第十五話 領主代理
「え~と、ごめんなさい少々頭が混乱してしまって……」
「うん? どうした風邪か?」
「違うわよ! いきなり領主代理とかいい出すからママが戸惑ってるのよ!」
「あぁなんだそんなことか。それは申し訳ないな。本当ならそのまま領主の座にでもついてほしいのだが、この国では魔物を領主と認める制度がない。だが、魔物使いの管理下という状況なら建前とはいえ、知能ある魔物を仮の領主に認定することが可能だ。それ故のお願いなのだが、煩雑になってしまって申し訳ない」
「いや! 突っ込むところそこじゃないから……いくら人間社会にそれほど詳しくないと言っても、元々いた領主の代わりになるのなんてそんな簡単なことじゃないでしょ?」
「何を言っている。この程度の領地なら簡単なことだぞ?」
「……は? え? どういうこと?」
どうやら口で言っても理解はされないらしい。ならは論より証拠だ。
「GMフィールド展開」
「え? じ、ジーエム?」
サキュバスが疑問顔になり、周りのサキュバスもキョトンっとしている。
これはSS級魔物たるゲームマスターの持つスキルなのだが、わりと有名だと思ったのだが知らないのか?
ちなみにゲームマスターは白い仮面を被った人型の魔物でダークブルーなマントを羽織りシルクハットを被っている。
それはそれとして、とりあえず俺は大千理眼で把握していた領地の範囲ギリギリまでフィールドを広げる。
ヴァンパイア族は人間と違って領民を置いたりすることが少ない。ヴァンパイア族は個々の我が強いから例えば農民をやってくれといって頷くタイプも少ないからだ。
それでも以前は血を吸ったり刻印で眷属にした人間なんかを利用して人間の真似事をしたりもしていたようだが、ヴァンパイアは人間ほど食事を多く摂る種族でもないから、農地を広げたりすることにはそこまでこだわりはない。
精々インモラスのようにワイン好きが興じてワイナリーを作ったりするのがいるぐらいだが、逆に言えばその分まだまだ手のつけようがあるということでもある。
そしてこのGMフィールドというのはフィールド内に様々なルールを設けることが出来るスキルだ。そしてこの中に入ったものはこのルールに必ず従う必要がある。ただ、無制限でどんなものでもルールに設定できるわけでもなく、例えば入った瞬間に自害しろなどと言ったものは不可能だったり、まぁとにかくあまり極端なものは駄目だ。
そして今回決めるルールは一点、この領内における領主の交代だ。それはとりあえず俺に設定しておく。後は俺がローシーの母を領主代理に認めればそれで完了だ。
「これでルールは決まった。この領地は本日よりブラッド・ハニバル・インモラスに代わり俺、テム・ティムが治める事となった。領民はローシーの母親と仲間たちといったところか。他にも細かいことは皆で詰めていくとしよう」
「ほ、本当にそうなったんだ。でも不思議ね。確かに違和感がないわ」
「ルールが定められたからな」
「つまりテムが伯爵になったの?」
「いや、そもそも伯爵もあいつが勝手に名乗っていただけだぞ」
「え! そうだったの!?」
なんだ。ローシーや仲間たちも知らなかったのか。
「自尊心の強いヴァンパイア族が爵位で上下関係を決めるなんてことは先ずありえないからな。ヴァンパイア族は伯爵という響きが好きだから、基本伯爵を名乗っているだけだ」
「好きだからって、そんな適当なことでいいのね……」
「そんなもんだろう。そもそも爵位制度を作ったのも人間だ。そう考えるとそんな大層なものではないと思えるだろう?」
「そんなものかしら?」
ローシーが小首を傾げた。魔物からすればただ権威を知らしめたいだけの爵位なんてどうでも良さそうなものだと思うけどな。
「ところでテム~」
「なんだコウン?」
「あそこにいる他の魔物はどうするの?」
「うん、あぁそうだったな」
顔を巡らせると、何故か一箇所に固まってビクビクしてる魔物たちがいた。もうヴァンパイロードはいなくなったんだから、そこまでビビる必要もないだろう。
「この魔物たちもサキュバス達と一緒で無理矢理眷属にされていたわけだしな。ティムを無理強いするつもりはないが、それでも俺と戦いたいというのがいるならやってみるか?」
「「「「「「「「ブルブルブルブルブルブルブルブルブル!(ジョボジョボジョボジョボジョボジョボジョボ!)」」」」」」」」
「キャッ、ちょ! すごいおもらししてるじゃない!」
「また派手にやったねぇ」
「全くお前たちもか? 最近は随分と下のゆるい魔物が多いんだな」
「「「「「「「「いや、間違いなく貴方のせいだから!」」」」」」」」
