偉そうにしている武道家集団だから、この程度なんでもないだろうと思ったんだけどな。
意外と効果覿面だったのかそのまま気絶してしまった。
「この程度で動けなくなるとは情けない連中だ」
「ちょ! あんたら! 少し胸がすっとしたけど流石にヤバイよ! とにかく、その連中が目覚める前に早く行きな! ほら、この金もいいから!」
「うん? しかし不死鳥まんの代金だぞ?」
「いいんだよ。あれは元々売り物にならないと思ってたもんだからね。それよりほらほら」
「済まないな。ところでついでと言ってはなんだが、どこかいい宿は知らないか?」
「それならその道を暫くいって五軒目の路地を抜けて暫く道なりに進んだところに旅の癒やし亭という宿があるからそこで泊まるといいさ。饅頭売りのアンから聞いたって言えば良くしてくれると思うさね」
どうやら色々と顔が聞く主人だったようだ。ありがたいな。とにかく、折角の好意はありがたく受け取って、俺たちは旅の癒やし亭とやらに向かうことにした――
本日よりちょっと入院してきます。問題なければ7日から10日ほどで退院となります。予約投稿は毎日1話更新で今月29日分までとなります。明日からの更新時間は退院まで16時固定となります。