序章[モコトゥルー☆どんどんどんどん忘れて行くよ! 誰も知らない引き籠りジャンキー!?噛み憑かれた妹を探せ! ――――№2マミーがるる]
序章
☆モコトゥルー☆
[どんどんどんどん忘れて行くよ! 誰も知らない引き籠りジャンキー!?噛み憑かれた妹を探せ! ――――№2マミーがるる]
流行り病にかかった――――。
……夢を見たのだ――――。
トラックに轢かれそうだった犬を助けに行って、そしたらそんな犬は道路にはいなくって、
「ああ、良かった。こんな危ない所に犬はいなかったんだ。今日も世界が平和で安心した」
と、思った私がそのままトラックに轢かれて死ぬ……あれ? 私が見たのは……本当にそんな救いのない夢だったけなぁ?
そんなことより、ここはとても居心地がいい。消音消臭装置は当たり前、水も勝手に流れる最新型温水便座は快適そのもので、絶賛ネガティブキャンペーン中である私の憩いの場であり便所飯もここなら最高だよ!
そんな居心地の良い個室を占領する私は今――――勿論な事に、実に鬱な気分である!
「よし! 仕方がない。学校はもう諦めるか! もう学校なんかしらねぇ!」
中学の頃はクラスの中心人物だった筈のこの私が、今……高校入学して即効、即日、即断即決! 壁にぶち当たりとんでもない状況に置かれている。それにヘラってしまい今に至り、なんか……こう、学校の職員専用トイレの個室に忍び込み、そして今まさに引き籠っている。
実にここは落ち着く、昼寝も思いの外に捗ってしまった。そして突拍子のない夢を見たのである。私が分析するにこんな夢を見るのは、入学してから突然の精神的不安定に陥った疲れが原因だと思われる。なんだか最近疲れがすごい……。何かに憑かれているような疲れが、私をここに引き籠もらせる。今さっき実際に見た夢と違う内容の夢が何故か頭に浮かびこの自分の病み具合に嫌気がさした。
目覚めた途端、自分自身がトラックに轢かれ死亡する夢を見たんだと……どうやら私は勘違いしたらしい――――これは確かに病んでいる……。私は今、ものすご~く私は病んでいる!
こんなうたた寝前までには記憶にもない事が、目を覚ましたら浮かび上がったのだ! どう拗らせたらこんなえげつない妄想が記憶にいきなり刻まれるというのだろうか……。
私が実際に今見た夢は違う夢であり、その内容も今鮮明に思い出した。思い出した? 私が……か、思い出したのか――思い出せない呪いにでもかかっているんじゃないかと疑える、悩める引き籠りちゃんであるこの私が……まあいい、こんな感覚は久しぶりどころか初めてに思える。思い出す感覚、忘れないうちに存分に思い出そう。
そう、夢、恐ろしい夢だった。いや、でもなぜか優しさを沢山感じる夢だったのだ……ものすごく大事にされている様な、私の為に人が、大切な人が、私を守るため動いてくれた様な気がする夢。そして……その人は今も私のために動いて……。
どうやら、私にはお兄ちゃんがいるのではないかという疑念が湧いてきたのだった。その意味不明な疑念がどっから湧いてきたものなのかと言うと、私が今見た夢はお兄ちゃんが主演する夢であったからだ。
深夜で辺りは真っ暗であった。ここはどうやら近所の道路の端っこらしい、私もコンビニに買い物に行く様なラフな格好だった。真っ暗な道路に月明かりが射した、桜が綺麗だ。
道路の横側の道の下を流れる川は、東京の桜の名所である目黒川だ――――桜の花が風で揺れて桜が舞い散るのを見て心が浮かれてきた。
私は明日高校の入学式を控えている。とどのつまり、私はそれが楽しみ過ぎて寝られなかったのだ――子供の頃の遠足の前日に布団の中で起こるワクワク感とでも言うのだろうか、どうも胸の高まり、高揚感が抑えられずにこの満月に煽られたかのように、血が騒いでしまったのだった。
そこで、これから私の通う高校の先輩にも明日からなる1つ年上のお兄ちゃんに、この深夜徘徊コンビニ巡りの旅に付き合って貰っているという訳だ――――年頃の女の子一人では危険な旅だ、「ついて行くよ」と、お兄ちゃんは、私の我儘な旅に同行してくれている。
「なぁ、モコちゃん……元気でね」
何の脈絡もなしに、道路の端を歩きながらお兄ちゃんは私にそう言った。
丁度その時だ、向かいからトラックが来た――――そして、どういう訳か……そのトラックが進む方向に小さな犬がいたのだった。
私が反射的に道路に飛び出そうと……犬を助けようとした瞬間――――私は誰かにおもいっきり後ろ髪を引っ張られ道路の端に引き戻されて転んだのだ!
