ガラスは靴に向きません! (三十と一夜の短篇第26回)
ひびの入ったガラスの靴を前にして、男たちは頭を抱えていた。
「やっぱり強度が足りない」
「ならもっと分厚くする? でも、そうすると今度は重さがな……」
「片足にりんごをふたつも乗せて歩けるご婦人がいるか? 歩くだけじゃなく、この靴で踊るんだろう」
「だったら、厚さはこれが限界だ。あるいはデザインを変えて、ガラス部分を減らすか……」
口ぐちに出る意見は、これまで何度も話し合ってきたものだった。男たちはそれぞれガラス職人見習い、靴職人見習いとしてゆずれない箇所を主張しあい、ようやくひとつの靴を作り上げた。
しかし、熟考を重ねたはずの試作品は体重をかけたとたん無残なひびに覆われ、男たちをふたたび試行錯誤の海へと放り投げる。
「……ガラスで靴なんて無理なんだよ。透きとおった靴がいいなら、いっそポリ塩化ビニルで作ってしまえば……」
終わりの見えない挑戦に、ガラス職人見習いのクオーツがついそんなことを口にする。職人としての意地を投げ捨てるような発言に靴職人が物を言うまえに、別のところから声があがる。
「それじゃダメなんです! ガラスの靴でなくては『めでたし』にならないんです!」
鼻息も荒く主張したのは、試作品のガラスの靴に足を入れていた少女だ。破損時の怪我を考慮して厚手のしろい靴下を履いている。黒いワンピースに長い黒髪。髪を結ぶリボンも黒色で、ひとみだけが角度によって青から黄色へと色を変えるふしぎな少女。
強く言い切り、きらきらと輝くひとみでじぃっと見つめてくる彼女の目はそのことば以上に力を持っていた。
「……わかったよ、もうすこしいじってみるから……」
根負けして目をそらしたのは、クオーツだった。
場の空気がゆるんだのをみてとった靴職人見習いのジュジュが薬缶から茶を入れてクオーツに渡してくれる。熱中しているうちに、月がすっかり空の高いところに来てしまった。ぬるい茶が渇いたのどに気持ちよくて、夏がもうすぐそこまで来ていることをいやでも意識する。
魔女見習いに茶を渡す友人の背を見ながら、クオーツはこの難題がやってきたときのことを思い出していた。
ことの始まりは昨年の秋。寒がりや年寄りがそろそろ昼間でも暖炉に火を入れたがるころのこと。
親方に頼まれた届け物を済ませてきたクオーツは、ようやく遅めの昼食にありつけるとうきうきしながらガラス工房の入り口をくぐった。
「やあ、いいところに帰ってきたな」
そんな彼を出迎えた親方の声に、クオーツのご機嫌は霧散する。
いまの親方のことばには副音声がついていた。いいところにカモがやってきた。音にはなっていないけれど、弟子であるガラス職人見習いの耳にはたしかにそう聞こえた。
「……なんですか」
きっと面倒なことを言い出すに違いないと思いながらも、しぶしぶ応じるクオーツを親方が手招く。
「このお嬢ちゃんの依頼、聞いてあげなさい」
にこり、胡散臭い笑みを添えた親方が示したのは小柄な人影。親方の影にかくれてしまって気づかなかったが、お嬢ちゃんの呼称のとおり、見習いのクオーツとそう年の変わらないだろう少女が立っていた。
黒いワンピース姿の少女にちょっとかわいいかも、などと思う間もなく、少女は振り向きざまにしゃべりだす。
「あなたもガラス職人さんですか? だったら、お願いします。この絵の靴を作ってください!」
ことばとともに目の前にせまってきた少女にのけぞりながら、クオーツはその手に握られた紙に目を落とす。
「……靴?」
おもわずこぼれたちいさなつぶやき。少女のことばを信じるならばこの紙に描かれたのはくつなのだろうが、クオーツにはたまごに枝が刺さっているようにしか見えない。にもかかわらず、少女は自信満々に紙をかかげている。
(そもそも、なぜ靴の依頼をガラス工房に持ってくるんだ……?)
