第三話 陣地にて
砲弾の雨の中、『陣地』まで走り抜けてきた二人は、息を切らして陣地の壕の床に座っていた。
「だぁっ…はぁ…はぁ…体力ないのって辛いな…」
貞雄は自分の体力の無さを酷く恨みながら、息を整えて男性に尋ねた。
「…それで、貴方は?」
「ん?おお、自己紹介忘れとったわ。よく覚えとったな」
と、その男性は笑顔で言った。
貞雄もそれにつられて「この人本当に忘れていたな…」と思いつつ苦笑いした。
そして一息ついて、
「…さて、俺はアスター・サヴァテリ。よろしくな。」
と言い終わると手を差し伸べてきた。最初、貞雄は戸惑ったが、渋々と彼も手を伸ばし、
「…僕は、千田貞雄です。…よろしく」
と握手する。するとサヴァテリは、
「サダオ?…変な名前だし、変な格好だな。どこ部隊から来た?」
と言った直後に後ろから、
「お話中失礼致します。大尉、中佐から連絡があります」
と落ち着いているがハッキリとした口調でサヴァテリに向けて誰かが言った。貞雄はその声の主を見た。その男性はサヴァテリ同様、服は汚れているものの、全体的にピシッとしている。そして歳は20代前後だろうか、顔はまだ若さがあったが、キリッとした顔である。
そんな彼が言うとサヴァテリは、
「ん?おお、わかった。今から行くわ。…そうだ、曹長!こいつに色々話してやれ。丁度いい機会だ。」
とサヴァテリはそんなことを言い出した。するとその男性は、
「御言葉ですが大尉、彼は民間人でしょう?一体何を話せば良いのです?」
「なぁに、世間話でも話してやれよ」
「しかし…」
と、その男性は貞雄を嫌っているのだろうか、サヴァテリの意見を否定する。するとサヴァテリは、
「んじゃ、中佐とチョット話してくるわ。サダオ、後でまた来るからそこで曹長と話しときな」
と、さっさと何処かに行ってしまった。
「…」
「…」
謎の沈黙。貞雄は何を話せば良いのか迷っていると、
「…はぁ。まったく、大尉は疲れるなぁ」
とその『曹長』はため息をはいた。そして貞雄の方を向いて、
「…サダオ君、でしたかな?僕は曹長のセネシオ・ネモレシスです。よろしくお願いします」
と簡単な自己紹介を言った。貞雄は渋々と、
「敬語は使わなくて大丈夫ですよ…僕の方が多分歳下なのでよろしくお願いします。」
と言って、手を差し伸べた。するとネモレシスも手を出して、握手した。
「…ところで、サヴァテリさんって、大尉なんですね」
と、さっきネモレシスがサヴァテリに対しての発言を思い出しながら言うとネモレシスは、
「そうだな。確かにあんな人だけど、戦闘になると大尉は物凄く変わる。本当にあの人が指揮官で僕は本当に光栄だと思う」
と、先ほどのため息の時とは違って心から誇っているように話していた。そして、
「そういえば、どこからきたんだい?あ、もしかしてテリユキから来たのかい?」
と言った。
貞雄は「テリユキってどこ、人の名前?」と思いつつ口を開いた。
「…このことは初めて人に言いますが…というよりも大尉とあなたにしか人には会っていないのですが…。実を言いますと、信じられないでしょうが、僕はここの人ではありません。それに今僕が置かれている状況を全く理解していないんです。今はいつなのか、ここはどこで、何がどうなっているのか…。またどうしてこうなったのかもさっぱりわかりません。なんせここは、自分がもともといた所とは全くと言っていいほど違うところですから…」
するとネモレシスは最初は不思議そうに貞雄を見なが
ら、
「確かに、僕が見たこともない服を着ているな…。まるで怪しいヤツに聞こえるが、そうじゃなさそうだ。…わかった。君を信じよう」
「あの、質問があるのですが、いいですか?」
「あぁ、構わないよ。僕がわかることであれば話そう」
