第十三話 そうか? 俺は平気だったぞ?
お前を粛清すると俺は断言した。赤いコウモリに対し、さんざん利用するだけしておきながらあっさりと屠ると言いだすこいつを、何より魔物を使い捨ての商売道具としか考えておらずどのような酷い扱いされようと構わないなどと口にしたこいつを野放しには出来ない。
「な!? 粛清、だ、と? つまり私を、貴様は私を殺すというのか!」
「お前は一つ大きな間違いを犯した。俺は最強の魔物使いになるうえで魔物との信頼関係を第一に考えている。当然魔物を使って商売するなどという考えは持ち合わせていないし、それは俺にとって最も許すまじ行為だ。貴様という存在の為に魔物の多くが犠牲になっていることを考えれば、当然のことだろう?」
「……はは、あ~っはっは! いやはや恐れ入ったぞ。確かに貴様は最初そのようなことを言っていたが、よもや本気だとはな。だが、私からすれば貴様のほうが遥かに愚かだ」
「俺が愚かだと?」
勝ち誇ったような高笑いを決めるインモラスに疑問符が浮かんだ。
「そうだ! 何故なら貴様は今まさに自分の口で弱点を晒してしまったからだ! 覚えているか? 私の城の周囲には多くの眷属がいるといったことを?」
「確かに言っていたな」
「そう、そしてそれが貴様の弱点となる! よく聞け! その眷属は全てそこにいるサキュバスの仲間だ!」
ローシーを指差し奴は言い放った。彼女の顔に動揺が生まれる。
「え?」
「そして、当然だが他のサキュバスにも私の血の刻印が施されている。私の命令一つで連中は自ら他の魔物の犠牲になることだろう。サキュバスだけではなく、他の凶悪な魔物もこの私の眷属なのだからな! だが、貴様はそれを見捨てられるか? 出来まい! それをやってしまえば結局貴様は私と同じ穴の狢ということなのだからな!」
「ひ、酷い! 卑怯者! あんた最低の卑怯者よ!」
ローシーがインモラスを大声で非難する。だが奴は全く悪びれた様子もなく言葉を返してきた。
「はは、なんとでも言うがいい。さぁテムよ再度貴様に問おう。貴様は魔物質を見捨てるか? それとも魔物を助けるために私に協力するか?」
そしてこの男は俺に向かって見当違いな選択肢を迫る。全くよくもまぁそんなことで強気になれたものだな。
「その前に一つ聞くが」
「貴様! 質問を質問で返すな!」
「まぁそう言うな。すぐに終わるさ。とりあえずだ、貴様の言っている魔物質というのは彼女たちのことか?」
「ローシー!」
「え? 嘘! ママ! え? それに皆も!」
「…………は?」
俺が時空操作を利用して作った空間を開くと、ローシーの母が彼女に呼びかけた。
ローシーは驚き眼を丸くさせている。空間の中には他のサキュバスたちもいた。全てこの男に眷属にされていた者達だ。
その様子に、インモラスは口をあんぐりとあけて固まってしまっている。中々いい気味だ。
「なんだ? どうした? 随分と間の抜けた顔を晒しているではないか」
「ば、馬鹿なありえん! そいつらは全員この城の外にいたはずだ! しかも全員バラけてだ!」
「あぁそうだな。だが、そんなことは些細な事だ。貴様が眷属といい出した時点で大体の予想はついたからな。大千理眼で位置を特定させ、支配眼で全員の刻印を消し、念話で説明した後、時空操作で作った空間の中に避難してもらっていたのだ」
「な、なな、なぁ!」
「あぁそれと、お前が自慢にしていた凶悪な魔物も一旦預からせてもらったぞ。それは他の空間で保護している。勿論刻印も綺麗サッパリと消してな」
「そんな、そんな、そんなこと、私に気づかれず、やるなんて……」
「不思議か? だがお前の感知能力が高くないことは、ローシーの刻印が消えていることに気がついていない時点でわかりきっていた。刻印をつけたものに念を送ったり、命令したりは出来るようだが、お前は自意識が高すぎたな。だから外を確認することは一切なかった」
「あ、あぁ、あぁ……」
愕然となるインモラス。これでこいつにはもう使えるカードは残っていないだろう。
「さて、これで貴様の切り札は全て潰えたことになるわけだが、次はどんなカードでも切ってくるつもりかな?」
敢えて皮肉るように言う。そんな手はないとわかっているがな。
「あ、ぐ、いや、だとしても無駄だ! 貴様は私を殺せない!」
「ほう、何故だ?」
中々興味深い話だ。この状況でもまだ抗うとは中々しぶとい。
「と、当然だ! よく考えてみろ? 私はこの地を治める領主だ。伯爵だ! その影響力は計り知れない! それに売買とて対象は魔物だ! これはなんら責められることではない! さっきも言ったが奴隷禁止は知識と文化のある種族にだけ認められた事だ! その中に魔物は含まれていない!」
「……正直納得しかねるが法の上ではそうだな」
出来れは法改正を望みたいところだが、こればかりはそう簡単なことではない。
「はは、そうだ。つまりそういうことだ! にもかかわらず今私を殺したりすれば、罪に問われるのは貴様の方だ! もしそんなことになれば最強の魔物使いになるどころの話ではないぞ!」
俺に指を突きつけつつ、随分と偉そうな態度を見せる。全くころころと状況によって態度を変えるやつだ。
「そ、そんな……」
「テム~どうするの~?」
ローシーが慄き、コウンが俺の対応に注目してくる。