何故か一斉に俺に問題があるみたいに言ってきたな。やれやれ俺なんて数多の魔物使いからしてみれば全然大したことないというのに。
「なんかまたテムが自覚意識の欠けた妄想してそうだよ~」
「間違いないわね」
失礼な。どうもふたりは俺に対しておかしな先入観を持ってしまっているようだ。
それから俺たちはサキュバス達も含めて全員で話し合い、この領地の今後についての方向性を決めていった。
とりあえずこの領地で重要なのはワイナリーなので、そこの管理をしてもらう。
あとはこの辺りはかなり肥沃な大地が広がっているので、開墾して農耕地を広げてもらうことにしよう。サキュバスも魔物も食事は必要だからな。
自給自足が出来る環境は必要だし、余剰分が出来ればそれを取引に利用できる。この領地には定期的にワインを購入しに来る行商がいたようだから、今度はそういった商人とも交渉し、経営の幅を広げていくことになるだろう。
開墾も含めてサキュバスの他にも魔物達がいるのは心強い。意思を確認したが、俺との戦いは必死で避けようとするが、領内での仕事に協力することは吝かではないようだ。
ならば開墾や農業の手伝い、それにこの城の護衛を任せることとなるだろう。ブラッディドレインバットは魔物ではないが、空を自由に飛び回れる利点を活かし、空の上から監視役を任せる。
こうしてある程度やることが固まったので、ローシーの母に纏めてもらい、正式に領主代理の任についてもらった。尤も俺は基本領地にはいないから実質的には彼女が領主だ。
なので就任パーティーを開くことにする。ヴァンパイア族はあまり食事を取らないとは言え、嗜好的に摂ることはあったので、全く食べ物がなかったわけではない。
チーズなどは特に多かった。あとは保存のきく干し肉などか。しかしそれだと少々味気ないので適当に森で狩りをし、肉を調達した。
それらを調理し、ワインも適当にあけ、サキュバス達も魔物も含めてちょっとした宴のようになり夜は過ぎていった。
「さて、それじゃあ俺たちもあまりのんびりしていられない。もうそろそろいくとするよ」
「何から何まで本当にありがとうございます」
「構いはしない。それに俺こそこの領地を押し付けてるようなものだしな」
領主代理に選任したローシーの母が深々と頭を下げてきた。それにしても義理堅いものだ。ただ、義理堅すぎるところがあるな。
何せ昨日は眠りについた俺の部屋にサキュバスがお礼をさせて欲しいと次々現れたのだ。勿論お礼とはそういう意味なのだが、俺としてはそんなつもりはないし、逆にそういう関係を持ってしまうと今後の付き合いがそれありきになってしまう可能性がある。
正直サキュバスの容姿はすぐれており、つまり美人ぞろいであり少々惜しい気もしたが最強の魔物使いを目指す身としてはここで色に流されるようでは駄目だ。
「テム~昨晩はお楽しみでしたね~」
「コウン、お前はどこでそういうセリフを覚えてくるんだ? あと何もしてないぞ」
「どうだか!」
うん? そういえばローシーが何故か不機嫌だな。何だ? そういう日なのか?
「ですが、みんな残念がっておりました。テム様程の御方ならたとえ今回のことがなくてもそれを望む者は多かったはずですからね」
「そう言われるのは光栄だが、俺はまだまだ未熟者でもあるしな。今はとにかく修行あるのみだ」
「え? 未熟、ですか?」
「うむ、未熟だぞ」
「そうですか……ですがお風呂で見た分にはその、ご立派でしたが……」
「ちょ、ママ!」
そういえば昨晩、城に備わっていた風呂に入った際に、ローシー母がお背中をとやってきたんだったな。丁重にお断りしたが見られたか。
まぁ減るもんじゃないし、俺もしっかり大きな胸は見せてもらえたからな。勿論俺の心のアルバムにしっかり記憶している。
「そういえばローシーともここでお別れか。出会いは、まぁなんだ、今後はトイレはあまり我慢するなよとしか言えないが」
「あんたのせいでしょうがあれは!」
ローシーの肩に手をおいて励ましてやったが何故か怒鳴られた。解せぬ。
「折角母親と再会できたんだ。彼女も慣れない領地経営で大変だろうし、お前もしっかりな」
「……え? あ、うん。そうだね――」
うん? 俯いて何か表情が暗いな。やはり色々不安があるのだろうか?
まぁこの領地に何かあったときにはすぐに判るようにルールを設けているし、いざというときのための設備も整っているから心配はいらないと思うがな。
「お前なら大丈夫だ。家族や仲間と幸せに暮らせよ。じゃあなローシー」
最後の別れを済ませ、俺はコウンを肩に乗せて旅立った。また俺とスライム一匹になってしまったけど、まぁ気ままに目的地へ向かうとするさ。