「痛たったた……え? 犬は!? ――――あれ、なにもいない」
トラックが通り過ぎた道路には、犬が居た痕跡などは全くなかった。
私の見間違えだったのである。危なかった――――反射的に動いてしまったが、あのままトラックに向っていたら……私はどうなっていたか……考えると恐ろしい。
誰かに後ろ髪を引っ張られた事も忘れ、能天気な私は散歩を再開し、美しく咲く桜の木を指差し、お兄ちゃんと桜の素晴らしさについて語ろうとしていた。
「ねぇ! お兄ちゃんほら、見て! 桜が…………え……」
私は私の後ろをずっとついてきているものだと思っていたお兄ちゃんの方を振り返り、話しかけた――――だが、そこにはお兄ちゃんの姿はなく、いや、姿を変え、見るも無残な姿に変わり果て道路に散らばっていた。月明かりで地面に散らばる肉辺が真っ黒に見えた。
お兄ちゃんもとい、お兄ちゃんの生肉のみが地面に転がっていた――それはグロ映像であり、地獄絵図だ。
地面に散らばる生肉になり果て、見るも無残な姿となったお兄ちゃんに、私が近づき、その姿を前に涙を流していると――――それは突然闇夜の空からやってきた。女の子が空から飛んできたのだ。幼女が、幼女が手に銃を持って私の前に着地したのであった――――小麦色に焼けた肌に真ん丸な瞳に艶やかなグレージュな髪、頭にはドクロのアクセをつけたマント姿の幼女だった。
その幼女が先程まで手に持っていた筈の銃と会話を始めた。銃はもう幼女の手から離れ、幼女の顔の前でふわふわと浮遊している――――銃口が3つあるゴツゴツしたフォルムの強靭そうなボディがカッコイイ、そんな漆黒な艶が黒光りするその銃が良い声で放った。
「これが運命と言うものなのだろう。キスメットいや、今は悪魔スカルと言う名か……我が娘よ、天元に全て託してみよう! それが№達を全員捕まえる事が出来る俺達に残された最後のワンチャンスだと、俺は思う」
ピッカ!! ――――と銃口が光り、そこから輝くドクロが出てきた、輝く骨だ。喋る銃の銃口から恐らく人間1人分のものにあたるであろう骨がでてきた。それを見て幼女が答えた。
「すまない。ケロベロス……いや、お前は私の親父殿だったか、もう名前も思い出せないが、もうこんなのは懲り懲りだ……天使から逃げる悪魔の生活なんて、私達のとっておきの切り札、親父殿が天使だった頃の骨。№達に唯一奪われなかったこの希望をここで使おう、そして№達を捕まえて、天使に戻るんだ。記憶まで全て悪魔に侵される前に天元に賭けてみよう」
そう言うと幼女は呆気にとられている私に頬笑み、お兄ちゃんの生肉を掴んで夜空に掲げた。
「この契約に私の魔力を全て注ぎ込む! 我々は天元に天使の骨を貸す、そしてこの少年、羽屋里天元を復活させる。私の魔術である骨オリを使って骨を無くした天元に骨を貸す。彼にはその対価としてケロベロスと協力してもらい、忍足さんが手座高校に誘き寄せた№達を捕獲してもらう! これが果たせなかった場合、私達は生涯悪魔として生きなければならない。私達が完全に悪魔になって天使に戻れなくなるまでの期限は凡そ後1年間。この間に№を全て捕まえてくれれば、今貸す骨は天元にくれてやろう、さぁ~て! 全てをやり直そう――――私の力はそういうものだ、一緒にまた運命に抗ってくれ天元! ボーンキスメット!!」
ピッカ!! ――――幼女が呪文を唱えたその瞬間、光に包まれた骨がより輝きを増してお兄ちゃんの生肉がそれに吸い寄せられていった――――光は神々しいオーラになり、それに包まれた骨と生肉の様子はシルエットのみでしか眩しすぎて確認できなかった。その光のオーラはやがて煙となり、そこからなんと! お兄ちゃんが復活したのであった。
