私の現状と足掻きの結実
突然だが、この世界はゲームである。
いわゆるところの乙女ゲーム。女性向け恋愛ゲームの世界だ。
何の因果なんだかそんなところに精神だけでこんにちはしてしまった私は、そのゲームの主人公の中に入り込んでしまったらしい。原理とか理由とかそういうのは知らない。知る必要もない。
大事なのは、このゲームでエンディングを迎えれば、晴れて私はこの体から解放されて、生まれ育った世界の慣れ親しんだ体に戻れるということである。
プレイヤーキャラであるがために空っぽだった『主人公』の体に入り込んでしまったわけなので、エンディングを迎えさえすればこの体の状態はリセットされる。つまり私はこの体から弾かれる。
そう教えてくれたのは、なんかよくわからないけど、本人曰く神様みたいなものらしい存在だった。神々しいとか畏怖を感じるとかそういうのは全くないが、本人がそういうのでそういうことなんだろうと思っている。声しか聞いたことないけど。
なので、本来私は単にどんなものでもいいからエンディングを迎えれば良かったはずなのだが――問題は、私の入ったこの『主人公』の現状と、このゲームのコンセプトそのものにあった。
まず、私が体に入り込んだ時点で、この『主人公』、ほとんどエンディングを待つのみの状態だった。
フラグは立ち、イベントはこなされ、既に幾つかのエンディング条件は整っていた。期日が来れば自動的に何かしらのエンディングに入って終わるこのゲーム、普通なら私はそれに乗っかってエンディングをこなすだけでよかっただろう。
――そう、普通だったら。
このゲームのコンセプトが、『総ヤンデレゲー』でさえなければ。
『主人公』の体に入った時点で把握した、この体の名前(デフォルト名)と周囲の人々に関する記憶その他諸々でまさかとは思っていた。自称神様からゲームタイトルを教えられて予想は確信に変わり――そして絶望に変わった。
私も、元の世界では乙女ゲーを嗜む人間だった。プレイするしないは別として新規タイトルの情報は追っていたし、ライトよりはコア寄りの乙女ゲーマーだった自覚はある。
率直に言って、二次元のヤンデレは好物だった。乙女ゲーでのヤンデレは、タイプによるけどだいたい美味しくいただく系の人間だった。
作者の好みが反映されやすい同人ゲーとかでしか見たことのなかった攻略対象(以外も)総ヤンデレというコンセプトに心躍り、無論このタイトルも購入したしプレイしたしコンプした。隅から隅まで楽しんだ。やり尽くした。
しかしそれはあくまで二次元だからであって。身の危険精神の危険等々を考えると、現実となったこのゲームには、まあこう言う他ない。
――『クソゲーすぎる』と。
好感度が低いとちょっとしたことで死ぬ。殺される。性癖異常者が一人はいるのがお約束だよね、と言わんばかりにぶちこまれたアグレッシブ無節操ヤンデレの餌食になる。
それを避けるために誰かの好感度を適当に上げたとしよう。死ぬ。死ななくても監禁される。精神破壊はやっぱりお約束である。多種多様に精神的に追い詰められる。燦然と輝くCERODは伊達じゃない。画面の向こうなら萌えるけどこわい。えぐい。
死なないように途中バッドエンドのフラグを折り、ルートを順調に進めると、まぁわりあい普通の乙女ゲーである。たまにヤンデレを匂わせるイベントは差し込まれるし不穏当は発言はしょっちゅうだが、実際的な危険はない。
だが、これは『総ヤンデレゲー』である。正規エンディングが普通の乙女ゲー的甘くてハッピーなアレなわけないのである。
このゲームにハッピーエンドはない。本来の意味では。
『攻略対象が』ハッピーなエンドがハッピーエンドである。ガチヤンデレな奴らのハッピーである。その内容は推して知るべし。
そして、エンディング目前だったこの『主人公』の辿ったルートは、プレイヤーの中でも許容して萌えられる人と許容できずに恐怖を感じる人とパッキリ分かれたキャラのエンディング条件をクリアしてしまっていた。好感度とエンディングごとの優先順位を考えると、放っておけばエンディング一直線だった。