困惑して親方に視線で助けを求めれば、肩をすくめて苦笑する。
「そんな靴を作ってほしいそうだよ。履いて歩けるやつを、ガラスでね」
「ガラスを! 履く!?」
思わず大声を出してしまうけれどそれを気にする余裕もなく、クオーツはあいた口がふさがらない。
ガラスで靴。
たしかにきれいだろう。置物用であればクオーツも目にしたことがある。
しかし、いくらきれいであってもガラスだ。力を込めればひびが入るし、ささいな衝撃で割れる。ひとの体重を支えるにはもろいし、歩くとなればすぐに壊れてしまうだろう。
靴をつくるのにもっとも適していない素材と言ってもいいくらい、向いていない。
だというのに、ガラスにこだわるのはなぜなのか。わがままな貴族の娘の思いつきと断じるには、目の前の少女は質素にすぎる。また、そんな依頼であれば親方が舌先三寸でなんとかするだろうに、とますますクオーツは困惑する。
親方は少女の依頼を聞けと言った。受けろとは言っていない。無謀だと断るべきか、だめもとで依頼を受けるべきか。なやむ見習いに、親方が声をかける。
「そのお嬢ちゃんは魔女見習いだそうだよ。おまえが嫌でないなら、とりあえず挑戦してみても損はないはずだ」
「魔女、の見習い……」
改めてしげしげと少女を眺めるクオーツも、魔女のはなしを聞いたことはあった。
魔女は魔法を使う。魔女の見た来たるべき未来を招けば、周囲にも幸せをもたらすという『めでたし』の魔法だ。その過程に助力したものにも幸運を呼ぶというから、親方の言うとおり損はしないのだろうけれど。
(ガラスで、靴か……)
「難しい依頼だけれど、失敗したところで魔女は呪ったりしないからね。悩むぐらいならやってみなさい。ガラスの靴以外にも必要なものがいくつかあるようだから、ほかの店の見習いたちと協力するといい。これも修行の一環と思ってね」
だったら親方が受ければいいのに、と思ったけれど、修行の一環だと言われてしまえば断るわけにもいかない。どうしたものかと悩むあいだに、ほかの店にも話しは通しておくよ、と親方はさっさと出て行ってしまう。めんどうを嫌って逃げたに違いないと、クオーツは苦い顔でその背を見送る。
「あの、わたしセキエイと言います。それでは、これからよろしくお願いします!」
「……ああ、おれはクオーツ。まあ、よろしくたのむよ」
やる気に満ちあふれた魔女見習いのセキエイに、ガラス職人見習いのクオーツは仕方なく名乗りを返す。
そうして、見習いたちの戦いが始まったのである、が。
まず、セキエイの作りたいものを理解するのが難題であった。
「だから、それは靴のかかとの部分ですってば」
「かかと! かかとって、足の裏にあるやつか? なんでそれが靴の真ん中つらぬいてんだよ!」
セキエイが描いた絵を見て、クオーツがうなる。どんな靴なのだとたずねれば「ガラスでキラキラでステキなのですよ」とあやふやことを言い、およそ靴には見えない絵を示すばかり。
「てか、魔女なら自分でぜんぶ出せばいいんじゃねえの? 魔法でほほほーい、と」
紙とペンを投げ出したクオーツに、魔女見習いが頬をふくらませる。
「魔女じゃなくて魔女見習いです。見習いが使える魔法はひとつだけなんです。未来を見てから一年以内にめでたしの魔法を完成させてはじめて魔女になって、いろんな魔法が使えるんです!」
「ひとつって、なにができるんだよ」
ひとつでも役に立つならいいな、と思いながらたずねるクオーツに、セキエイは胸をはって答える。
「お取り寄せの魔法です!」
自信ありげに告げられたことばに、クオーツは首をかしげる。そもそも一般人の彼は魔法について知識がない。お取り寄せなる魔法がいかなるものか、想像もつかないのだ。
「それはどういう魔法なんだ?」
すなおに問うガラス職人見習いに、魔女見習いが説明する。
「別の場所にあるものを目の前に持ってくる魔法です!」
「……ほう」
