私、好感度集め始めました。
私の中には1つだけ期待していることがあった。
実はこれら全てが私の悪夢であって、次に起きた瞬間目の前には見慣れた自分の家があるんじゃないかって。
そう、これは悪夢。
私は普通の人間で、普通の生活をして、普通に死んでいく。
それが望みである私にとって、こんな現実的ではない状況におかれているのは悪夢以外の何があるだろうか!
そう思いながら私は夢を見た。
私の大切な親友の夢…。
「心奏、これは夢だよ」
「そうだよね」
「うん、悪夢だよ」
「知ってるよ」
「だからこっちに戻っておいで」
「珠希ちゃん、会いたいよ…」
「すぐに会えるよ」
「そうだね、だってこれは悪夢」
「悪夢…だもん…」
ゴシゴシと目をこする。
目覚めたのは暗闇の中。
この暗闇が、悪夢が現実であると叩き込んでくる。
木の板の隙間から明かりがちょっと漏れている所を見て、今はもう朝のようだ。
板を押しのけ、穴から出る。
「おはようございます!」
寂しい気持ちを抑え、元気よく挨拶をした。
「まずは…」
周りをキョロキョロと見ていると、案内板があることが分かる。
「ここがどこなのか把握しないとね」
案内板を見て分かったのは、ここがアグドリナという国であるということ。
今私がいるのは、国王のいる城からかなり離れているマクリシェという、主に初心者冒険者が集う「始まりの村」みたいな場所であるということ。
敵はあまりいないのか、「平和に暮らしたいならマクリシェへ!」というのがこの村のキャッチコピーらしい。
私にはぴったり…だけど、今の私はどうやらゾンビらしいから、この村にとっては敵なのかな。
敵じゃなければ勇者に斬られることもなかっただろうし…。
まず私がすべき事は、この平和な村で過ごすために…
好感度集めをしよう!
作戦1『重そうな荷物を持った住民を助けよう!』
ちょうど荷物を重そうに運ぶ少女がいたので話しかけてみる。
「あのー」
「はい?き、きゃああああ!!」
少女は荷物を投げ捨て、逃げていってしまった。
「うーん…分かっちゃいたけど…」
とりあえず荷物を持ち、次の人を見つける。
お婆さんなら逃げないかな。
「あの、お荷物お持ちしますよ」
「け、け、結構です!!」
見かけによらず、ものすごい勢いで走っていった。
「また荷物忘れていっちゃった」
仕方ない、次の作戦だ。
作戦2『勇者と一緒にモンスターを倒してみよう!』
平和な村ということもあり、いるモンスターはスライムのようなぷにぷにした物体だったり、動くきのこばかりだ。
これなら私も倒せそう…。
「私も一緒に倒すの手伝いますよ!」
「ありがとう!感謝す、る…」
勇者はしばらく固まった後、腰が抜けたのかへなへなと座り込んだ。
「よし、倒せた!勇者様、倒せましたよ!勇者…様?」
隣にいた勇者はいつの間にか後ろの方に逃げていた。
この作戦もダメか…。
勇者の忘れた剣と盾を持って、次の作戦を考えた。
作戦3『挨拶をしよう』
何をしても逃げられるのなら、そこら辺にいる人と同じように挨拶をすればいいと思うの。
もうこれでダメなら私は、何をしたらいいのだろうか。
「こんにちはー」
「あ、こん…きぃやああああ」
「こんにちは!」
「ひぃっ」
「こんにちは…」
「こん化け物!!!」
誰も彼も、みんな荷物を置いてけぼりにして逃げていく。
いつの間にか私は自分で持つのも大変なくらいの重さの荷物を持っていた。
「ふう…さすがに重いな」
案内板に戻ってきた私は、ひとまず交番のような場所がないか探すことにした。
交番まで行ったら撃たれそうだけど、昨日の私の様子を見るに、多分ちっとやそっとのことじゃ死にはしないでしょう。
「マクリシェ管理課、困った時には管理課へ……ここだ!」
割と近い場所に管理課という、交番のようなものがあるということが分かった。
「こんにちはー、マクリシェ管理課ですか」
「はい、そうだが…おや」
私、今かなり嫌な顔したと思います。
だって、目の前にいたのは
「子爺さん…!?」
「昨日のゾンビじゃないか」
子爺さんだったのだから。
私の方をジロジロと見て、ほーうと言いながらニヤリと笑う。
「追い剥ぎか」
「違います」
他の住民よりはまともに話せそうだから、この大荷物に至るまでの経緯を話すことにした。
「そうか、好感度集め、ねぇ…」
「はい、私ここに住みたいんです」
子爺さんはコーヒーのようなものをすすりながら、紙に何かを書いているようだ。
「そういえばお前、ワシの名前をなんで知っている」
「知りませんよ、名乗らずに私の腕を切ったんですから」
すると子爺さんはワッハッハっと笑い始めた。
「すまんすまん。じゃあ何だ、子どもっぽい爺さんのような奴だから子爺さん…ってか?」
「そうです」
「ワシの名前は、コジーだ。薬屋をしている」
そうなんだ、てっきりただの怪しい人だと思ってた…なんて言えない。
「待ってください、薬屋さんなんですか?ここは管理課ですけど」
「あー、ナジー…弟がな、王都まで行ってるから代わりにワシが1ヶ月ここで働くんだ」
「そんな適当な…よりによって子爺…コジーさんに任せるなんて…」
コジーさんはニヤニヤ笑いながら紙を私に見せた。
文字は不思議と読める。
見たことはないはずなのだが、英語でも日本語でもない文字で
「心優しいゾンビが、落し物を届けてくれました。
落し物に心当たりがある人はマクリシェ管理課へ」
と書かれてある。
「こ、これ…!」
「ちょっとは力になれるかもしれんからな。昨日の無礼を許せって訳じゃないが…」
「ありがとうございます!」
思わず涙が出る。
いきなり人の腕を切るような人でも、こんな優しさがあるなんて!
「その代わり」
「はい!」
「ここでナジーが戻ってくるまで働いてくれないか」
「…はい?」
「ちょっと書類が多くてな。平和な村と言っても事件は起こる。ナジーが戻るのが1ヶ月後だ」
「ああ…それにコジーさんは本業の薬売りがありますもんね」
「そうだ。ここは6日に1回休みがある。それがちょうど昨日だったんだが、休みは仕事を気にせず存分に休んでもらって構わない」
6日に1回休み…何もしないよりは働くことで好感度集めはできそうな気がする。
「まあ、お前がいることで悲鳴をあげるやつもいるだろう。だが、1週間くらい薬屋を休んでお前が普通に暮らしたいこともワシが説明してやろう」
悪くない条件に、惹かれる自分がいる。
「給料が勝手に渡せない分、寝る場所、食べ物…はいるか分からんが、それはワシの家で済ませばいいだろう。どうだ?」
「その話、乗りました」
話に乗ったのはいいものの。
子どもの見た目であるとは言え、家も持っていて人1人を1ヶ月養えるほどの心の余裕…この人何歳なんだろう。
「コジーさん、何歳なんですか」
「いきなりだな。476歳、この村では1番の老いぼれだな」
「へえ、476歳………476歳!!?」
私、三島心奏16歳、働き始めます。
そして、476歳とかいうとんでもない年齢のお爺…お爺さん?と一緒に住むことになりました。
これから私の生活どうなっちゃうんだろう…。
人物紹介1「三島心奏」