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ある朝眼が覚めると溺愛されていました  作者: 朱居とんぼ
第一章 召喚、されてしまいました
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  人に嫌われるにはどうする? 大嫌いとか、変態とか、悪口を言う? 

 それとも……態度であなたが大っ嫌いって示す?


「……うーん、これはもうしてるよね。いっさい効果ないけど」


 私は悩んでいた。

 アドリアンに嫌われる。そう行動指針を定めたのはいいけれど、どこから手をつければいいのか。相手は一筋縄ではいかないシスコン男だ。


「やっぱり、相手にとって不愉快な存在になることよね」


うるさくつきまとったり、暑苦しい外観になって常に視界内でアピールしたりとか。


(つきまとったらかえって喜ばれそうだから。とりあえず太ってみるか)


 邸に戻った私はさっそくデザートタイムに突入する。


「ティルマン、太りそうなお菓子や脂肪分だらけの肉をじゃんじゃん持ってきて!」

「何をなさるおつもりですか、リル様!」


 ティルマンが私の手からクリームたっぷり、バターと炭水化物たっぷり、こんがりこってり卵色のカスタードパイを奪いとった。


「体型が変わられては用意してあるドレスが入らなくなるではありませんか! 執事として見過ごすわけにはまいりません!」

「止めないで、ティルマン。これは覚悟のうえの犠牲なのっ」

「一言申しあげますが、アドリアン様がリル様をそのお姿につくられたのは、ご自身やご両親の容姿から、血縁の娘ならこうなると予測されたからです。美しくつくろうとなさったからではありません!」

「そ、そうなの?」

「リル様は亡き奥様、ジョセフィーヌ様に生き写しでございます。アドリアン様ならばリル様が豚のように太ろうが、がりがりに痩せようが全力で愛されるでしょう。いえ、あの方のことです、ころころしている様が子豚のようで可愛らしいと、率先してもっとお食べと迫られるかもしれません!」


 それはさらに暑苦しくていやだ。

 私が抵抗の意志を失った隙に、ティルマンがつみあげたタルトや骨付き肉をそそくさと撤去していく。


 容姿をいじるのが無駄だとすると、では次は。


「ふふふ、男は暑苦しい手作り品をうっとおしがるもの!」


 嫌がらせの贈り物攻撃だ。


「まあ、リル様、編み物をなさりたいの? よろしいですわよ、お教えしても」


 翌日、学院に行くなりロザに頼んでみる。外見を裏切らず、ロザは女の子らしいこと全般をそつなくこなすらしい。すぐに引き受けてくれた。家でやるとアドリアンにばれてサプライズにならないので、学院の休み時間を利用してせっせと編み棒を動かす。


「そういう事情でしたらさりげなく自分の髪を編みこむのがポイントでしてよ」

「そ、そっか、ありがとう、ロザ! あなたが隣の席でよかった!」

「おい、相手と自分のイニシャルを編み込んでハートマークを入れるのも忘れるなよ。手作りといえばそこが王道だ。言っておくが、お前を兄上の邸から追い払うために教えてやるんだぞ、別にお前のためじゃないからな、いいな!」

「わかってるって、ジョルジュ、ありがとう」


 強力な助っ人二人に左右から支えられて、編み物初心者向け、マフラーを編みあげる。


「で、できたっ」

「さっそく兄上のところへいってこい、教員室におられるから」

「うん、ありがとう!」


 教員室にいるアドリアンのもとへ走っていく。扉を開け放つなり、私は満面の笑みで贈り物をさしだした。


「アドリアン、私がつくったマフラーなの、まだ秋だけど受けとって!」

「嬉しいよ、リル! ありがとう!」

「即受けとりですか!!」


 なんか予想と違う。

 アドリアンは眼を輝かせながら、包装の手間も惜しんで持ちこんだ、できたてほやほやマフラーに頬ずりしている。喜んでいるようにしか見えない。休憩時間と放課後をすべて返上して三日もかかった力作なのに、私は何をしているのかとむなしくなる。


「こんなすごいものもらって。ねえ、お返しに何が欲しい? おいで、抱っこしてあげよう!」

「……前から思ってたんだけど、あなたの愛情表現、どう考えても幼児に対するものでしょ」


 駄目だ。逆効果にしかならない。


(っていうか、喜ぶ顔にほっこりしてしまうんですけど。こう、贈りがいがあるというか)


