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幽霊街

 月曜日の朝7時、物音で目が覚めた。同居人が出社準備をしているのだろう。私は起き上がり伸びをして部屋を出る。寝室にはすでに彼女の姿はなかった。

「おはよう」

 リビングに出て挨拶をすると彼女はちら、とこちらを見ただけで食べ終えた後の食器を片付けにテーブルから離れた。顔は可愛いが態度はいつも通り冷たい。まあ付き合ってるわけでもないのでしょうがない。

 私は出て行く彼女を見送ってからとりあえず部屋の掃除から始めた。テーブルの上、キッチンの上、シンク、窓。雑巾で床を拭き、乾いた布で湿った床を乾かす。一通り作業が終わり時計を見てみると12時前だった。

「もうこんな時間か・・・散歩してこようか」

 私の日課はごく簡単なものだ。昼までは家の掃除、夕方までは近所を散策したり、書きかけの小説を喫茶店などで書いたりしている。今日は書き終わった小説の原稿を昨日出版社に持って行ってしまったので散歩でもしてのんびりしながら次の小説の題材でも考えようかと思う。


 玄関に鍵をかけアパートを出る。廊下をみると同じ階に住む年金暮らしのおばあさんが箒で掃除をしていた。

「お疲れさん」

 後ろから声をかけるとおばあさんは返事もせずにこちらをあまり友好的とは言えない冷ややかな目でこちらを軽く睨んできた。毎日小説を書いて暮らしている俺に何か思うことがあるのかもしれない。とは言え睨まれたこちらとしてはあまりいい気がしないというのが本音ではあるが。

 感じの悪いおばあさんをスルーしてアパートの小さい敷地を出るとすぐにそれなりに大きい道に出る。平日の日中で車の往来もそれなりに激しい。私は右に曲がり道路沿いをしばらく歩いた。途中昼ごはんを済ますために適当な喫茶店でカルボナーラを頼み、用を済ませにコンビニに入ったりして、最終的にたどり着いたのは大きい公園だった。ただ時間のせいだろうか?公園には三人ほどの子供とその親とみられる二人の女性がいるのみだった。時刻をみると2時半ちょうど。

 これから帰ってもすることがないのでこの公園で休んで行くことにした。私は彼女たちとは離れた場所にあるブランコに座り、尻ポケットにしまってあった文庫本のページをめくり始めた。内容は推理小説もので舞台はヨーロッパ、時代は18世紀あたりのようだ。ある屋敷で大事業家が自身の引退パーティーとして自分の別荘で友達や親戚を呼ぶのだが何者かによって殺されてしまう。面白くなって読み進めていくと視線を感じた。周りを見渡すとさっきまで遊んでいた三人の子供のうちの一人がこちらをじっと見つめていた。

「君も読むかい?面白いよ」

 本を指差しながらこちらを見る少女にしゃべりかける。しかし帰ってきた反応は少女に大泣きされるというものだった。すぐさま母親らしき女性が少女に駆け寄り私に視線を合わせると睨みつけてきた。やっぱり女難の相でもあるのだろうか。今度占い師に見てもらわなければ、と思いながら私は公園を慌てて後にした。

 公園から出た後来た道をしばらく進み、古本屋に入ったり大きいお寺の庭を見ていったりして時間を潰したが最近短くなった日が夕方を告げようとしていたためアパートに戻ることにした。

 部屋に帰ると靴は赤いのサンダル一つしかなかった。同居人はまだ帰ってないようだ。私は部屋に戻ってパソコンを立ち上げ、文章作成ソフトを開いた。今日いちにち外をぶらついて思いついたネタを書き出してみる。題名は珍しくもう決まっている。早速一ページ目に打ち込んでみた。

『幽霊街』

と。


「木田さん、また来ましたよ」

 デスクで今日いちにち酷使した目を休めながらコーヒーを飲んでいると、編集者で俺の後輩の荒木がうんざりした表情で話しかけてきた。

「水井聴王って奴の作品か。今度はお前のところに来るようになったんだな」

 出版社である新海社裏野支部には一つの噂がある。死んだ小説家の原稿が一ヶ月おきに届くと言う話だ。それは実際に起こっているものだ。水井というやつは小説の原稿を売り込みにここに来て、見事出版するという話にまでこぎつけたのだが、最終決定を下す調整日の1日前に住んでいたアパートの火事で死亡した。かなり寒い秋の暮のことだった。結局彼の原稿は出版されないまま処分されたのだがそれから1年後、水井を名乗る男から封筒が届いたのだ。中身は小説の原稿だった。それ以来2年間毎月謎の男から小説の原稿が届いている。

「今回のタイトルは・・・『幽霊街』かな?早速読んでみます」

「仕事サボって読むんじゃないぞ!それとあとで俺にも見せてくれ」

 普通なら無視されるのだが、内容自体は暇をつぶしたり休憩の合間に読むにはちょうどいいものなのでちょっとしたファンまでいる。ちなみに一番目の原稿は地元の神社の神主さんに調べてもらったが、悪い霊がついていたりということはないらしいので安心して読んでいる。今では会社のほとんどの奴がその原稿のことを知っていて、ファンの中には自分が受け持っているやつよりよっぽどうまいと言う奴までいる。その話を思い出すたびに俺は思い出すのだ。彼が目の前に来て原稿を差し出して頭を下げている様子を。

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