「ふむ、そうだな。確かにこの男の言っていることは一理ある。俺が今ここで直接手を下すのは問題がある。どうやら諦めるほかないようだな」
だが、こればかりはどうしようもない。残念だが現行法では俺が直接こいつに手を出すには問題が多すぎる。
「あはは、そうだ! 当然だ! だが、だが貴様! 言っておくがそれで済むと思ったなら大間違いだぞ! 今回のことはしっかりと王国に抗議させてもらう! 何せ勝手に人の城で暴れまわり、執事までこちらは失っているのだからな!」
「それは、コウンがやったんだよ! テムじゃないよ!」
まるで勝ち誇ったような顔を見せるインモラスにコウンが反論。どうやら俺を庇おうとしてくれているようだ。その気持ちは素直に嬉しい。
「同じことだ。魔物使いが飼っている魔物の不始末は主人の不始末だからな」
「そんな~」
「酷い、私達にこれだけのことをしておいて、よくもそこまで言えたものね!」
「ふん、私は害獣を駆除してやっただけだ。褒められこそすれ責められる覚えはない! とにかく、法的に争えば私に否など一切ないのだ! 判ったらとっとと帰るが良い。魔物も連れていくがいいだろう。だが、それも後からしっかり法的に返してもらうがな!」
全く、散々力を誇示しておきながら、いざとなったら法と来たか。全く自分に都合のいい考えしか出来ない奴だ。
「なるほど、それが貴様のいい分か。だが、残念だな。そこまで言っておきながらお前はそこまで話をもっていくことが出来ない」
「……は? 何を言っているのだ?」
「これは俺のスキルである直感が伝えていることだ。お前たちヴァンパイア族は太陽が弱点だ。しかし貴様は油断し、太陽の下に姿を晒したことで灰となり消滅することとなる」
「直感だと? はは、だとしたらとんだ大外れだ。確かにヴァンパイア族は太陽の下では真の力が発揮できない。だが、それだけだ。ようは夜になれば本来の力が発揮できる程度の話であり、太陽の下では死ぬなどかつて人間が認識していた誤った弱点でしかない。だいたい現に私は昼間に貴様と会っているだろう?」
「たしかにな。だが、それはあくまで弱い太陽の話だ。夜の帳が落ちたこの状況でもあっというまに周囲を明るくするほどの光を放つ太陽ならその限りではない」
「夜の闇を打ち払うような太陽だと? 馬鹿なそんなものどこに――」
「ディオクレス――」
アポロゴーンというドラゴンがいる。陽光のごとく輝く黄金の鱗を全身に湛え太陽の化身とさえ称される伝説級のドラゴンだ。
ディオクレスはアポロゴーンが放つブレス。その巨大な口の中に太陽を生み出し、強烈な太陽光線で対象を熱し燃やし尽くす。
このスキルはそのアポロゴーンのブレスを再現したものだ。尤も俺の口はアポロゴーンほど大きくはないので、少々工夫しやり方を変えている。
具体的には口ではなく両手の中で太陽を生み出し、それを一気に膨張させ空中に浮かべたイメージだ。いや正確にはこれは俺のただの妄想だ。そんなことが出来たらいいななんて思っていたら、なんと偶然にも空中に突如太陽が浮かび上がったのだ。全く偶然とは怖いものだな。
「え? なにそれ?」
「見ての通り太陽だ」
「おお! かっくぃいい!」
太陽は城を素通りし、はるか上空で荘厳な輝きを放つ。月の姿など完全に太陽に隠れてしまった。
「ちょ、ちょっと待て! 太陽というが、それは貴様が作ったものではないか!」
「何を言っている? 貴様は散々俺のことをたかが魔物使いと蔑んでいただろう? そのたかが魔物使いが太陽などつくれるわけがないではないか。これはたまたま現れた太陽さ。もともと夜に輝く太陽は稀ではあるが観測されている」
尤もそれこそがアポロゴーンが現れた証明だという声もあるのだが。
「だ、だが、だからといってそれで死ぬようなことなど――」
「いやはや本当に残念だ。まさか今日という日に限ってこのような希少な現象に遭遇してしまうとは。まさか夜に太陽が浮かび上がり、その下にたまたま、太陽が弱点のヴァンパイアロードがいたとは。しかもこの太陽は一般的な太陽の数千億倍の熱量を秘めている。これほどのパワーをもった太陽の光を浴びては、太陽が弱点なヴァンパイアではひとたまりもないだろう」
しかも何故かこの太陽の光はガラスを透過し、このインモラスだけを狙い撃ちにするというのだから不運としかいいようがない。
「いや、いやいやいやちょっと待て! 言っていることがおかしいぞ! メチャクチャだ! そんなもの太陽が弱点など関係ないだろう! ヴァンパイア族でなくても無事なやつなどいるものか!」
全身から汗を吹き出しながら喚き散らすインモラスだが、そんなことはないだろう。何せ――
「そうか? 俺は平気だったぞ?」
「は? おま、何を、あ――」
そう、俺はこれに耐えたことがある。別に太陽が弱点というわけではないからな。だが、どうやらこの男は別だったようだ。
流石は太陽が弱点のヴァンパイアだけある。気がついたら短い声を最期に消え去ってしまっていた。
「……ふむ、灰すら残らなかったか。少々太陽に弱すぎか。ヴァンパイアロードであっても悲鳴すら上げる間もなく一瞬であったのだから」
それで思い出した。そういえば直感が少しだけ外れたな。灰も残らなかった。まぁあんなものは適当に思いついたことを言っただけだからどうでもいいか――