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ある朝眼が覚めると溺愛されていました  作者: 朱居とんぼ
第二章 家族ってこんなものですか?
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閑話休題 男たちの独り言(アドリアン)

(アドリアンの三人称です)

 寂しくて、寂しくて、夢の中で自分は泣いていた。


 一人じゃない。周囲にはたくさんの人がいる。


 幼い自分からすれば見上げるような背の大人たちが周りにはいた。

 でも誰もこちらを見ない。ちっぽけな子どものことなんか気にかけない。皆、自分のことだけでいっぱいで、眼を血走らせて走りまわっている。


 一人じゃない。

 だからよけいに寂しい。


 これだけの人がいるのに、誰もこちらを見ない。そんな中にいると、自分はここにいる、そう思っているのは自分だけで、本当はこの世界のどこにも存在しないのじゃないか、そんなふうに思えてくる。


 どうしたらいいかわからなくて立ちつくしていると、どんっ、と、おされた。よろけて通路の端に転がる。擦りむいた膝小僧がしくしく痛んだ。


「母様、父様……」


 もう応えてはくれない人の名をつぶやく。血を流す姿をこの眼で見たのに呼んでしまう。


(こうなったの、僕のせいなのに……!)


 自分が誕生日の祝いに、普段忙しくて一緒にいられない二人に共に過ごしたいとねだったから、この旅は実現した。そして二人はああなった。この悲劇は自分の我儘のせいだ。


 また、突き飛ばされた。今度はもう立ち上がれない。だって立ってもどこにも向かう場所なんかない。赤ん坊のように背を丸め、手足を縮めて小さくなる。体が寒くてたまらない。


(助けて、助けて、誰か……!)


 無言で叫んでいると、声が聞こえた。


「大丈夫? 一人なの?」


 顔をあげると、一人の女の人がこちらをのぞきこんでいた。


 自分より年上だけど、まだ若い。この前の春に邸に入った新米メイドのハンナと同じくらいだ。〈お姉さん〉といった年頃だ。


 なのにその人は他の大人たちと違って、包みこむような笑みをみせてくれた。


「……!」


 思わず自分は相手に抱きついていた。


 初対面の名前も知らない女の人にそんなことをするなんて、礼儀違反だし怒られるかもと怖かったけど、体が勝手に動いていた。そして一度触れるともう駄目だった。

 自分がどれだけ人の温もりを求めていたか思い知った。引き離されまいと、温かな体にしがみつく。


 彼女は怒らなかった。


 逆にこちらの背に手を回してくれた。そしてぎゅっと強く抱き返してくれた。

温かい。そこに人がいる。それだけでさっきまでの寂しさが消えていく。ぽつりぽつりと二人だけで話す。本音がこぼれた。


「僕、怖い」

「大丈夫、絶対助けてあげるから。だから楽しいこと考えよう? ここから出たら何がしたい?」


 ここから出たら? でもここから出ても誰もいない。自分は一人だ。


 また涙がでそうになる。すると彼女はにっこり笑った。自分も怖いだろうに、手がふるえているのに、それでも笑って言ってくれた。


「じゃ、私と一緒に遊ぼ」


 ぎゅっとこちらを抱きしめて、彼女は誓うように言ってくれた。


「私も一人だったから、仲間だね。ちょうどいいよ、家族になろう。約束……」



 

 そして、アドリアンは眼を覚ました。


 広い寝台には帳越しに淡い朝の光がさしこんでいる。夢の中とは違って一人だ。白々とした光に照らされた室内を見回す。


 誰もいない。


 どっと胸に寂寥感が押しよせてくる。いや、これは喪失感か。近い未来、また自分を襲うであろう哀しい予感。


「……リル」


 迷い子のように心細げな顔で彼が発したのは、誰よりも愛しい相手の名前だった。

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