「あ、なんでも持って来られるわけじゃなくてですね。わたしのものか、持ち主がわたしに渡すことを了承している物に限ります」
けっこう便利ですよ、忘れものを取りに戻らなくて済みますし、と笑顔のセキエイに、クオーツはにっこり笑う。
「つまり、物を用意する段階ではお前は役に立たないわけだな」
ばっさり言えば、魔女見習いはとたんに慌てだす。
「そ、そんなことないですよ! 靴の完成図を見てるのはわたしだけですから、いないと困りますよ!」
「その図が描けねえから、すでに困ってるんだよ!」
「そこはこう、察してくださいよ! 職人魂とかそんなので!」
「だったら察せられるくらいの情報を出せ!」
わあわあとしばらく騒いでいたが、ふたりで言い合っていてもらちが明かないと、クオーツは見習い仲間に声をかけた。
靴職人見習いのジュジュ、絵師に弟子入りしているカーラ、針子修業中のソウに、大工のたまごのゲイン。
年の近い見習いばかりが集まって、日没後のガラス工房で意見を交わす。
「ダンスを踊るからには、ドレス用の靴だろう」
「ふむ、貴族のご婦人の靴か。ヒールは高い? 低い? このごろは細身のものが流行りだね」
「あまり細いと壊れないかな」
「うーん、まずは見た目を決めてしまうべきでしょ。そこが一番大事なことのようだし。いろいろいじるのはそのあとで、ね」
「とりあえず、いくつか描いてもらえるか? そのなかからいちばん近いデザインを教えてくれ」
何枚もデザイン画を描いては、魔女見習いによる駄目出しを受けて修正をいれる。
「え、ドレスも必要なのか。キラキラでヒラヒラでステキなやつ? ……もうちょっとヒントはないのか」
「おお、この型見本はいいな。イメージを固めやすい」
「色は? 柄は? 飾りはどんなの?」
「それちょっとゴテゴテしすぎじゃないか。ここはこうしたほうが」
「いや、いや、これぐらいじゃないと目立たないし」
持ち寄った食べ物と知識で夜遅くまで盛り上がる日が続く。
「はあ? 馬車がかぼちゃってどういうことだよ」
「かぼちゃ型の馬車……って、ステキか? なあ、ステキなのか?」
「斬新なアイデアではある、よね」
「それ、ほかの形じゃダメ、なのか?」
「かぼちゃ……木をくり抜く……? いや、板を貼り合わせて……」
ガラスの靴といいかぼちゃの馬車といい、奇抜すぎる魔女見習いの依頼に全員で頭を悩ませる。
見習いとしてそれぞれの工房で汗を流すかたわら、手が空けば魔女見習いの依頼をこなすべく走り回る彼らは、いつしか職人街の名物となっていた。
「おおい、そこの見習い。これ、みんなで食べな」
届け物の途中にパンの入った袋を差し入れられることもあり。
「ああ、これもついでに持っていきな」
いつもより多めにおまけをつけてくれる者もいた。
やがて、たくさんのひとの手助けを受けてドレスと馬車は完成し、馬車をひく馬の手配もどうにか整った。魔女見習いが白馬にこだわらなければもっと楽に済んだはずだが、目処がついたいま蒸し返す話でもないだろう。
ただ、ガラスの靴だけが完成しない。
「……なんでだ」
深夜のガラス工房に残っているのは、ガラス職人見習いのクオーツと靴職人見習いのジュジュ、それに依頼主の魔女見習いセキエイだけだ。
ほかの見習い仲間はクオーツが帰してしまった。魔女見習いの依頼したドレスと馬車はすでに完成しており、ガラスの靴もデザインは決まっている。絵師、針子そして大工の仕事は終わているからに 、だらだら居残る必要はない、と彼らの背を押したのだった。しぶりながらも帰っていった三人は、いまごろ久々の早寝で疲れた体を休めていることだろう。
「くそ、舞踏会までもうひと月しかないぞ……!」
「招待状もすっかり届け終わってしまっているしね……」
城で開かれる舞踏会が依頼の期限だということは、魔女見習いに聞かされていた。
「……もう、重さは考えないことにしましょう」
頭を抱える男たちに、ついに魔女見習いが決断をくだす。
