第十六話 旅立ち
「テムの馬鹿……」
思わずこぼす。結局あいつはいつもと変わらない不遜な態度で、私のことなんて気にもとめず旅立ってしまった。
私って、あいつにとってみたらその程度だったの? そりゃ、出会ってまだ間もないかもだけど……。
「ぴ~ぴ~」
私の肩に乗った赤いコウモリが励ますように鳴いてきた。なんかこの子、私の側から離れないのよね。
「ローシー本当に良かったの?」
「え? よ、良かった何がよ。別に私、あんな奴のことなんてどうでもいいし。それに、ママやみんなとまた過ごせると思うと嬉しいしね。ま、それだけでもアイツに感謝してもいいかな」
「嘘ね。ローシー、あなた昔からかわらないわね。例えば、気持ちを偽っている時に翼をいじるその癖とかね」
「あ……」
確かに、自然と翼に手がいってた……はは、やっぱりママにはかなわないな。
「いいのよ」
「え?」
「彼と一緒に行きたいんでしょ? ならママは何も言わないわ。貴方の思うようにしなさい。もう貴方だって自分の意思で動ける筈でしょ?」
「で、でも、テムの言う通り、領地の経営も大変だろうし、サポートしないと」
「馬鹿ね。そんなこと、他の皆と協力してやっていくわよ。娘に心配されるほどじゃないわ。それより、貴方の将来の方が大事。だって、好きになっちゃったんでしょ? 彼のこと?」
「な、なな! 何言ってるのよ! そんなわけないでしょあんなヤツ!」
「フフッ、ならそういうことにしておきますか。でもねローシー。私達サキュバスは男を虜にしてこそ一人前。その点を考えたなら貴方はまだまだ半人前としか言えません。ですから母であり、この地を任された領主代理として命じます。男を一人虜にするまで、戻ってくることは許しません」
「え! そ、そんなぁ~」
「ローシーこれはもう行くっきゃないね!」
「そうそう。領地のこともお母さんのことも私達でサポートするから。しっかりテム様を射止めてきなさい」
「何せ私達がいくら迫っても指一本触れてこなかったぐらい固いんだから。落とせたら大金星よ」
もう、皆勝手なことばかり! だ、大体、て、テムって決まってるわけでもないし。
でも、そこまで言われたら、やっぱりね――それに、私はもっと色んなところを旅してみたい!
「ありがとうママ! 私、ちょっと行ってくるね!」
「フフッ、次戻ってくる時は、いい報告があることを期待してるわよ」
そして私は急いで準備して、皆とお別れをしてテムを追いかけた――
◇◆◇
「ねぇテム~このまま出発して本当にいいの~?」
「うん? どうしてだ? 俺には学園に入るという目的があるし、領地はサキュバス達に最初から任せるつもりだったんだ。問題ないと思うが?」
「そうじゃなくてローシーのことだよ~」
ローシー? あいつが一体どうしたというんだ? ふむ、まぁ確かに、騒がしいやつだったがいなきゃいないで少し静かすぎる気もするけどな。
「折角仲間と再会できたんだ。ローシーだって母親や仲間と一緒の方が幸せだろう」
「そういうところが鈍感でダメダメだよね」
何故俺はここまで言われないといけないんだ? 大体鈍感ってなんだ。俺はこう見えて気づけるタイプだぞ。
「――むぅ~!」
「……テムがそう思っていても向こうはそう思ってなかったみたいだね」
コウンがそんなことを言っているが、一体何の話なんだか。そういえば風の音に紛れて異音が聞こえるがな。
「て、テム~! テム~!」
「ふむ、おかしな幻聴が聞こえるな。俺の名前が呼ばれているようだ」
「それは無理があるよ~」
「ちょ! テムってば! 呼んでるんだからちょっとは足を止めるとかしなさいよ!」
やれやれ、全くまた喧しい声だな。大体――
「なぜ俺がわざわざ足を止める必要があるんだ? 大体別れはもう済ましただろ。何だ? 何かいい忘れたことでもあったか?」
「ほんっと! かわいくないわねあんた!」
「ぴ~ぴ~」
そう言われてもな。可愛いと言われて喜ぶ年でもないぞ。
「それで、何のようだ?」
「……ふん、別に大したことじゃないけど、仕方ないからついていってあげるわよ!」
「……は?」
「だ、だから! 何かあんた達いろいろ心配だし、仕方ないから私も旅に付き合ってあげるって言ってるのよ!」
何だそれは? 大体心配ってなんだ。俺からしてみたらこいつの方がよっぽど心配だぞ。
