私、居候始めました。
「お前、名前は何だ?」
家へ案内される途中で、コジーさんが突然聞いてきた。
「すみません、言うの忘れてました。私は」
なんだっけ、シェルマ…だっけ…。
いや、私は三島心奏だから、シェルマちゃんの知り合いに会うまでは三島心奏を名乗ろう。
「ココナです。ココナ、ミシマ」
「そうか、ココナか。よろしくな」
管理課は日没まで働けばいいらしい。
王都に近づけば近づくほど悪いモノが増えて、その分働く時間も長くなると聞いた。
「コジーさんは…ドワーフなんです?」
「そうだな、そんな感じだ。ずーっとこの姿で、これからもずーっとこのマクリシェを見守っていく、それがワシだ」
「コジーさんは…」
「質問は今日はここまでだ。さあ、着いたぞ」
「わあ、凄い!」
思わず、声がキラキラと輝く。
木製の家で、至る所に丸くて可愛いランプが吊り下げられている。
まるで童話に出てきそうな森の中の妖精の家みたい!
「凄いのか?ありがとう」
ガチャガチャと鍵を開き、中に入って手招きをする。
「お邪魔しま…違うか、今日からお世話になります」
コジーさんにお辞儀をして扉を閉めた。
「お前、思ったより礼儀正しいんだな」
「コジーさんが礼儀がなさすぎるんです」
やっぱり昨日の事件を許せない自分がいる。
「ここが調理場。お腹が空いたら使ってもいい。ゾンビって何を食べるのか分かんねえけど」
そう言えばまだお腹空いてないな。
私って何を食べたらいいんだろう。
「ここは憩いの場。客人を呼ぶのもここ、ダラダラとくつろぐのもここだ」
「ひっろーい!」
「だろう?ここに1人きりなのはなかなかキツいんだがな」
どう反応すればいいか分からず、はは…と笑う。
「そしてここはワシの職場だ。危険なモノは多分ないが、触らない方がいいものもある」
「わあ…綺麗な色ですね…」
「綺麗なものほど猛毒だぞ。まあ、対象によっては良薬でも猛毒になることがあるがな」
少し寂しそうな顔をした気がしたが、すぐに次の部屋へ向きを変えた。
「ここがワシの寝室。絶対に開けるなとは言わないが、開けない方がいい」
「何かあるんです?はっ、まさか卑猥な本…」
「アーホか!結界を張ってあるんだ。多分お前は弾かれる…無駄に体力削りたくないだろう?」
「ああ…確かに…」
「さあ、そしてここが客人用の部屋だ。今はお前が使っていいぞ」
少し湿気ている気がするが、今はそんなこと関係ない。
土の家よりどんなに快適だろうか!
「ベッド!ベッドがある!」
「ああ…お前墓から出てきたらしいもんな。土の生活よりはマシだろう」
コジーは部屋の隅にあるハシゴを登る。
「んー、やっぱりダメか」
「何がダメなんです?」
「使用済みの実験体を回収日まで屋根裏に置いてるんだが、どうしても水分が染み出てしまってな」
ジメジメの原因が分かったと同時に命の危険を感じた気がした。
「以上がこの家の紹介だ。入らない方がいいのは職場と屋根裏とワシの部屋で、それ以外は自由に使ってもらっても構わない」
「鏡とかはないんですか」
「鏡?ああ…」
女の子だから身だしなみには気を使いたいんだろうなと悟ったのかは分からないが、憩いの場の棚から鏡を取り出した。
「ワシは使わないから、やる」
「いいんですか、ありがとうございます!」
早速ウキウキしながら椅子に座って鏡を見る。
その中にはブロンドの髪で、両目の色が紫色で、顔の3分の2くらいが糸で縫われている可愛い少女がいた。
これが、シェルマちゃん…。
多分、間違いなく美少女コンテスト1位になることができるレベルの、美少女中の美少女だ。
「おい、何ずっと自分の顔を見つめているんだ」
「あっ、すみません!久しぶりに自分を見るもので…」
コジーはふーむ、と私をジロジロ見る。
「そうだな、初めて会った時…自分がゾンビになったことも分かっていなかったもんな」
自分より背が低くなった私の頭をポンポン、と撫でた。
なんだかおじいちゃんを思い出すな…。
鏡の中に安心した顔の私が見えたのだろうか、コジーさんは初めて優しく笑った気がした。
「笑っても、ゾンビはやっぱり化け物だな」
それから私が振り向きざまに頬を叩いてしまったのは言うまでもない。
「あの…すみません…化け物って言われるの嫌で…」
布団にくるまるコジーさんを扉の外から見つめる。
入ろうと思ったら電気のようなものが全身を駆け巡ったからだ。
「……」
「コジーさん…あの、本当に申し訳ないなって思ってるんです」
「……」
何この人、子どもみたい!