 だってすごく嬉しそうな顔をするから。

 これは彼のお芝居だってわかっているのに、なんだか本気で喜んでいるように見えてしまって。


 お返しに抱っこされて、頭をいい子いい子となでられて、陽だまりの猫みたいにほんにゃりなってしまって、私ははっとする。

 いかん、いかん、暑苦しい愛情表現にどんどん慣れてしまっている自分がいる。これが空々しい真似っこだとわかっているのに、なんかもう、それでもいいや……と流されてしまっているというか。やばい。嫌われにきたのに、私のほうが懐柔されてどうする。


 このままではアイデンティティの危機。はやく敵を倒さねば。


(作戦の方向性は間違ってないはずよ、きっとインパクトが足りなかったの!)


 教室に戻ると、私はさっそく次の破壊兵器をつくるべく毛糸を取りだした。


「究極アイテムの手編みのセーターならっ」


 自分をふるいたたせて、私はすごい勢いで編み棒を動かす。


「アドリアン兄上は本当にお前のことを溺愛してるんだな。こんな不格好なごみのようなシロモノですら受けとるとは」


 隣の席のジョルジュが、ほうとせつないため息をついた。


「まったくこんな娘のどこがいいんだ。俺のほうがよっぽどうまく編めるのに……」

「……その言動、危ないからやめたほうがいいと思うよ」

「だってこんな出来損ないを笑顔で受けとるなんて、愛がないとできないだろ?! そもそも兄上は人からの贈り物など拒絶なさる方だ。親切めかした贈答品が政治的に息の根を止める賄賂の罠であったり、毒物、刺客のたぐいであったりと気が抜けないから」


 そういえばお家相続がなんとかと、ロザの兄も言っていた。邸も学院も平和だからぴんとこないけど。


「……もしかしてジョルジュって財産目当てでアドリアンを追っかけてるの?」

「ば、馬鹿にするなっ。俺の想いは真実だ。きっと兄上もわかっておられるはずで……」

「そんな泣きそうにならないでよ、ジョルジュの心はアドリアンに通じてるって」

「……でも贈り物は受けとってもらえない。俺が書いた兄上を称える詩は送り返されてきた」

「そ、それは……」


 なんだかこう、自分がすごく特別扱いされている気がしてきた。じわじわと頬が熱くなる。


 嫌だ、何これ。私はぺちぺち頬をたたいた。気合を入れる。


(目的を忘れちゃ駄目、あの変態は〈妹〉だからかまってくるだけで)


 しかもそれって理由はわからないけどお芝居で。

 あ、駄目だ。自分で考えて寂しくなった。さっきまで怒っていたはずなのに、頭の中がぐるぐるして息苦しくなってくる。


私は頭の中を切り替えようと、ジョルジュに話題をふった。


「あ、あのね、ジョルジュはどうしてアドリアンが好きなの?」

「俺が可愛いからにきまってるだろ」

「は? ……ごめん、意味がよくわからない」

「だ・か・ら、俺は子どもの頃から可愛かったんだ。大人たちもちやほやして。なのに大きくなったら女みたいで頼りないって。おかしくないか? 中身の俺は同じだ、それなのに」

「……確かに理不尽ね」


少女と見まごう美少年には賞味期限もあると思うけど、ジョルジュはジョルジュだ。


「だけど兄上だけは態度を変えなかった。そもそも兄上もあの美しい容姿をお持ちで、舐められたりと苦労なさったはずなんだ。なのに毅然となさっていて」


 だからジョルジュはあこがれたのか。自分がなりたい理想として。


「でもいくら努力してもふり向いてもらえない。なのにお前は嫌われようとする。贅沢だ」

「だ、だって、あの人は私を見ているわけじゃないもの……」


 自分で言って、また、すっと胸の奥が冷えた。


(……え? 何、この感覚?)


 自分に問い直した瞬間、セーターの網目を間違えた。修正不可能なほどに。

 私はくしゃくしゃになったセーターを放りだした。


「駄目、余計なこと考えちゃう。今日はここまでにする」

「お前でも考えることがあるのか」

「失礼ね、あなた一言多いよ、ジョルジュ!」

「だってお前、意外とするっと順応してるっていうか、平気な顔してるから」


 言われてみれば、帰りたい、とアドリアンにせっついているけど、寂しくて泣いたのは初日だけだ。アドリアンがしょっちゅうちょっかいをかけてくるから、泣く暇がなかった。


(まさかとは思うけど。あの人、私が寂しがらないようにかまってる、とか……?)


