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(どうしてあの時、アドリアンは視線を外したのかな……)
私は学院内の更衣室で執事服に着替えながら考えていた。
もやもやする。
視線を逸らされたって別にいいのだけど、釈然としない。だって暑苦しいほどこちらをかまいたおしてくるアドリアンが、あんなふうに眼を逸らしたのはあの時だけで。
(ううん、違う。アドリアンってばよく話をはぐらかすようなことする……)
真面目に聞いているのに、冗談でごまかしてしまったり。
そう、あの、噴水を見て気が遠くなった時のこととか。何度聞いても何故、私が水を苦手と知っていたのか教えてくれない。
顔をしかめていると、ロザに声をかけられた。
「リル様、そろそろですわよ」
「あ、ごめん、ロザ。今いく」
気合を入れて、私は更衣室をでた。
よけいな雑念に気を逸らしている場合ではない。賭けは賭け、負けるわけにはいかない。だってこの勝負にはアドリアンを賭けているのだから!
***
学院祭がはじまった。
ジョルジュ推薦の眺望の良い喫茶室はすぐに客で満席になる。
前もって噂を聞いた客たちが場所を尋ねてつめかけるうえに、中庭から見える窓下に有志でつくった可愛い看板がさがっているのだ。興味をひかれた客がぞくぞくとやってくる。
さらに。
「いらっしゃいませ!」
豊かな黒髪をゆったりと背に流したロザが黒の執事服に身を固めて客を呼ぶ。あまりに可愛らしい執事の登場に、男客だけでなく、年輩のご婦人方も称賛の声をあげる。
ジョルジュも負けていない。ふわふわ金髪のメイド姿は、勝手に性別を誤解した本気の男性客まで呼びこんでいる。
そのうえこちらには超弩級の宣伝塔が二人もいるのだ。
「ま、あ、あの美しい白鳥の騎士様はどなた?」
「あの物憂げな魔王様は……もしやオーギュスト様? なんてお素敵っ」
目立つ容姿の兄二人がさらに目立つ衣装を着て校内を練り歩く。ぞろぞろ後ろに女性客を引きつけて最終的に戻ってくるのは、私たちの模擬店、〈男女逆転、執事&メイド喫茶〉だ。
店前の廊下は、あっという間に席の事前購入予約券を握りしめたご婦人方でいっぱいになる。
「はい、こちらメニューです、お待ちの間にお選びください」
「どうぞ、こちらに順に並んでお座りください」
高貴な方々を立たせているわけにはいかない。空いている教室から椅子を引っ張りだしてきて廊下に並べる。
「長居する客がいては回転率が悪い、時間制にするぞ。席料二十ペスにつき、半刻だ。不公平感がでないように、続けての席予約は禁止と事前に通達しておいてくれ」
「了解。あ、わかりやすく、最初に席に案内した時にテーブルに砂時計をおくってのはどうだ。ロザ嬢をとおしてオーギュスト様に頼めば、半刻分のを貸してもらえると思う。魔術の塔じゃ必須の品だから予備があるはずだし」
実際にやってみて不都合なところを次々改善しながら、皆が忙しげに走りまわる。
裏方の生徒たちは配膳に不慣れな自分の腕を冷静に見て、凝った料理はださずに、皿の上に個包装された菓子をおくだけにしている。ケーキを切りわけられる上級者はサービスワゴン係として客席の間を優雅に行き来する。
私は厨房にこもって皿洗い指導をしながら、店全体を見回した。
(いけるっ)
勝利の手ごたえを感じる。このまま無事三日が過ぎれば。
その時、外部との連絡役とチラシ配りをしていた生徒が厨房をのぞきこんだ。
「おーい、さっそく魔術の塔から返答があったぞ、砂時計を十三個貸してくれるって。誰か手が空いてる奴、取りにいってくれよ」
「わかった、裏方組でいってくる。マリー・ブランシュ嬢、一緒にいってくれますか」
いきなり声をかけられた。私は皿洗いの手を止めて眼をまたたかせる。
魔術の塔は鬼門だ。正体がばれたら解剖させろと皆が迫ってくる。なるべく逝きたくない。
「え、えっと、私、こっちの仕事が……」
「皿洗いなら俺が変わるよ、やり方わかってきたし」
「魔術の塔の学者たちは気難しいから。いくらオーギュスト様が手をまわしてくださってても、一目置いているアドリアン様の妹でもつれていかないと門前払いを喰らってしまう」
さ、いこう、と男子生徒たちがエプロンを外して上着を着る。
(ど、どうしよう……)
断るだけのもっともらしいいい訳がとっさにでてこない。
助けを呼ぼうにも、事情を知っているロザとジョルジュは看板娘として客に囲まれている。仕方がない。征くしかない。
(ええい、なるようになれっ)
私は腹をくくった。