「ひとつ、成功した靴がありましたよね。あれでいきましょう」
魔女見習いが告げると、男たちは動揺する。
「あれはたしかに強度もあるし、ガラスでできていることに違いはないが……」
「強度を重視したせいで、重たすぎるからと却下されたじゃないか。あれで踊るなんて……!」
戸惑う男たちを静かに見つめて、魔女見習いはそっと首を横にふる。
「なによりも重要視されるのは、見た目です。きらびやかなドレス、世界にひとつだけのガラスの靴、だれよりも目を惹くかぼちゃの馬車! これらを装備して、王子さまと踊ることのすばらしさに比べたら、靴の重さなど無いに等しい!!」
魔女見習いの剣幕に、男たちは黙るしかない。
「さあ、作りましょう! 王子さまの心を射抜く乙女の足にぴったりのガラスの靴を! そして、めでたしめでたしを迎えるのです!!」
握りしめた拳を振り上げる魔女見習い。
「えいえいおー! ほら、いっしょに!」
促され、男たちはのろのろとこぶしを作る。
「えいえいおー!」
「え、えいえい、おー……」
「声が小さい、もう一回!」
「えいえい、おー」
「もう一回!!」
深夜のガラス工房に場違いな声が響く。眠気と疲労といろいろなものでやけになった男たちは、考えることを放棄してこぶしを突き上げる。
熱血魔女見習いのかけ声は、ガラス工房の親方が「近所迷惑だよ」と青筋を立てて言いにくるまで続いた。
その日から、さらに熱の入った魔女見習いにせっつかれ、彼らは眠れない夜を過ごすことになるのだった。
夏も盛りを過ぎて、いつの間にやら涼しい風が吹くようになった少女の屋敷の庭。
セキエイの魔法で少女のボロはきらびやかなドレスに、かぼちゃは馬車に、ハツカネズミは白馬にと一瞬で姿を変えた。正しくは、先にあったもののうえにお取り寄せされたのだ。
少女が身につけたドレスのしたには、もともと着ていた古ぼけたワンピースがある。セキエイの魔法の性質上そうするしかなかったのだが、ほほを染めて驚く少女は、きっとそのことに気がついていない。きれいなドレスに包まれた自身の体を嬉しそうに見回している。
「最後に、このガラスの靴はわたしからのプレゼントです。これをはいて舞踏会へと行くのです」
ふところに隠したガラスの靴を取り出す魔女の声を聞きながら御者台に乗ったクオーツは、少女にバレないように太ったネズミをつまんで庭のすみに放った。一張羅の衿を正し、やっとこの日が来た、と押し寄せる眠気に身を任せたいのを我慢していた。
ここで気を抜いたらこれまでの苦労が水の泡だ。すまし顔をした御者の服こそ地味だけれど、まわりを囲む品々はどれも手の込んだ品ばかり。カボチャの馬車に一点のしみさえないつややかな白馬、少女を飾るドレスもきらびやかで手の込んだ物ではあるけれど、なかでもガラスの靴は苦労した。
あの日、魔女見習いが下した決断は、強化ガラスで靴を作ることだった。
いろいろな方法を試しているときに発見した、強化ガラス。ガラスの強度自体は素晴らしく、親方にも賞賛されて工房の売り物として採用されたときは嬉しかったものだ。親方は「魔女に手を貸したおかげだねえ」とほくほくしていた。
けれど、クオーツたちにはそれでは不十分だった。なんど試しても薄い強化ガラスは作れず、出来上がったガラスの靴は分厚く重たいものになってしまう。けれども、それでいこうと魔女見習いが言ったのだ。見た目こそが大切なのだと、言いきった。
その靴に、いま、少女が足を通す。
「まあ、ぴったりだわ!」
驚いたような少女の声に、クオーツは思わずこぶしを握る。ちろり、と魔女見習いににらまれるが、歓喜の声をあげなかっただけ褒めてほしい。
強度を高めるため靴を成形した後に高熱、急速風冷処理をする関係上、サイズ調節がたいへん難しかったのだ。微妙にサイズの違う靴を何個も作り、強化処理後に小さすぎ、大きすぎとふたたび溶かされた靴がいったいどれほどあったことか。
