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ある朝眼が覚めると溺愛されていました  作者: 朱居とんぼ
第一章 召喚、されてしまいました
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(改稿部分はタイトル位置で、内容はそのままです)

 思わず涙目になって。それでも生殺与奪権を見ず知らずの男ににぎられているのが悔しくてにらみつけたら、アドリアンがあわてて謝ってきた。


「ああ、僕が悪かった、そうだね、君には記憶がなかったんだった。きつい言い方をして、ごめん……」


 でも私は彼に囚われたままで。

 今は優しくなぐさめてくれているけど、彼が「やっぱり腕ずくで」とでも言いだしたら逃れられない状態だ。どうすればこの場を切り抜けられる?


 ぴりぴりした空気を折ったのは、鏡を持ったまま寝台脇に控えていた眼鏡の執事だった。


「そのくらいになさってくださいませ。お茶が冷めてしまいます」


 はい? 


 あっけにとられて顔を向けると、艶やかな黒髪をオールバックにした執事が懐中時計をとりだした。


「上の部屋では、リル様のお目ざめ予定時刻に合わせてお茶の準備を申しつけてあります。そろそろ移動しませんとせっかくの紅茶がさめてしまいます」


 職務熱心がすぎて偉そうに見える執事が、私をまるっと無視してアドリアンに同意を求める。


「リル様がこういうご気性であられるとご承知のうえで召還なさったのでしょう? ならばいろいろと話されるにしても時間をおかれるべきかと思いますが。元の体がどうなっているのかはお茶の後でもお知らせできるでしょう」


「え? ち、ちょっと、頭ごしな会話しないで、元の体がどうなっているかって、どうなってるの?!」


 ついでにまたしょうこりもなく抱きしめてくるアドリアンの腕がきつすぎて苦しい。

 袖を引っ張って自己主張すると、アドリアンが少し力をゆるめて困ったように笑いかけてきた。


「ごめんね。元の君のこと教えるの、無理だから。興味なかったから魂の主がどこの誰なんて確認しなかった。だから知らない。ついでに言うと、戻し方も知らないんだ。呼び寄せる方法ばかり考えてたから」


 なんだそりゃ。


 さすがの私もはらがたって、傍にある顔に頭突きを喰らわせてやろうとした時。

 私の動きを牽制するかのように、執事が動いた。


「リル様、考えておられることはうすうす察しがつきますが、どうかそのへんで」


 優雅な手つきで私の頭を鏡でおさえ、動きを封じる。

 

「とにかくリル様、あなた様を戻す方法を見つけられるのは召還主たるアドリアン様だけです。魔術とはデリケートな代物、準備が整わないうちに強行して失敗したらどうなると思います? ここより妙な世界へ飛ばされたり、次元の狭間に呑み込まれて四肢粉砕なんて嫌でしょう?」


 すごくリアルに体が破裂する自分が想像できて、私はごくりと息をのんだ。


「今すぐ逆召還は無理とご納得ください。時間を置けばお優しいアドリアン様のこと、きっとあなた様を安全に還す方法を調べてくださいますから」


 そうきっぱり言われると、う、うん……とうなずくしかない。

 不承不承、承知した私を満足げに見て、執事は今度はアドリアンに向き直る。


「アドリアン様もそれでよろしいですね。このままではあなた様は近寄るたびにリル様に頭突きをかまされますよ。悲願の妹様との生活なんて夢のまた夢になりますから」


「それは困る。ちっ、しかたがない、その方向で妥協するか」


 しかたがない、はこっちのセリフだ。


「じゃ、一緒に暮らしてくれるね、僕の妹として!」


 嬉々として問いかけてくるアドリアンにむかつく。が、他に選択肢がない。


 それに不幸中のさいわいというか、この男が求めるのは家族としての妹だ。いきなり魔王の生贄になれとか押し倒されるとかはなさそうだ。なら、ここらで妥協すべきだろう。


 自分の中で折り合いをつける。


 私は思いっきり顔をしかめると、元の体に戻る方法が見つかるまで、ここで生活することに同意した。



******



 私の露骨なまでの怒り顔におそれをなしたのか、意外と素直に「元に戻す方法をこのまま調べる」と言ったアドリアンをその場において、私は執事に部屋へと案内されることになった。