「誰が僕の中に――――僕の生肉の中に骨を入れてくれたんだ……」
と、煙の中でそんな中二病的な言葉を吐きながら登場し、動揺するお兄ちゃんの姿があった。
カチャ……お兄ちゃんの首に何かが掛かった――それは……ドクロのネックレスだった。さっきの幼女だ。なんと先程の幼女が、あの呪文の後にネックレスに変身したのであった。ネックレスはお兄ちゃんの問いに答えた。
「天元、私だ! スカルだ。その骨は私の親父殿がまだ天使だった頃の骨だ! お前に貸してやる、だから頼む私達を救ってくれ、天元お前ならできる……№達を全員捕まえてくれ、ジャンキー達に立ち向かってくれ、今の私は天元の中に骨を入れる事に殆どの魔力を使ってしまったから、こんな姿になってしまったが大丈夫。天使に戻れれば万事解決だ。それにこの姿でも骨オリは使えるぞ、今貸した骨で使用できる。だから天元! どんなに悲しい結末でもボロボロになっても、逃げ出したくなっても、目を背けたくなっても、お前が自分の骨を使ってモコちゃんを助けたように、挫けないでやり直してくれ! 失敗を恐れるな! 信じているぞ」
幼女もとい、ドクロのネックレスは、自分自身の全てを託してお兄ちゃんを復活させた。
これが私の見た夢の内容だ。過去に本当にあった事ではないかと思わされるぐらい鮮明な夢であり、だけど私の過去にそんな記憶はない、それどころか、私は今このトイレから飛び出して行ける記憶すら持っていない。それが私の今置かれているとんでもない状況と言うやつだ。
記憶喪失――――それも人に対してだけ発生する特殊なものである。それに気がついたと言うか記憶喪失が発生し始めたのは、私が晴れて手座高校に入学して本当にすぐのことだった。
クラスメイトを誰一人覚えられなかったのだ。顔も名前も何もかも、すぐに記憶から消えてしまうのであった。クラス皆の自己紹介が済んでクラスが落ち着きだしてからも、私一人はクラスで混乱していた――――じきにこの混乱をクラス中が悟り、私は気味悪がられる様になった。
通常の生活、言語、行動などには影響は見られない。人に対してだけ発動している私の記憶喪失はどんどんエスカレートしていった――――過去に会った人達の顔も思い出せなくなってきてしまったのであった。そして、今朝、私がベッドから起きて、家のリビングに降りて行くと、知らない女の人が家の中に居る事に気づいた。
私はびっくりしてそのまま走って家を飛び出し、この場所に逃げ込んだのだ。
「いや~、びっくりした! 朝っぱらから家に知らない人が居るなんて……びっくりするよ、普通」
走っている途中で気付いてしまった事があった――――私は自分自身の家族の名前も顔も知らない事に……否、忘れている事に……普通じゃないのは私だった。
あの女性は私があまりにも驚いた顔で家を飛び出した時、とても心配した顔をしていた様な気がした。きっと、あの女性が私のお母さんなのだろう、今はその女性の顔も鮮明には思い出せない、ここでクレバーになって考えると余計に鬱になりそうだ、涙が溢れてきた。
もう私はあの家に帰れないじゃないかと、思えば思うほど。
ただ、そんな絶望の中の私にも1つの希望に光が灯った。
私にはお兄ちゃんがいるかも知れない! 冷酷さを感じるほど家族を忘れてしまった私だけれども、もしお兄ちゃんが居るのであれば、あの時みたいに私を救ってくれるかも知れない! 私を探してくれているかも知れない、私はお兄ちゃんを信じている――――って……あの時? あの時とは、どの時だ? 信じている? 私何を言っているの? でも今、何か思い出した様な……。