「別にお前に心配される覚えはないんだがな」
「そんなこと言わずに連れて行ってあげようよ~ローシーもきっと寂しいんだよ」
「だ、誰が寂しいのよ! 仕方なくって言ってるでしょ!」
やれやれだな。
「百歩譲ってついてくるのはいいとして、つまりお前は俺にティムされるつもりがあるということだな?」
前と違ってもう問題は解決したからな。ティムさせてくれるというならやぶさかでもない。
「は? 何馬鹿なこと言ってるのよ。あんたにティムされるなんて冗談じゃないわよ。絶対ティムなんてさせてあげないんだから!」
「……お前、言ってることが無茶苦茶だぞ。大体俺は魔物使いなんだぞ? それを忘れてるわけじゃないだろうな?」
「だから何よ。大体コウンだってティムされてないんだから私だってされる覚えはないわね」
「……ならついてこないってことだな?」
「ついていくわよ! そう言ってるでしょ! あんたばっかじゃないの!」
「お前、俺に喧嘩を売りに来たのか?」
「まぁまぁ、別にティムなんてなくてもいいじゃない」
魔物使いとしての意義を見事にないがしろにした発言だな。
「とにかく! 私はティムはされないし、テムの従魔にもならないけど、あんたにはついていくわ! 文句ある?」
「……はぁ、わかったわかった。もう好きにしろ」
「言われなくても好きにするわ!」
「ぴ~ぴ~♪」
「……ところで、さっきから気になってたんだが肩に乗ってるそれ――」
「あ、そうなのよ。あのコウモリの一匹が私になついちゃって。だから私が飼うことにしたの。文句ある!」
「別にないが、よく見たらそれはブラッディドレインバットではないな。レッドドレインバットという魔物だ」
「ぴ?」
え? とローシーが驚く。俺もそこまで細かく見ていたわけじゃないからうっかりしてたな。
「ブラッディドレインバットとレッドドレインバットは見た目だけなら一緒だからな。その様子だたそのレッドドレインバットも気づいてなかったようだし、きっとブラッディドレインバットから生まれた子ともの中に紛れたのだろう。そして他の仲間と一緒に育てられて自分もそうだと思いこんでしまっていたのだろうな」
ただこのふたつは見た目は一緒でも立場は全く違う。何故ならブラッディドレインバットは心臓で生命を維持するのに対し、レッドドレインバットは魔物だけに魔核が心臓の代わりだ。
そしてブラッディドレインバットは吸血、まぁこれは実際はする必要がないらしいが、これによって血を吸うのに対し、レッドドレインバットは血も吸えるが、相手の魔力も吸える。
このあたりが二つの種の違いというところか。
「そっか~あんた魔物だったのね~」
「ぴ~」
「ま、気がついてなかったみたいだけどな」
ちなみにレッドドレインバットは捕獲ランクDだ。ただこれはブラッディドレインバットと見分けがつきにくいという点が加味されている。
強さとしては成長すると魔法そのものを魔力として吸収できるようになったりするが、それまでの能力はあまり高くはない。
しかし成長させることが出来れば後の進化次第で化ける可能性もある。
まぁどちらにしろだ。
「魔物となると話は別だな。ティムしていいか?」
「駄目よ! ピーちゃんは私になついてるんだからね!」
ローシーがレッドドレインバットを胸元に引き寄せて拒否してきた。
「ぴ~♪」
そしてこの魔物、ローシーの谷間に埋もれる形で、頬をすりすりしながら喜んでいる。大きな胸が好きなのだろうか?
「なら仕方がないな。しかしピーちゃんか」
「そうよ。ピーって鳴くからピーちゃん」
「ピッ!」
片翼を上げて反応するレッドドレインバット。どうやらピーちゃんという名前を受け入れてるようだ。
「そうか、名前までつけるぐらいだ、問題はないと思うが、育てるなら責任を持てよ。途中で放り投げるなどこの俺が許さないからな」
「そんなの当たり前じゃない。見損なわないでよね」
「ピッ!」
「仲よさそうだね~」
「あぁ、そうだな。これなら大丈夫そうだ」
こうして結果的に魔物の同行者が増えることとなった。それ自体は魔物使いとし見れば嬉しいことのように思えるが、未だに俺がティム出来た数はゼロなんだよな……全くいつになったら従魔が加わってくれるやら――
これにて第一章は終了となります。次からは第二章に!