 今の私の体は成人と比べると少し小さい。

 寝台から床に足が届かない。

 勢いをつけてよいしょと飛び降りると、執事の後に続いて歩きだす。

 ところが困った。歩きにくい。何が困るって手足の長さに感覚がなれてないのもあるが、かさばるドレスが邪魔だ。


 今着ているドレスはオフホワイト一色で、ドレープや細かく襞をとった切り返しのラインが何重もはいっている。同じ色布の薔薇や幅広のリボンは要所を飾るだけの全体的に上品な可愛らしい。裾がずるずる長い夜会服というわけではなく、裾は足首のちょっと上あたり。お子様っぽい長さで、可愛いボタンがずらっと並んだ短いブーツが見えている。


 だけど伏せた鐘みたいに膨らんだスカートの中に何枚も薄い花びらみたいなレースがつまっていて、それがわしゃわしゃかさばって歩きにくいのだ。これではいざという時走って逃げられない。というよりこける。


 手で押さえても無理とあきらめた私は、先を歩く執事にきいてみた。


「ねえ、これ、脱いじゃ駄目? スカートなんか一枚はけば十分だと思うの」

「何をおっしゃいます!  というよりリル様、はしたなくも人前でそんな漢前に裾をめくったりなさらないでくださいませっ。せっかくこの私が吟味に吟味をかさねたドレスがだいなしでございますっっ」


 眼鏡執事に泣きつかれた。びっくりした。冷酷執事かと思っていたがこだわり部分には熱くなるらしい。


「よろしいですか、それはペチコート、スカートのふんわり美しいラインをだすためには必要不可欠な品です! 絶対に脱いではなりません。いえ、そんなふうに手で押さえて形を崩すのもなしです! いいですね、リル様?!」

「……私って一応、あなたの主人の妹って役割なのよね?」


 命令してくる執事。何かが違う。


 それに召還という言葉は知っているけど、そんな補正下着の知識はない。どうやら私はこんなドレスとは縁がない庶民階級か、服装事情が違う異国の出らしい。どうしてそんな娘が〈妹にふさわしい魂〉だったりするのだろう。


(というか、こういうどうでもいいことは覚えてるのに、肝心の自分のことを覚えてないってどういうこと?)


 まあ、そういうどうでもいい知識があるおかげで、そこらにある物体の名前はわかるし、侯爵や執事と肩書きを紹介されても理解できる。なんとか暮らしていけそうなのだけど。


 薄暗い螺旋階段をのぼりきると、ぽっかり視界が開けた。


 緋色の絨毯をしきつめた長い廊下に、太陽の光がさんさんとさしこんでいる。

ずらっと等間隔に並んだ高いガラス窓の壮観なこと、置かれた猫脚の花台や彫刻の見事なこと。白亜のお城、いや、お邸だ。さっきまでいた地下室とのギャップがすごい。アドリアンが侯爵様というのは本当らしい。かなりの財力がないとこんな邸には住めない。


「さあ、リル様、こちらです」


 執事が先頭に立つ。足が一足ごとに沈むふかふかの絨毯を歩いて、薔薇の浮彫りをされた両開きの扉にいきつく。

 開いてみると、そこにはまばゆいばかりの少女趣味の部屋が広がっていた。


「リル様のためにご用意した部屋でございます。たりないものがありましたらおっしゃってください」


 たりないものがあるどころか、贅沢品がありあまっている。


 いたるところに花瓶が置かれ、色とりどりの芳しい花がいけられている。白地に金縁のドールハウスにあるような家具はもちろん、暖炉の上では金色の時計が時を刻んでいる。


 しかも扉から次々入ってくるのは黒いワンピースにひらひらの白いエプロンとヘッドドレスをつけたメイドたち。彼女たちが優雅な手つきで供するのは薫り高き紅茶。この豪華さいたれりつくせりさはどうだろう。


「朝のお茶でございます、リルお嬢様」

「朝?」

「はい、今は朝の九時。お嬢様は夜明けの光が地平線から現れた瞬間にあの場所でお目ざめになりました。お腹がお好きではありませんか、お食事もご用意しております。今日はお疲れでしょうから階下の朝食の間ではなく、こちらの私室に席を用意させていただきました」


 言われてみればお腹がすいている。


 ふかふかの椅子に座って紅茶をすする間にも、少し離れたテーブルの上にワゴンで運ばれた朝食が並べられていく。


 香ばしい焼き色をみせるパン、みずみずしいサラダに美しく切られた果物、カリカリのベーコンにやわらかそうな鶏肉のクリームソースかけ。すべて少量づつだけど種類が多い。何皿あるのだろう。食べきれない量だ。


「お好みがわかりませんでしたので、思いつくかぎりをご用意いたしました。ご要望があれば遠慮なくおっしゃってください」


 このうえ要求すればまだ運んでくるの?