 脳裏に、ふわりと笑うアドリアンの顔が浮かんだ。

 私はあわてて顔を左右にふる。ありえない。だってこちらが本気で嫌がっている時でもにこにこお茶に誘ってくるのだから。


(でもアドリアンは私が帰ったらどうするんだろう)


 誰か新しい魂をこの体に呼びよせるのだろうか。理由はわからないけれど、彼が〈妹〉を欲しがっているのは事実で。

 

 ジョルジュがふんと鼻を鳴らした。


「そもそもお前、失礼だぞ。帰りたい帰りたいと。俺や兄上のいるこの国の居心地が悪いっていっているようなものなんだから」

「ご、ごめん、そんなつもりじゃ……」


 言われて、どうして私は帰らなくてはならないのだろうと考えた。

 記憶がないから会いたい人がいるわけではない。邸の皆やロザはよくしてくれる。


(って、違うでしょ、私!)


 私は帰らなくてはいけない。きっと待ってくれている人がいるはずなのだ。


 ぶんぶん顔をふりまくる私を見て、ジョルジュがどう解釈したのか心配そうに聞いてきた。


「す、すまん、お前本気で帰りたがっているのに変なこと言って。だが心配ない、アドリアン兄上は天才だ。いざとなれば〈還核魔術〉もあるし……」

「〈還核魔術〉?」

「あ、いや、なんでもない。禁断の術だ、忘れろ。お前が一刻も早く元の体に戻るのには俺も賛成だ。……今のままではお前は兄上の弱みになりかねないからな」


 弱み? 妹を溺愛する変人って皆にばれて、社会的にまずい立場になるとか?

 もう遅い気もする。アドリアンが妹を追って教師になった時点で真実はばれている。

 クラスメイトがもらす噂話を聞いた。コスタス家親族一同にはかなりの衝撃が走っているらしい。邸にも諫めに押しかけているとか。


(アドリアンはまったく気にしていないけど……)


 そんな人がちゃんと自分を嫌ってくれるのだろうか。

 あの優しい瞳をこちらに向けてくれなくなるまで。

 

 そこでどきんと心臓が脈打った。

 駄目だ、また後ろ向きになってる。私は勢いよく立ちあがった。こういう時は体を動かすのが一番。


「そうだ、手作りのまずい食べ物を贈るというのも嫌がらせの定番じゃない?」

「ああ、いいかもな。授業が終わったら、邸に戻って何かつくればどうだ」

「うん。ありがとう、ジョルジュ。パンとかいいかも。がしがし粉をこねる豪快作業だし」


 学院から帰ると、私はその足で厨房に飛びこんだ。


「ごめんなさい、パンを焼かせてほしいんだけどっ」


 厨房にはここのところ、食事をつくりすぎるアドリアンを止めるためによく出入りしているから、快く片隅を貸してもらえた。材料も全部そろえてもらえる。


「粉などをおはかりいたしましょうか」

「ううん、自分でつくったものをアドリアンにあげたいの。簡単なレシピだけもらえるかな」


 さすがにまずいパンをつくりたいとは言えない。

 アドリアンは貴族のくせに厨房にも出入りするし、我儘も言わない主だから厨房でも人気は高い。ほほえましそうに見守る厨房一同の目線にちくちく良心を刺激されながら粉をこねる。が、小さい手は力がなさすぎてうまくこねられない。


「スペック低すぎるでしょこの体! 造形に力入れすぎて他はおざなりになってんじゃない?!」


 とはいえストレス発散パワーは偉大だ。

 ふんふんと粉の塊にもやもやをぶつけていると、いつの間にか材料の配合も寝かし時間も終わって、後は整形だけになっていた。


 しまった、オーソドックスに配合の段階で砂糖と塩の量を逆にするつもりでいたのに。

 まずいパンにするには焼き上げ時間で調整して焦がすしかない? 考えて、ためらう。食べ物を粗末にするなんて、やっぱり人としていけないことだ。

 小麦粉には農家の人たちの汗と涙がつまっているわけだし、卵だって鶏の命を与えてもらっている。万が一、アドリアンが食べてお腹を壊してもいけない。


(形が変なだけにとどめておこう)


 それなら後で自分で食べられるし、もったいなくない。

 一人うなずくと、私はせっせと究極のまずそうな形にパン種をこねはじめた。



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