ネモレシスは胸を拳で軽くトントンと叩きながら自信有り気にそう言ったので、貞雄は少し考えてから口を開いた。
「…今は何年何月何日ですか?」
「1939年12月6日だよ」
「ここはなんていうところですか?」
「ここは
と、貞雄は最初に見た光景を思い出しながら聞いたーー砲弾の雨、壊滅した町、人の指の一部…人生で二度と見ない光景ばかりが思い浮かぶ。
ネモレシスは貞雄の質問を聞きつつ奥で何かも出してきて、
「…まぁ、あの砲撃の中を走ってきたからだろうね。…普段は一般の人に話すことではないのだけれども、特別に君には話そう。…話は長くなるが、いいかい?」
「えぇ、大丈夫ですよ」
ネモレシスはコーヒーを貞雄の前に置いた。それに対して貞雄は黙って一口飲む。それを見たネモレシスは物語のように語り始めた。
「じゃあ話そうか。…そもそも、この戦争は何年もやっているわけじゃあない。つい二週間くらい前に始まったばかりなんだ」
「でも今僕らは非常に危うい状況にある。…おそらく戦争、と聞くと人同士の戦いを連想するだろうが、残念ながらそれよりももっと酷いんだ。でも確かに最近までは文字通り国と国の争いだった」
「ところが、今から二ヶ月前、ある変わった連中が、僕らが今いるここーーサルミア共和国の南にある、ポラドン共和国その国のシンボルともいえる、ショトル城に突然やってきた。その姿は、詳しくは知らないが人間じゃなく、まるで『獣』のようだったらしい…今は、我々は連中を『ウォッカ』と呼んでいるけどね。とにかくその『ウォッカ』が数人が入城して、大統領室に勝手に入り、大統領に直接言った。ポラドン共和国に対して突然条約を結ぼうと提案したんだ。大統領は当然断った。…当然だろうな、普通は知らない国と条約結ぼうとはしないし、まず姿が獣だったから不気味に思うのも無理は無いと思う。そしてその条約内容は信じられない事項が書いてあった。…何かわかるか?」
貞雄は全くわからないので首を横に振った。
ネモレシスはゆっくりと言った。
「一つ目は、ポラドン全土の三分の一の領土を割譲すること。二つ目はポラドンの首都であるワシャヴァ付近に3つ基地を設置出来るように土地を30年間租借すること。三つ目は、ポラドンの東側にあるソラケト要塞という巨大要塞とヨークリアラインいう防衛線の撤去。…主にこの三つだった」
貞雄は聞いて唖然とした。内容が信じられなかったのだ。
「大統領は拒否した。そりゃそうさ、その三つは遠回しで占領すると言ったようなものだからね。…で、だ。その『ウォッカ』共が帰るときにハッキリと言ったそうだ。『我が国はは貴国に対して容赦しない』とね。そしてその出来事のあと、大統領は危機を感じて、大至急『緊急国防令』という命令を各地域に存在する地方共和国陸軍と近衛兵団に下した。武器や弾薬、兵器は可能な限りかき集めてようとしたが、新兵の入隊を志願制にとどめたーー大統領は、国民を無理やり軍に入れたくなかったのだろうねーーそれでも、共和国陸軍は約85万人が入隊、配備され、装甲車50両、戦車も80両が配備、また新規で15両ずつ製造され次第即配備が決定され、また空軍も航空機350機、そのうち戦闘機170機を配備した。陸軍の約85万人のうち約30万人は、ポラドンでは名誉あり、また最強を誇った騎兵隊に配備されたし、女性や子供、老人とかの非戦闘員も、塹壕掘りやソラケト要塞の補強工事に多く参加した、自主的にね。…それだけみんな国を愛してたのだろう。そして大統領は、ここサルミア共和国をふくむ西側や北側に救援要請をしてきた。各国が驚いたのは、大統領が援軍要請をしてこなかったことだ。大統領は万が一の時、つまり国が侵略された時に国民を脱出させてくれないかと要請してきたんだよ。しかも前払いで救援金まで渡してきた。もちろんポラドン共和国は戦闘体制に入ってるから財政難なのに、だ。各国は、まさかの出来事を考えたくなかったのかもしれない。だけど各国は可能な限りポラドンを物資支援をしていた。