ついに求める物が出来上がったときには、少女の足のサイズを測ってきてくれた靴職人見習いのジュジュと抱き合って喜んだものだ。自然にサイズを測るため、靴のサイズの街頭アンケートと銘打って少女の家の付近をうろついてくれた見習い仲間たちにも改めて例を言いたい。
「それでは、この招待状を持って舞踏会へ行ってらっしゃい」
クオーツが感慨に浸っている間に、話は進んでいく。
ちなみに魔女見習いが手にしている舞踏会の招待状は、師匠である絵師の伝手でカーラが入手してきてくれたものだ。王子に興味のないご令嬢がいるのか、カーラの師匠がすごいのかはわからない。
「ちなみに、この魔法は十二時を過ぎると解けてしまいます。十二時の鐘が鳴り終わると、ドレスも馬車も消えてしまいますから、それまでに帰ってきてくださいね」
ぼんやりしていたクオーツは、魔女見習いのことばに驚いて慌てて御者台を降りた。
「おい、そんな話聞いてねえぞ。今日の舞踏会でめでたしめでたし、になるんじゃねえのか?」
「恋にはドラマが必要なんですよ。いいから、あなたはおとなしく御者をしていてください。十二時の鐘を合図にわたしのところへ移動すること、了承してくださいね」
「げえ、また魔法で移動するのかよ。あんまり好きじゃないんだけど」
「貴重な体験なんですから、文句言わない!」
こそこそとやりとりしていたクオーツは、着飾った少女が不安げに佇んでいるのに気がついた。不信感を持たれて馬車に乗ってくれないなんてことになったら、全部が台無しだ。
「あとできっちり話してもらうからな!」
小声でセキエイに約束を取り付け、御者台に乗ったクオーツは馬を走らせた。
その日からおよそひと月後。冬が近づくとある日に、少女が王子から求婚されてめでたしを迎えたのを見届けて、見習いたちは皆で集まり祝杯をあげた。
「依頼完遂、おめでとうー! めでたしめでたし、おめでとうー!」
ようやく魔女見習いから卒業だ! と喜ぶセキエイと手を貸した見習い仲間たちでおつかれさまパーティをしているその場所に、一羽の小鳥が舞い降りる。
「あ、お師匠さまの使い魔だ」
そうつぶやいてのんきにグラスを傾けるセキエイに、小鳥はくちばしを動かし女性の声で告げた。
「セキエイ、あなた期限切れよ。これでまた当分、見習いのままよ」
「……え?」
ぽかんと口を開ける一同に、小鳥は首をかしげる。
「未来を見てから一年が期限よ。あなたの期限はおととい切れたわ。残念ね」
愛らしい顔で無情な事実を述べる小鳥に合わせて、セキエイの頭がかたむいていく。小鳥と同じように首をかしげたまま、セキエイはきょとりとまばたきをする。
「え。え? わたし、魔女に……」
「なってないわね。なれないわ。次の未来を見て、もう一度めでたしを迎えなければね」
たらり。
セキエイのひたいをつたう汗の音さえ聞こえてきそうなほど、あたりは静まり返っている。
ぎぎぎぎぎ、と軋みそうな動きで振り向くセキエイの視線から、その場の全員が目をそらす。
「あの、あの。みなさん、また、よろしくお願いします、ね?」
セキエイが口のはしを引きつらせながらも笑顔で言うと、どこからか「ひぃっ」と息をのむ声がした。それもひとりではない。集まりのそこかしこから聞こえた。
「み、見習い同士、また頑張りましょうよ! 次はきっとうまくいきますから!」
無理に明るく言うセキエイが一歩踏み出したとたん、見習い仲間たちはわっと逃げ出した。慌てた魔女見習いは手近なところにいたガラス職人見習いの腕にからみつく。
「あっ、ちょっ! 逃げないで! 手伝ってくださいよ、クオーツさん、お願いしますー!」
「は、離せ! おれはもう寝るんだ! 休みもなく働くのは嫌なんだ〜!」
わあわあと逃げまどう見習いたちの戦いは終わらない。
悲痛な叫びがこだまするなか、魔女の使い魔は星のまたたく空へと飛び立ち、ひと声鳴いて姿を消した。
「とっぴんぱらりのぷう」