ちなみに私はそのキャラのエンディングも「これはこれで」と萌えられた側だったが、画面の向こうでは萌えられたからこそ絶望しか感じなかった。
死ぬ。私の精神が死ぬ。いっそ恐ろしいことにこのキャラのエンディングで『主人公』は一応殺されないのである。殺して自分のものに系執着キャラのエンディングだったら二三言不穏なやりとりをしたと思ったら暗転で、主人公の死体を前に恍惚とする攻略キャラが語りかけているとか、そういうまだ穏当なエンディングだったのに。
それにしたって私(の入ってる主人公の体)が死ぬには違いないが、そのシーンがあるということは、なんか幽霊的な感じでその様を見るだけだろう。それくらいならかわいいものなのだ。このゲームでは。
問題の、このままだとエンディングを迎えてしまうキャラについて少し説明しよう。
この世界はありきたりな剣とか魔法とかが幅を利かせてるファンタジー世界である。ゲーム開始時点での主人公は、比較的珍しい治癒魔法の才を持つだけの女の子でしかない。生まれ育った村にやってきた、旅の魔法使いに治癒魔法の才を見出され、首都にある魔法学院に転入することになる、というのが導入部である。
そこから、まあ王道に学院での出会いがあり首都散策中の出会いがあり気づけば上流階級の知り合いが増えお家騒動に巻き込まれたり巻き込まれなかったり首都を騒がす事件に巻き込まれたり巻き込まれなかったりするわけである。
その過程で純粋異常性癖からのヤンデレとか環境要因により歪んだ愛情表現しかできないヤンデレとか愛が重すぎて病むヤンデレとかに目をつけられることになるわけだけど、この国の上流階級大丈夫なんだろうか。どこかでヤンデレ遺伝子組み込まれてるんじゃないだろうか。
まあそれはもうどうしようもないことなので置いておくとして、このままだとエンディングを迎えてしまうキャラというのは、愛が重すぎて病むヤンデレ系統のキャラである。
まあ、愛が重すぎて病むヤンデレはこのキャラだけじゃないし、このキャラもヤンデレとして目新しい部分があるかと言えばそうでもない。
だがしかし、恐ろしいのはこのキャラの特殊能力とエンディング内容である。
魔法というものが存在し、周知され、活用されているこの世界、稀に魔法では起こせない事象を起こせる特殊能力を持った人間が生まれる。
それは例えば任意で時間を止められる能力(ただし数秒間に限る)だったり、触れるだけで他人の思考が読める能力(ただしコントロール困難)だったり、壁を無いものとして通り抜けられる能力(ただし一定の厚さまで)だったりと、基本制限付きで使い勝手がいいとは言えない。だがしかし、問題のキャラの特殊能力は制限がないのである。もちろん、他にも制限のつかない特殊能力持ちはいる。ただ、そういう場合はそもそもの能力が大したものじゃないことが多いのに対して、件のキャラの能力は――『指定した対象の時間を戻す』というものなのだ。
そして、この能力、エンディングにがっつり絡んでくる。
ヤンデレとしてのこのキャラは、そんなに恐いところはない。普通に愛が独善的なだけというか、主人公が好きすぎて主人公の考えを度外視して自分の選択に巻き込む系というか、本人は愛の重さが同じだと思ってるから共に居るだけで幸せだと思い込んでるというか……ヤンデレとしては弱めだろう。君には僕以外いらないよね、というスタンダードな思考で全人類皆殺しにできるけれども、このタイプは他にもいるのでこのキャラだけの持ち味というわけでもない。
ただ、皆殺しにした後が問題なのだ。
そもそも、なぜ全人類皆殺しにするかというと、このキャラ、まあ普通にトラウマ持ちで、それを主人公に救われるのだけれど、それによって主人公を神聖視するようになる。そしてそんな主人公が、危険な目に遭ったり、悪意に晒されたり、そういうのを経て――主人公を害する可能性のある他人なんていらないよね、という思考に至る。それを実行できる能力があったものだから、さくっと全人類皆殺しが為される、というわけだ。
