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アドリアンの叔父クロード・ル・ラ・シャンティは、魔術に長けた家系であるシャンティ家の現当主で、政治的には代々コスタス一門に属している。
が、姉が嫁いだコスタス家を眼の仇にして、家督を狙っている油断のならない人らしい。そのため、政敵派閥であるバロワ家に取り入っているのだとか。
しかもクロードのもう一人の姉はこれまた政敵、バロワ一門のバロー家に嫁いでいるジョルジュの母親だとか。
「ややこしいけど、つまりクロードさんはジョルジュとアドリアンの叔父さん。だけどクロードさんはバロワ家が属するラ・サーファスの生徒の親と同じ陣営ってことね」
私はジョルジュが鋸で切っている板を足で押さえながら確認した。
今日は学院祭二日目の放課後。
明日で学院祭も終り。ラストスパートだ。
客も帰った夕暮れ時の学院に、私はジョルジュたちと一緒に残って、模擬店の改造をおこなっていた。
今日の午後、小さな元気坊主なお客様がきて、店内を走りまわったあげくに転んで、厨房と客室を隔てる衝立に穴をあけてくれた。その修理のついでに、厨房部分を少し狭くして、客室を広くすることにしたのだ。これでさらに収益があがるはずだ。
被害者は加害者のしたことを忘れない。
ずっとラ・サーファスの風上に立たされて虐げられてきたウィンダミア組の復讐の想いは熱い。皆居残って、せっせと明日の用意をしている。絶対に勝ってラ・サーファスをぎゃふんと言わせたいらしい。
そんな中、ジョルジュは無言で鋸を動かしている。彼はバロワ一門のバロー家の出だから、複雑なのだろう。
「……ジョルジュってよくこっちの組に入れたね。お父さんの派閥で組み分けされるなら、本当はラ・サーファスに属してるはずでしょ?」
「一期年目は問答無用でラ・サーファスに放り込まれたけどな。俺はアドリアン兄上の信奉者なんだ、いつまでもあちら側でおとなしくしているわけないだろ」
教員室で座りこみをやって、組替えをさせたそうだ。
「そんなことして、家の人、何も言わなかったの?」
「喧嘩したさ、盛大に。けど、もともと俺と母上はあの家で監視されながら暮らしているようなものだから、慣れてる。俺の自由になるのは、前にお前にやると言っていた別邸くらいだ」
そこまでして今の学院生活を守っているのか。
「……ジョルジュって本当にアドリアンが好きなんだね」
「悪いか」
「ううん、凄いなあって……」
家族の反対をおしきっても自分のあこがれをつらぬいているのだ。その姿は潔い。
そしてまぶしい。だってそこまで堂々と行動するには、強い決意がないとできないから。
(今の私にはないものよね……)
ちゅうぶらりんだ。元の体に戻りたい願いは変わらずある。でもアドリアンに嫌われたいと素直に思えなくなっているし、彼の傍にいるのが心地よくなっている。そのうえいつの間にか彼を引き止める勝負に挑んでいる。
私の目的はどこへいったのだろう。
走りだしたくてうずうずしているのに、どこへ向かえばいいのかわからない。迷ってる。
それにクロードの言葉も気になる。アドリアンの両親に何があったのだろう。それにあの言い方だと、アドリアンには本当に妹がいたみたいだ。
なら、その子はどうなったの? マリー・ブランシュとは、勝手に出生届を出しただけの、架空の存在ではなかったの?
心が晴れない。
「よし、あとはここを切るだけだ。おい、リル、そこ、押さえといてくれ」
「うん、わかった」
かけられた声に、私は力を込めて板を押える。ジョルジュはストーカー歴が長いだけあって、自分でいろいろ道具をつくったりと、工夫技術があるから助かる。
(ジョルジュってストーカーだし従弟だし、マリー・ブランシュのことも知ってる?)
聞いたら教えてくれるだろうか。それとも馬鹿にする? そんなことも知らずにアドリアンの妹を名乗っているのかと。
知ってどうするのかと思う。
私は帰らなくてはならないのに。
でももう一人の自分がささやく。
何故帰らなくてはならないの? 何も覚えていないのに。誰も待っている人なんていないかもしれないのに?
黙りこんだ私に、ジョルジュが鋸を動かしながらそっと言った。
「……お前、あの人に似てるな。あの人をもとにつくられたのだから当然だけど。でもその体にふさわしい魂が何故お前だったのは、なんだかわかる気がしてきた」
「ジョルジュ?」
「最初は無礼な娘と思ってたけど、しぶとくて何があってもあきらめないところや、まっすぐなところはあの人には救いだろう」
あの人はずっと寂しい歪んだ世界で生きていたから。独り言のようにジョルジュがつぶやく。
「おい、お前、ずっとここにいろ。元の体になんか帰るな」
「え……」
「ここの暮らしの何が不満だ。お前を悪くいう奴がいたら俺が守ってやる。だからここにいろ」
「……冗談、だよね」
「俺はそんな時間の無駄はしない」
ずっと恋敵だと明言して、アドリアンに嫌われる手伝いもしてくれていたジョルジュなのに。
私の心がまた動いた。
激しく揺れ動く。
自分はいったいどうしたいのだろう。
違う。私がどうしたいかを決められないのは、自分の心がわからないからじゃない。アドリアンの心がわからないからだ。
ここに残ると決めたとして、その後にアドリアンが心変わりしたら。我に返って妹ごっこなんて不毛なことと気づいたら、その時、彼はどういう目でこちらを見る? その眼がもし不要のものを見る冷たい眼だったら、自分はどうすればいい?
ふうとため息をつく。
それ以上考えるのは学院祭が終わってからにしようと自分に言い聞かせた私は知らなかった。
今のアドリアンが生きる貴族社会というものが、どれだけの謀略と裏切りに満ちているか。そしてその縮図ともいうべきこの学院が、どれだけ危険な場所かということを。