ちょっとは反応したらいいのに!
そもそも原因は私のことを化け物って言ったからなのに…。
「…一つだけ忠告しておく」
「はい」
「この世界、お前を見て化け物って呼ぶ奴なんてたくさんいるだろう。そんな奴にいちいち反応して叩いてたら、お前はアグドリナ、いや、どこに行っても平和な生活なんて送れない」
「…はい…」
言われてみれば確かにそうだ。
化け物は昨日から何回言われただろうか。
今回は手が届く範囲にいたから手を出してしまった。
それなら、手が届く範囲で化け物って言われたら、私は誰彼構わず叩いてしまうのだろうか。
「ありがとうございます。そうですね、平和な生活のために…」
「ばけものっていわれても、おこらないとちかいます」
「棒読みじゃないか…」
コジーはこれから色々することがあると言い、職場に入っていった。
邪魔をするのは悪いので、ご飯を作ることにした。
「なーにがあるかな。これかな?」
調理場に木の箱を見つけ、開けてみる。
「きのこ」
隣に積み重ねられた箱を上から順に開ける。
「きのこ」
火を起こす場所の近くに離れて置かれた箱も開ける。
「…きのこしかないの…?」
仕方ない、きのこだけで何かを作ろう。
「このきのこは…香りはいいけど硬いな。こっちのきのこは、逆に香りはないけど柔らかい。このきのこは小さくてぷにぷにしている…」
うーん、と考えて、とりあえず切ってから鍋に入れる。
「硬いやつは小さく小さく切って、柔らかいやつは細長く切って、ぷにぷにきのこは食感を楽しむためにほぐしてそのまま入れる!」
味見をしてみると、きのこだけとは思えない、いい味が出ていた。
コンコン、と扉を叩く。
「コジーさん、スープを作ったのでよければ食べてください」
すぐに出てきたコジーはスープをふんふん、と嗅いだ。
「なんだ、いい匂いだ」
「調味料とか分からなかったのできのこだけで作りました」
「きのこだけで…!?塩もなく、こんなにいい香りの物が作れるのか」
ふうふう、と息をかけながらスープを一口飲む。
「美味い…」
「それはよかった。またよければ作りますよ。材料があれば…あと、調味料があればもっと美味しいものを作れるかも知れませんが」
スープを一気に食べると、コジーはポケットに手を突っ込んだ。
「これ、金。調味料は床の下にある」
いきなり渡された金貨に戸惑う。
「そんなに気に入ってくれましたか?きのこだけでいいならこんなお金なんて…」
「明日は魚を食べたい。いいか?」
「…ええ、もちろん!」
料理が嫌いなわけじゃないし、胃袋を掴めたのならこのままこの家で居候生活が続けられるかもしれない。
なんて、ずる賢い考えをしながら調理場に戻り、調味料の場所を確認した。
ご飯を食べて、満腹感も感じたし、食料は人間のもので大丈夫そうだ。
ジメジメした部屋に入る。
悪夢を見ないか心配だが、ベッドで寝られることが何よりも嬉しい。
布団に潜り込み、一日を振り返る。
好感度を上げようと、色々してみて、逃げられて…。
みんなの忘れた荷物を届けようと思ったら、コジーさんに再会。
人手不足で困っていたコジーさんは昨日とは態度が変わって優しくなったんだろう。
まだ信用はできていないけど、何か危険に巻き込まれそうになったらまた全力で逃げたらいい。
そして私は働く場所と住む場所を1ヶ月確保することができた…。
1日目は酷いのなんのだったが、なかなか幸先がいい気がする。
なんて、あの時の私は思っていたのでした。