主人公はヤンデレに愛されはするけれどもヤンデレ嗜好を持っているわけではない普通の人なので、現実とか自分が起因になったこととかのあれこれで普通に精神崩壊する。……ここで終われば軽めのバッドエンドですね、で済むのだけれど、そうは問屋が卸さない。
件のキャラはここで特殊能力を使うのだ。つまり主人公の時間を戻して、正気の状態に戻す。一応どうして主人公が精神崩壊したか理解はしているので、今度は現実の惨状を主人公に知られないようにして。
それからしばらくは何も知らなければちょっと不自然に室内だけで完結しているけれども、穏やか且つ彼らが恋人同士になるまでを描く甘い日々だ。
しかし主人公は何も知らない状態になっているが故に、そこに疑問を抱いて外に出ようとしてしまう。外に出て現実を知ってしまうとまた精神崩壊するかもしれないと思った件のキャラは、今度は監禁という手段に出る。
監禁されている以外はとてもとても優しい恋人のまま、けれども明らかに異常な事態に、惑い、怯え、混乱する主人公は、徐々に現実を認められなくなって、夢の世界に逃避する――まぁ、端的に言うと狂う。
それはそれで主人公が環境に適応しようとした結果なのだから、それでもいい、それでも主人公を愛する、とか思ってくれればいいものを、件のキャラは、神聖視する主人公がそんなふうに心を折ってしまうのを許せずに、また時間を戻す。
……ここまで言えばわかるだろう。このキャラのエンディングは、こういった流れが延々と続くのだ。
とにかく主人公が狂う。精神崩壊する。そこに至るまでの道筋と理由は多少差異があるが、エンドレスだ。エンディングなのに。
それでも件のキャラは主人公を害する人はいないし、二人だけで過ごせるし、主人公が見るのは自分だけだしでしあわせ、らしい。延々と主人公に責め苦を味わわせている自覚はないらしい。だって自分がしあわせだから。
トラウマとその解消イベントで主人公が「自分が幸せになることを考えてもいいんだよ」とか「あなたが幸せなら、私も嬉しいな」とか言ったからって極端すぎやしないだろうか。
『攻略対象だけが』ハッピーな様を延々見せられる中、「ハッピーエンドって……なんだっけ……?」と哲学的な思考に耽ったプレイヤーは私だけじゃないと信じている。まぁ大体このゲームそんなのばっかりだけれど。
ともかく、このままいくと私は、『主人公』としてそのエンドレス発狂エンディングを体験しなければならないのだ。どう考えても殺された方がマシである。
しかしエンディング優先順位は普通にしていると覆らない。
――だから私は、それこそ死に物狂いで行動した。それが結実したかどうかがわかるのが、今夜だった。
どんな小さな音も聞き逃さないようにじっと耳を澄ませる。うまくいっていればそろそろのはずだ。
……コツ、と窓から音がした。
即座に駆け寄りたいのを堪えて、視線だけを向ける。
果たしてそこには、闇夜に白く浮かぶ腕があった。
何も知らなければホラーもかくやだけれど、私はその腕が何を意味するのか知っていた。
腕は、私がその存在に気付いた上で騒がないことを確認して、するりと窓を通り抜けてくる。
先ほどまでの前腕だけの状態ではなく、続く上腕、胴体――つまり人間の体を伴って。
――音もなく部屋の中に降り立ったのは、漆黒の髪に漆黒の瞳、纏う衣服も黒で顔も下半分は黒い布で覆われているという、徹底した黒ずくめの人物だった。
不審人物極まりない見た目だけれど、私にとってそんなことは何の問題もなかった。
なぜなら彼がここにいるということこそが、私の死に物狂いの足掻きが結実した証左だったから。
「――驚かず、叫ばず。ただただ『望み』を瞳に映す。……お前の『望み』を、叶えよう」