痛い!? うっ……――――突然強烈な頭痛と目眩が襲ってきて目に白黒映像が映った。さながらそれは走馬灯のように……私の脳裏で放映された。
私は入学してからの1年間――――ここで引き籠る……。全ての人の事を私は忘れ……そしたら今度は、全ての人が私の事を忘れてしまう世界。家族も、お兄ちゃんも私の事を忘れてしまった世界。そして私は誰にも知られずにここで飢え死にしてしまい……ミイラになる映像。
そうか、これが私の未来なんだ……。
「ウエッ!? 嫌だ! 嫌だ! 誰か!! 助けて! 助けに来てよ……ここにいるよ」
私が嘔吐し、頭抱えて助けを求めるその時であった――トイレの扉が開いたのである。
ピッカ!! ――――開いた扉から差し伸べられた手の骨が一度神々しく光った。そして、私にとってこの世で一番頼もしい手が目の前に差し伸べられた。
「やっと見つけた! 助けに来たよ! 遅くなってごめんね、って今はまだモコちゃんが入学してきて1週間か……。良かったぁ……1年間そこに居させちゃったからな……やっと救えた」
泣きっ面で私はお兄ちゃんに飛びついた。それと同時に失っていた記憶を取り戻していた。
「ぜったあぁいにぃ……探してくれるって、信じていたぁあよぉ! ありがとうぅ……怖かったぁ。全部思い出したよ、あの夢は現実だったね、あの時も助けてくれてありがとう、その骨イケてるよ!」
私を抱き締めるお兄ちゃんの腕の中には1年分の優しさが詰まっていた。
「がるるる!! おい嘘だろ……何で――この女を見つけ出せたのだ、こいつ!」
私の背中から何かが飛び出して来た――包帯でぐるぐる巻きになっている小さな犬だ。その犬が個室トイレで大暴れをし始めた。
「天元! こいつだ! こいつが№2マミーがるるだ! ――――モコの記憶を奪い、皆のモコに対する記憶までも奪ってまわって、孤独にしてここに引き籠らせようと企んだ、引き籠りジャンキーにする№の凶悪卑劣なミイラだ! スカルの羽を噛み切った奴であり、モコの前に現れたあの事故の消えた犬がこいつだ! モコにとり憑く為こいつはあんな事を!!」
銃だ――――いつの間にかお兄ちゃんが銃を握っていた……ケロベロスだ。
そしてこの犬があの時私が助けようとして消えた犬――――そうか、あれは消えたんじゃなく、私にとり憑いたのだったんだ……。
「がるるる! おのれ! ケロベロス……。それに俺が記憶を消した筈のこの女の兄貴じゃねぇかよ!? まだあの時の記憶があるのか? 往生際の悪い奴らだ! 噛み殺してやる!」
ミイラ犬はトイレの外に出ようと、牙を出しながら私達を威嚇し駈け出した。
「恩を仇でよくも返してくれたな。それも僕の可愛い妹に、あの時の犬がお前なら僕の骨もお前に喰われた様なものだ! 返して貰えるものだけでも返してもらうぞ、スカル羽を返せ!」
そう言うと、お兄ちゃんはケロベロスをかまえた――――標準をミイラ犬に合せて。
「番犬!」
お兄ちゃんが放ったその呪文に銃弾が共鳴した様に見え、ミイラ犬に銃弾が命中した。
銃弾が当たると、それは両手足と首に巻き付く鎖に姿を変えミイラ犬を拘束し動けなくした。
「がるるる……この俺様が捕まるとは……だが、俺達№は絶対に負けない。覚えていろよ!」
何だか私はお兄ちゃんのお陰でちゃっかり1番初めに№の魔の手から救われてしまった。思い出したついでに整理しよう、序章で突如むちゃくちゃな語り手をした私が言うのも何だが……。
この物語はお兄ちゃんが進める物語だ――――現代の流行り病である中二病と言う疾病を持つ兄の物語である。この学園には羽屋里天元がいるから、大丈夫だ!!
☆モコトゥルー☆ 完