 椅子に座ると、執事がナプキンをつけてくれる。テーブルには輝く銀のカトラリー。側に控えたメイドが温かなスープが入った上品なカップを受け皿におく。

 澄んだ金色のスープに手をつけずにぼんやり眺めていたら、気に入らないと思ったのか、メイドが別の料理と取り換えていく。


 次から次へと。そのすべてができたてで温かな湯気があがっている。


(お嬢様の世界だ……)


 元の記憶はないけれど、自分はこんな贅沢な暮らしはしていなかったと断言できる。一人でもそもそと味気ない冷めた食事をかっ込んでいたような……。

 もじもじと体を動かす。どうもおちつかない。いたれりつくせりの食事もだけど、衆人注視のもと、一人だけ椅子に座って食事するというのも。


 食欲がでなくて料理に手をつけずにいたら、控えたメイドたちが哀しそうな顔をする。


(こ、心が咎める……)


 喰えといわれたら反発もできるが、こんな捨てられた子犬みたいな顔をされると弱い。


 しかたがないので形だけ、薄く焼かれたクレープをつっついて、添えられたサクランボを口にする。でももうそれ以上喉を通らない。


「ごめん、もうさげてもらってもいいかな。それと一人になりたいの。すまないけど皆出ていってくれる?」


 執事やメイドを追いだして、やっと一人になれた空間で長椅子に倒れこむ。クッションに顔を埋めていると、お腹がぐうーと鳴った。だけど食欲はわいてこない。さっきの料理も残してもったいないことをしたなと思うけど、食べたいという気もおこらない。


(うー、私、意外と繊細だったんだ……)


 前の性格はわからないけど、なんとなくそう思う。

 どんなはめにおちいってもたくましく、泥水をすすってでも生き残る。そんな啖呵をきるような性格だった気がするのに。


 異国に召還されたのに言葉が通じるのはさいわいだったし、いきなり魔王を倒せとか言われなくてよかった。体は入れ替わったけど健康で完璧。家は執事やメイドがいる大邸宅、できすぎの状況だ。


 でも違う。なんというか、よそいきの服を着たままではくつろげないというか、たまのお出かけでおしゃれするのはいいけど、ずっとそれではつかれるというか。


(あー、しわになっていい部屋着に着替えて、散らかった部屋をごろごろ転げまわりたいっ)


 長椅子の上にあぐらをかくと、わしゃわしゃと髪をかきまわした。

 なんとも心地の良い絹糸のような髪の手触りがして、あわてて乱した髪をととのえる。こんな芸術品みたいな少女の髪を痛めたりしたら大変だ。


「いや、違うでしょ、自分! これは私の体だってば!」


 自分で自分に突っこみをいれる。


 駄目だ、ストレスだ。お洒落着なら脱げばすむが、この超豪華ボディは脱ぐわけにはいかない。

 ごろごろを満喫するには豪華かつ乙女趣味すぎる部屋を見回す。結局、ここは自分の家ではない。そういうことだ。


 ひしひしと自分が異邦人だと感じる。

 誰か心を温めてくれそうな人を……と思い浮かべようとして、記憶がないことを思いだして、また落ち込む。人とふれあった記憶がない。それがこんなに不安なものとは思わなかった。

 

 今頃、元の体はどうなっているのだろう。家族とかがいて大事に保管してくれているのだろうか。突然、動かなくなった私を心配してくれているのだろうか。

 そして……この世界で出会った人たちはどこまで信用していいのだろう。


 彼らが自分を殺す気ならとっくに息の根を止めている。だから自分は求められてここにいる。とりあえずの命の心配はない。そう理性はいうけれど、これからどうなるのだろう。


 なんだか泣けてきた。

 

 朝の明るい日差しが白いレースのカーテンの間からさしてくる。

 まだまだ眠る時間じゃない。だけど召還の儀式は魂に負担をかけていたのか、私は誰にも気づかれないようにしくしく泣いているうちに静かな眠りに落ちていた。


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