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ある朝眼が覚めると溺愛されていました  作者: 朱居とんぼ
第0章 最期の瞬間に私がとても欲しかったもの
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「こ、こんなとこで死んでたまるかぁっっ」

 

 亡き親譲りの下町根性で絶叫すると、私は手をのばしてぐらぐら揺れる鉄梯子を握りしめた。

いったい何がどうしてこうなった。神さま、私、そんなに前世で悪いことをしましたか。


自分ご褒美に、大奮発しておひとり様参加した豪華客船外洋クルーズ、それがどうしていきなり沈没、しかも救命艇の数が足りないなんてお約束になっちゃってるの?! 周りは阿鼻叫喚の地獄絵図。今いるのは船内地図もよくわからない船の下層、なんとか甲板に出ないと溺死一択。


片手でつかんだ鉄梯子が汗で滑る。でも両手は使えない。だってもう片方の手にはさっき見かねて抱きあげた男の子がいる。可愛い顔を真っ青にして、私にしがみついている。しっかりしろ、ここであきらめたらこの子だって死んでしまう。


自分を奮いたたせて梯子段に足をかけた時、また、横殴りの衝撃がきた。


体が宙に浮いて、壊れた隔壁から大量の水が流れこむ。圧倒的な力に手をさらわれて、渦巻く水中に叩き落とされた。


「ごほっ、げぼっ……」


ごうごうと耳のなる音、もう足をばたつかせても暗く冷たい水しかふれてこない。腕に抱いた大事な男の子の温もりも感じない。天下無敵の下町根性も、大量の海水には勝てないのか。


(ごめんね……)


助けてあげられなくて。約束を守れなくて。


もう聞こえないだろう男の子に語りかける。 激しい渦に呑みこまれながら、涙がこぼれた。


(ああ、私、寂しい人生だったな……)


好き放題に生きた。思ったより短かったけど、やりたいことはすべてやりつくした。親も早世してずっと一人だったけど、楽しい充実した生だったと思う。だからこんな結末になっても悔いはない。


そう、悔いはない。


なのにどうしてこんなに胸が締めつけられるのだろう。

 冷たい。暗い。さびしい。それはきっとここが孤独な場所だから。さっき抱いた男の子の体が、涙が出そうなくらい温かくて気持ちよかったから。


自分らしくもなく気弱になった心で願う。


もし来世というものがあるのなら、今度は違う生をおくりたい。

仕事や趣味だけに生きるのでなく、友や家族と呼べる人たちに囲まれての、ささやかで平凡な生を。それはきっと今より温かくて、幸せな心持ちがするだろう。


そして私はふわふわと暗い水底へ沈んでいった。


深い、暗い、時も上下も何も存在しない、どこか懐かしささえある原初の闇の中へとーーー。



********



 

(ここは、どこ―――?)


 意識が戻って私が真っ先に思ったのは、それだった。


 眼を開けると見知らぬ光景がとびこんできた。

 可愛いレースのついた四角い布天井、体の下にはふわりと優しい弾力とすべらかな絹の手触り。私は天蓋のついた豪華な寝台に仰向けに寝ているらしい。


 手をあげてみる。オフホワイトのフリルの袖先から、小さな手がのぞいていた。真珠のようになめらかな肌、ほっそりした指には桜貝のようなちんまりした爪がついている。


(こ、れ、私の手……?)


 違和感がある。どうしてそう感じるのだろう。そもそもここはどこ。思いだそうとして愕然とする。


(わ、たし、誰だっけ……?!)


 嘘っ、何も思いだせない!

 

 どうして自分がこんなところに寝っ転がっているかだけでなく、名前も歳も、どんな姿をしていたかさえ、まったく、これっぽっちも思いだせない!


「何これっっ」


 跳ね起きる。途端に、ゆるやかにウェーブした長い髪が胸元に落ちてきた。星屑をまぶしたように輝くアッシュブロンドの髪。それが細かなひだをとられたシルクのドレスの上を流れている。これが私の髪?


 呆然としていると、声をかけられた。


「眼が覚めた?」


 艶のある男の声。顔をあげると、美しい青年が一人、寝台に腰かけていた。


 長い睫毛に縁取られたけぶるような青灰色の瞳、歳の頃は二十歳前後。

 きらめく長いアッシュブロンドの髪を幅広のリボンで一つに束ねて、白いシャツの襟元に複雑な形に結ったクラヴァットをつけている。


(こんなきれいな人、はじめて見た)


 男の人相手に綺麗って変な言い方だし、記憶喪失中に「はじめて」なんて変だけど、そうとしか言いようがない。 彫の深い繊細な美貌。だってこんな白薔薇の貴公子か、なんて歯が浮くようなこっぱずかしい例えが似合う人、一度見たら忘れない。


 そう、会ったことのない人だ。

 なのに不安げにこちらを見つめる青灰色の瞳に既視感がある。

 私はどこかでこのすがるような孤独な瞳を見た。だから手を差しのべて、彼もまた握り返してくれて……。


 ぼんやり見つめていると、彼がそっと首をかしげた。


「えっと、意識はある? 僕が見える?」


 耳に心地よい声に反射的にうなずくと、彼がほっとしたように眼を細めた。


 その表情がとろけるように甘くて。ずっと探していた家族に会えたようなほっこりした気持ちになって。私が呆けたようになっていると、彼が動いた。寝台に膝を乗りあげて、感極まったように抱きしめてくる。


「ああ、成功だね! やっと目覚めてくれた。もう離さないよ、僕の理想の妹たん!」


 は? 〈妹〉たん? 何それ。

 いやいやいや、市の前に私は今なにをされている?


 あふれんばかりの愛に満ちた抱擁に、私の呆けた意識が一気に現実に戻ってくる。今、私は見ず知らずの男に抱きしめられている。間違えようもなく、がっちりと。

 彼の貴族然とした美しい顔と〈妹たん〉という単語があってない。そう突っこむ心の余裕もない。


「ぎゃあああっ、何するのよっっーーー!!」


 悲鳴をあげると、私は相手の顔面に蹴りを入れていた。



はじめまして! 初投稿になります。

どうか皆様よろしくお願いいたします。

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