私、ゾンビだと分かりました。
10分後、なんとか這い上がることに成功した私は辺りを見回す。
私はどうやら薄々気づいてはいたけど、土の中から出てきたみたいだ。
後ろを振り返ると、
『シェルマ、ここに眠る』
と、石に彫られてあった。
「状況は理解できないけど、ここが日本じゃないのは確かかな…」
どこかに鏡がないかと探したが、どうやら無さそう。
そういえばさっき、ゾンビがどうこう言われていたけど…
薄目で自分の手を見る。
「こりゃゾンビって言われるはずだよ!」
ところどころ赤紫のような青紫のような、よく分からない人間らしくない色をした自分の手に向かって叫ぶ。
すると、大通りのような場所からゾロゾロと人がやってくるのが見えた。
「勇者様、あそこ、あそこです!」
「あ、その声!さっき私をゾンビって言った奴!」
ザワザワと人々は話し始める。
「おい、あんなに自我を持ったゾンビなんているか?」
「土の中から出てきたとか見間違いだろ」
「新手のイタズラじゃねえの?」
「つーか可愛いな」
私をゾンビって言った奴も、勇者と呼ばれた奴も、騒ぎに釣られてきた奴らも、私そっちのけで盛り上がり始めている。
「あの、私の話を聞いてくれないですか」
逃げるより先に、まずは状況を確認しないと別の場所でも同じような騒ぎが起こるだろう…。
「おっと、忘れてたな!この俺が1発で仕留めてやるぜ」
ダメだ、話通じない!
勇者と呼ばれた奴が剣を私に向けて走ってきた。
ああ…私死ぬのかな。
まだ16なんだけど…。
そんなことを考えていたら、剣は私の上半身と下半身を綺麗に真っ二つにしていた。
思ったよりも痛くないものだ。
そういえばゴキブリも、頭と胴体を切り離されても暫くは生きているんだったっけ…。
ああ、勇者の勝ち誇った笑い声が聞こえる。
手はまだ動く。
這いずっていけば私の下半身まで辿り着けそうだ。
と言うか、思ったより意識はハッキリとしている。
なら、どうせ死ぬんだったら一つ言ってやろう。
「話を聞けって言ってるでしょうが!!!このクソボケ勇者ー!!!」
人々はこちらを見て口をあんぐり開けている。
「あなた!失礼にも程があるわよ!戦国時代の侍だって名乗ってから奇襲してたよ!!」
「そんな、まさかそんなはずは…俺の剣で死ななかったゾンビはいない…」
「だから言ってるでしょ、ああ…言ってなかったかも。私はゾンビじゃない、人間!分かる?に、ん、げ、ん!!」
みんな目を見開いてはいるけど私の話は聞いてなさそう。
仕方ない、せめて下半身の近くで死にたい。
私は手を足のように使い、吹き飛ばされた下半身の元へ向かった。
「なあ、あれ…どう思う?」
「人間なら死んでる」
「俺なら間違いなく死んでるし、痛くて身動きも取れないと思う」
「勇者様どうします?」
「うん、逃げよう」
下半身までたどり着いた私は寝転がり、何となく体が繋がった感じに見えるようにした。
もし通行人が真っ二つになった私を見てしまったら、助けを呼ぶ前に逃げてしまうだろうしね…。
仰向けになっていたら、段々と目蓋が重くなってきた。
そうか、もうすぐ死んじゃうんだね、私…。
もっと、人生、普通に楽しみたかったなぁ。
「おい」
誰かにつつかれている。
「起きたか、バケモノ」
「誰がバケモノですって…」
思考が追いついた私は頬っぺをつねった。
「私、生きてる!」
「死んでるよ」
手を見ると、ところどころ赤紫のような青紫のような人間らしくない色をしていた。
夢じゃなかったのか…。
そうじゃなくて、私は下半身を失ったんだよね?
なんで生きているんだろう。
普通なら出血多量で死ぬでしょう。
「あれ…」
「なんで、下半身があるの」
間違いなく、私は下半身が切断されていたはず。
じゃあ、なんで上半身と下半身がくっついているの。
もしかして!剣で切られて吹き飛ばされたのは気のせいだったんじゃないかな!
「お前、下半身なかったのか」
私を起こしてきた人は、見た目は子どもみたいだけどやけに老けたような声をしている。
男の子…というよりはお爺さんのようだ。
「お前、下半身なかったのか」
「あ、ごめんなさい。そうなんです、下半身が剣で切られてしまった夢を見ていたようで」
「そうか」
子爺さん(名前が分からないからそう呼ぶことにしよう)は、自分の背丈ほどありそうな大きなカバンをごそごそとあさり始めた。
「そこ、手を出せ」
カバンから何かを取り出した子爺さんは、左手の上に私の手を乗せるよう指さしながら言った。
変なの、と思いながら右手を差し出す。
スパッ
その音が正しいと思う。
子爺さんは右手にナイフを握り、私の手を切断した。
「え……」
何が起きているか分からなくて混乱する私に気を留めることなく、落ちた私の手を拾う。
「夢じゃない。右腕を出せ」
少しだけ涙が出た顔を横に振る。
そんな私を見ないまま、右腕を掴み、切られた右手を切断部にグッと押し付けた。
「何、これ」
切断面されたはずなのに、紫色の霧のようなものがモクモクと立ち上がり、私の手はあっという間に元通りになってしまった。
「いい物を見つけた」
「物?」
「ああ。いい物だ。売れば500万nellにはなる超贅沢品だ」
nell…?日本で言う円だろうか。
って、売る!?
「売るって、私を?」
「それ以外に何を売る」
私は青ざめた。
元から青ざめてる気もするけど。
「いいか、よく聞け。お前はどこのどいつが作ったか分からないが、とてつもない力を持っている」
とてつもない力…私の手が元通りになったアレのことかな。
「再生能力を持つ物はそう珍しくないが、縫い合わせずにすぐ元通りなんて、見たことがない」
私も見たことないよ、さっき初めて見たよ。
「よっぽど、粉々にされない限りは生き続ける…。ははは、研究者たちが500万…いや、1000万くらい出すかもな」
私、何されようとしてるの。
「それにこんなに可愛いとなれば、変態が買ってくれるかもな」
今自分の顔がどんな顔してるか分からないけどさっきの人たちも言ってたな…。
「さあ、闇市に行こうじゃないか、ゾンビちゃん」
「お断りします!!」
何とか逃げ出した私は、さっきまでいた土の場所に戻った。
地上に打ち上げられた土を中に入れて、出入りしやすい高さに調節。
ちょうどよさそうな木の板を入口に被せたら簡易ハウスの完成!
今日は色んなことがあったな、と一日を振り返ることにした。
「私は学校に行って、テロ予告があって、家に帰ろうとしていたら霧を吸い込んで……目覚めたら土の中で、出たらゾンビだって言われて、勇者を連れてこられて、下半身切られて、でも次に起きたら下半身がついてて、変な子爺さんに手を切られたと思ったらまた付けられて………」
はあぁ、頭が混乱しそう。
分かったのは、目が覚めた私はシェルマという女の子になっていたということ。
それと、再生能力を持っているということ。
「それと、私がゾンビだっていうこと……はぁ…」
私の描いていた普通の人生は、理解が追いつかないほどのスピードで変わってしまったのだった。