①章[うつつバッド★冷血吸血鬼ギャンブルジャンキーの鉄仮面は外れない! 六本木雪の女王の孤独な人間観察日記 ――――№3黒色ブラッド] 其の五
①章
★うつつバッド★
[冷血吸血鬼ギャンブルジャンキーの鉄仮面は外れない! 六本木雪の女王の孤独な人間観察日記 ――――№3黒色ブラッド] 其の五
競馬の最終レースが終わったのがわかった――――私の人間観察の経験がそれを知らせた。
辺りが夕暮れ、すっかり自分の人影、つまり一人ぼっちで競馬場の外で待つ私の唯一の遊び相手であった影が伸びきった時だった――母と父が私を迎えに競馬場から戻ってきたのである。その顔色から伺える結果、父はレースを取ったみたいだが、母の苦い顔を見た感じでは母はかなり負けた様だった。この日も私の家族は馬主達の良い養分となったと言うことが良く分かる。
母――――私の人間観察の対象1号である。
私の母は父がギャンブルで負けたり機嫌が悪かったりする時、父によく暴力を振るわれていた。それに対し母は父には全く反撃せず、その暴力を黙って受け入れていた。父に対して母は戦わないのである。考える事を放棄し、全てを受け入れ、父を甘やかし、やりたい放題にされている。自らもそのストレスをギャンブルで発散していた、母は負けているのだ――ギャンブルをする前から母は負けているのだ。考える事、それは人間の最大の武器だ。その考えるという行為を放棄し、嫌う母……。それはもう負けているのと同じなのである。
そんな母を私は助けたいと……ずっと思っていた。負けっぱなしの母を私は――
「可哀想」
――と思ってしまった。と言うか、ある日……小さくポロっと呟いてしまったのだ。そしてそれは母に届いてしまったのだ。私が母を可哀想と見下していた事を母は知ってしまったのだ。
「あんたはいいわね……なんで私ばっかりこんな目に遭わないといけないのよ! 理不尽よ!」
と、言いながら母はバチン! と、私を叩いた。その時から母のヒステリーの対象は決まって私になった。そう、理不尽なのは世の中でも他人でもなく母自身が理不尽な人間なのである。本当に可哀想な人だと思い、私はその暴力を受け入れた、少しでも母が楽になればいいと。
だけど私は母の様に考える事を放棄しなかった。暴力を受ける私の顔は無表情で、母を見下すような冷たさを持っていた。母はいつも悔しそうな顔を浮かべていた。本当に解りやすい人間だ。
今になって考えて見ると私の鉄仮面は母に貰ったものだと言えるだろう、笑えない家族を観察する為の鉄仮面。そのへばりついた鉄仮面で毎日観察していた人物が母以外にもう一人いる。
父――――私の人間観察の対象2号である。
ある日、父は知らない男の人を家に連れてきた。スーツ姿の年配で白髪の男性だった。
「アヤ、挨拶しなさい。このお方はT大を出ているエリート様なんだ、今日は父さんに良い投資話を持って来てくださってなぁ……アヤも可愛がってもらうといいぞ」
その言い草に、あの父がいつの間に権威主義者になったのかと疑問を抱いたが、私は男性に頭を下げ挨拶をした。その男性は挨拶をした私を見て、舌舐めずりをして目を光らせて言った。
「お嬢さん……お利口な顔をしているね、欲しい物があればおじさんのお店においで、親切にしてあげるから、これ」
と、私にいかにも怪しげな会社が記された名刺をくれた。その男性が光らせた眼孔に私は嫌な予感を感じた。これも私の人間観察の経験が悟らせた予感だ――この人は蛇だ。父を、私の家族を丸呑みにしに来たのだ。養分を蓄えに、人を騙すと言うビジネスを遂行しに、ギャンブルでの借金で首が回らない父を美味しい餌で誘い、父を捕食する気だ。父は良い投資話だと信じきっていて、詐欺なのだとは心にも思っていないのだろう、父には人を観察する力が全くない。故に断る理由が見当たらないと言う事なのだろう。