それから一年後、つまり今から一年前、ついに戦争が勃発した。だが、各国が考えたくなかった出来事が起きてしまったんだ。…わかるな?」
貞雄は黙って頷いた。戦争が始まったのだろう。ネモレシスは静かに話を続ける。
「宣戦布告をしたのはこちらだが、撃ってきたのは奴らからだった…誰もがその光景を見たら全員奴らが撃ってきたと言うよ。とにかく、それに対して国が奴らに宣戦布告したんだ。でも当初は本当に静かだった。砲撃だけがたまにあるだけで、本当に戦争が起きてるのかと疑ってしまうくらいにね。だから司令部は思い切って攻勢に出ようか議論したくらいだ…結局は補給線もしっかりしていないし、兵力が少なすぎると言うことで計画はすぐに廃案になったがね…。ところが開戦から一週間後…君もついさっき経験しただろう、あの恐ろしい砲撃を。でも君が体験したアレはずっとマトモだったくらいだ。それだけ猛烈な砲撃が始まった。砲撃目標は補強したソラケト要塞とヨークリア戦線だったらしく、集中砲火を浴びてわずか三日間で壊滅状態になった。そしてその戦線と要塞に待機していた兵士が砲撃を受けて数千人もの死傷者を出したよ。…その結果、要塞と戦線は崩壊、その崩壊した所から敵が大攻勢に出てきた。軍は急いで防衛戦を行なったが、奴らの戦力とスピードには敵わなくて、退避したよ…。とにかく突然の要塞と戦線崩壊を聞いた大統領は驚いて、すぐに各国に国民避難要請を出して、全国民や国内の将兵に対して退避命令が出た。当然各国は避難民を受け入れた。その要請を出した日、ワシャヴァへの砲撃が始まった。
…そして、大統領が避難要請を出した二日後、首都トプランはあっという間に占領され、それと同時に大統領は自殺したらしい。…開戦から一ヶ月しか経ってなかったのに、だ。
だが生き残って退却していた兵士達はゲリラ戦をしかけて長期戦に持ち込もうとしたが、『各国に避難し、避難した国のため、またいつかの祖国復興のために一層奮励努力せよ』との大統領からの最後の命令が出されたから、将兵達は一部は海軍の助けで各国へ逃げているはず…逃げた政治家達もどこかは忘れたけど亡命政府を樹立したはずだと思う…」
ネモレシスは暗い口調で長々と話していた。貞雄はもはや何も言えなかった。信じられ無さすぎて、何も言葉が出てこないのだ。
「…」
「…」
また沈黙が続いた。その沈黙を破ったのは、また砲撃が始まったのだろう、遠くでポンポンと、小さな音がした。そして貞雄は恐る恐る口を開いた。
「…あの、また質問が、あるんですけど」
「…何だい?」
「…どうして、そこまで詳しいんですか?」
「…それは新聞とか見たからさ」
「最初はそうかなとは思ったんですが、だんだんまるで体験したかのように話されたので…」
「それは…ね
その言葉にネモレシスは驚きを隠せていなかった。そして、ネモレシスが何かを言おうとした時に彼の後ろから声がした。
「…それは、そいつがまさにその元ポラドン軍の生き残りだからだ」
後ろにいたのはサヴァテリだった。サヴァテリの発言の直後に遠くはない所で炸裂音がして、地面が揺れた。
「その話はまた後にしようや。砲撃が止んだ。いつ敵がやってくるかわからん。取り敢えずサダオ、お前さんはすぐに…」
サヴァテリはサダオを避難させるために別のところに移動しようとした時、陣地の外が砲撃とは違う感じで騒がしかった。銃声がいくつも鳴り響いている。また、沢山の何かがこちらに向かってくるような音が聞こえる。
そのような音が聞こえた途端、サヴァテリは叫んだ。
「畜生、こんな時に!敵が来たぞ、全員応戦準備!急げ!!!」