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(改稿部分はタイトル位置で、内容はそのままです)
私はどうやら〈召喚〉されてきたらしい。
しかも体ごとではなく、魂だけを。
さっきから違和感があるのは、いきなり今までとは違う体になったから。
召喚時の副作用とやらで、自分の名前やもといた国のこともいっさい思いだせない。でも基本的な知識はぼんやりと残っていて、相手の話す言葉や単語はわかる。
そう、〈召喚〉とは魔術の力で、違う場所から呼びよせられたということ。
そして魔術とはあれだ、むにゃむにゃ呪文を唱えたり魔術陣を描いたり、手順を踏めば不思議な力が発動するやつだ。
どんな不思議現象でも名称を与えられて、説明を受けるとなんとなくおちつくのが人という生き物らしい。最初の恐慌状態が去ると私も少しおちついて、この事態を受け入れるしかないと理解した。というか、おこったことはどうしょうもない。
控えていた執事が差しだした鏡で〈今の自分〉を確認する。
鏡の中にいるのはお人形みたいな少女だった。比喩ではなくほんとうに可愛い。触れるのが怖いくらいだ。
年のころは十四歳くらいか。
少し癖のあるやわらかなアッシュブロンドに、長い睫毛にふちどられた大きな瞳は夢見るような青灰色。白亜の城に眠る天使のような、息をして動いているのが信じられない美少女だ。
しかもそんな上等の体を白い薔薇の花飾りとフリルでできたオフホワイトのドレスにつつんでいる。
芸術品。そんな形容しかわかなくて、これが自分だと言われても、はあ、そうですか、と流したくなる。
「自分の姿に納得したかい?」
鏡の横からさっき〈妹〉と呼んで抱きついてきた青年が顔をだした。こちらの応えを期待するように眼をきらきらと輝かせている。
彼はこの国の侯爵閣下だそうだ。
ついでに上級魔術をも駆使できる天才だそうで、幼い頃からの夢だった〈妹〉が欲しくて研究を重ね、ついに完璧な依代としての器、この少女の体をつくりあげたという。そして今いるここは彼の地下実験室。暗くて天井の高い石造りの部屋には床にはご丁寧に魔術陣が描かれていて、私がのっかっている可愛らしいレースとフリルの寝台は、実に嫌な感じにその真ん中にある。そんな中、染み一つない白いシャツ姿で寝台に優雅に腰かけている彼はかなり浮いているが、ここで怪しげな魔術が行われたという話にはかなり説得力がある。
「……つまり今の私の体は作り物。だけど、人としては本物で、血も流れてるし成長もする。食べないと飢えるし病気にだってなる。大陸中の学者が調べてもこれは人と太鼓判をおす素晴らしい出来ってこと?」
「うん、そう。でも魂の合成だけは無理だったんだ。完璧な体があるのに、魂がないなんておかしいだろう? だから体にふさわしい魂を召還したんだよ、それが君!」
いやいやいや、いい歳した大人がそこでどうしてあきらめない。召喚なんて極端に走る。
ぼんやり残る知識では、召喚といえば魔物を倒すために勇者を呼びだすとか、聖なる巫女を招くとか、なんかこうかっこいい理由とセットだった気がするが。
「僕の名はアドリアン。お兄様と呼んでおくれ。そして君の名前はマリー・ブランシュ・エズメー・ラ・コスタス侯爵令嬢。僕の妹だよ、リルと呼ぶね」
マリー・ブランシュなんてお嬢様っぽい名前、柄じゃないから愛称に意義はないが、いったいどこを縮めてリルになった。
とりあえず彼が暇と才能を持て余した変人ということはよくわかった。
そんな彼が目にようやく会えた最愛の人、そんな想をあふれさせてにじりよってくる。
「やっと会えたね、僕のリル。ずっと探してたんだ」
ちょっと待て。顔が近い。
「君を見つけた時、ああ、この子だってすぐわかったよ。あきらめなくてよかった。僕がこの日をどれだけ待ちのぞんだかわかる? ずっと君と暮らすのが夢だった。一目ぼれって本当にあるんだね」
いやいや一目ぼれも何も、この体、あなたがつくったんでしょ。
「リル、これからは毎日一緒にいろいろしようね。お茶を飲んで、散歩して。乗馬だって教えてあげるよ。離れ離れだった今までの時間を取り戻そう。楽しみだなあ」
だから待て待て待て。指で私の頬をなでないで。というかどうしてそんなに愛しげに私を抱きしめてくるの?!
「ちょっと待って、別に私たちは生き別れた兄妹なんかではなくて……」
あわてて彼を押しのけようとして、気がついた。
(召還されたってことは、私にはもとの体と人生があるってことよね……?)
ことの原点を忘れてた。
「ちょっと待ってよ、これっていわゆる一方的な拉致監禁ってやつじゃない?」
だって、
「魔術なんて怪しげな要素が絡んでるけど、同意の上じゃないから、私って巻き込まれた被害者で、これはれっきとした犯罪よね?」
「ひどいよ、リル。僕のこと誘拐犯みたいに」
抗議すると、アドリアンが傷ついた子犬みたいな顔になる。
「最初に僕に声をかけてくれたの、君じゃないか。それで僕が一緒にいてほしいって言ったら、うん、って言ってくれたよ? だから安心して連れてきたのに」
そんなのまったく覚えてません。
そもそも記憶はないけどそんなことするわけがない。知らない人についていかないってのは防犯の基本だろう。
「勝手なことばかりいわないで! 元に戻して!」
彼の胸を押しのけながら主張すると、空気が変わった。
「元に戻す……? リルは僕といるのが嫌なの?」
愛しさに満ちた甘やかな雰囲気がひやりとしてきて、私はごくりと息をのむ。
「僕は君をずっと探してたのに、拒絶するの? あんな場所に還るほうがいいの? そんなふうに思うくらいここが嫌い? どう言えばわかってくれるのかな、力づくで君を閉じこめなきゃ駄目?」
アドリアンの整っているだけに表情がなくなると怖い顔がこちらを見おろしていた。
そのほの暗い眼差しに、私は重い現実を思い出した。
ここは密室。私の存在を知るのは、アドリアンと壁際に控えた執事だけ。へたに機嫌を損ねたら、元に戻すどころかこのまま廃棄処分というのもありえるのだ……。