でも、私は違った――この男性が蛇だと、父を騙そうとしている事に気づいている。だけど、私はこの事をこの時父に言わなかった。助ける理由が見当たらなかったからだ。冷たい私は無表情でそう決断を下し、男性にこう言った。
「父をよろしくお願いします。私は大丈夫です、さようなら」
その男性はそう言った私の冷たい鉄仮面を見て、笑みを浮かべ最後にこう言った。
「実にお嬢さんはお利口だ。その冷たい無表情、末恐ろしい子だ、お母さんを大事にしなさい」
暫くしてその男性は父の前から姿を消し、父はその投資で負債を負い、その負債と元々の借金が返せず、父は母と離婚し、父は何処かに行ってしまった。今は生きているのか死んでいるのかも、そして何処にいるかも分からない私の人間観察2号――――その下人の行方は、誰も知らない……。
「羽屋里君……? ねぇ? 羽屋里君ってば! 聞いているの?――」
「ハッン! えっと……? あ、顔がある……手も、戻って来たんだな、僕……あれが現先輩のトラウマだったのか……――あ、現先輩ごめんなさい……聞いてなかったです……」
現先輩の声が聞こえたと思ったら、いつの間にか僕は現実世界に戻っていた。ぺちぺちと自分の顔を触って肉体を確認する僕がある事に気づくと、その事に現先輩も気づいた。
「なにそれ、私は一人で雑談していたって事? それじゃあ、独り言じゃない……って――羽屋里君……なんで泣いているの? 涙が流れている見たいだけど……どうかしたの?」
そう、僕は涙を流していた――彼女の抱く孤独を見て僕は頬を濡らしていた。
「これは……何でもないです……花粉症かな、ハハハハハッ……で、現先輩ここは……」
見慣れない路地についていた。学校の近くと言う訳でもなさそうだが……この辺に現先輩の家があるのだろうか? 僕が尋ねると、現先輩はその鉄仮面の表情から冷たく答えた。
「実はね……私もう、不良達の様子を昨日、病院に見に行っているの……一人でね。彼らはとてもじゃないけど、ゲームが出来るような様子ではなかったわ……ぐったりとしていて――そう、それは今の私の母見たく、ぐったりと寝込んでいたわ……――」
「え? ちょっと……現先輩な、なにを言っているんですか……ハハハハ、怖いな、冗談は勘弁してくださいよ……だって今から、みんなで説得して不良達と勝負して、わざと負けに行くんでしょ? 辻褄が合ってないじゃないですか、みんな先に病院で待っているのに……」
冷たく不気味に話しだした彼女に、僕はおどおどと、心を抉られはじめた――恐怖を感じてきたのであった。そして、まんまと嵌められていた事に動揺を隠せずに、変な汗が出てきた。
「着いたわ、目的地到着。皆もう、中に居るわ……天元君も中に入るわよ」
「待って下さい……ここはいったい何処ですか……こんな雑居ビルは病院じゃないですよね?」
「このビルの地下がカジノになっているのよ? 六本木に着いたあたりで薄々気付かなかったのかしら? 案外疎いのね、羽屋里君……それじゃあ厳しいかもね……」
やられた……№3にまんまと。移動までの記憶が僕にはない、故に僕はここまでの道のりが変な事に気付けなかった否、どうする事もできなかった。№3の姿はない。どうやら彼女の中に入ったのだろう、もう僕は覚悟を決めるしかなかった。彼女を救う覚悟を――ケロベロスを鞄から取り出した。恐らく自分の母を救えなかったのであろう孤独な少女を救うため。
「すまない……ケロベロス、僕のミスだ……僕はどうやら嵌められてしまったみたいだ」
「天元! 気にするな。行こう、こうなったらここで№3と決着をつけよう! 救うんだ!」
「ああ、分かっているよ、ありがとう……頼むぞ、ケロベロス。行こう!!」
其の六に続く――――。




