王宮夜会 sideデボラ
艶やかな黒髪に聡明そうな灰色の目。筋の通った鼻梁に形の良い薄い唇。
コーネリアス様はいつ見てもお美しい方です。
そう、このような時も。
婚約破棄されて何週間も経っているというのに、それでもコーネリアス様の顔には見とれずにはいられません。
しかし、今は苦痛に耐えているかのような表情をしておられます。
お身体をどうかなさったのでしょうか?
心配になってきます。
私の心配を他所にコーネリアス様の口から出てきた言葉は驚くようなものでした。
「デボラ、すまなかった」
王族は容易く謝罪しないものです。
何故なら、王族が何をしても、何を誤っても、彼らが正しいからです。
そして、王族の謝罪は受け入れてはいけません。
王族の謝罪で受け入れて良いのは公爵として臣下になった元王族のみ。
王族の謝罪を受け入れてしまえば、彼らが間違っていると思っているのだと明言しているも同然です。
王族が間違っていると明言することは謀反の疑いをかけられ、一族郎党根絶やしにされても文句が言えません。
王族の誤りは指摘しても良いですが、それを本人に気付かれないように行うのがマナーです。
うっかり、気に障って謀反の疑いをかけられては堪ったものではありません。
あくまでもご本人が過ちに自ら気付き、ご意見を変えて頂かないといけないのです。
「仕方がありませんわ。いつか仰られるとは覚悟していましたし」
「覚悟?」
コーネリアス様は怪訝そうな顔をされました。
妹に惹かれているのをご自分ではお気付きにはなっておられなかったようです。
「ええ。いつからかコーネリアス様はオーガスタと会話を楽しまれるようになりましたわ。それまでは妹がいても気にかけてくださっていただけでしたのに」
私の言葉を聞いているうちにコーネリアス様は苦虫を潰したような顔をなさいました。
「・・・私は楽しそうだったか?」
「ええ、それはとても」
コーネリアス様の額にできた縦皺が深くなります。
「そう見えたなら、すまない」
「謝らないで下さい。そのおかげで私は婚約破棄をされる覚悟ができましたもの」
「それはどれくらい前からだ?」
「申し上げても、詮のないことですわ」
コーネリアス様は私に向かって右手を伸ばし、私の頬を掌で包み込みます。
私は息が詰まりました。
その掌の温かさが、苦しい。
こんなことは許してはいけないことです。
でも、この温かさに心癒やされるものがあります。
「教えてくれ。どれくらい前から私はお前に辛い思いをさせていたんだ?」
「辛い? 辛くはありませんわ。元々、王太子妃の条件が一番合ったのが私だったというだけではありませんか。一時でも王太子の婚約者という立場に居られたのですから、名誉に思うことはあってもそれ以外にはありません」
「デボラ。それなら何故、お前は泣いているんだ?」
「泣いている?」
「泣いていないのならその目から溢れているのは、頬を伝っているのは何だと言うんだ?」
コーネリアス様に言われて、私は自分の右の頬に手を遣りました。指先に濡れた感触があります。
何故、涙が?
政略結婚だとばかり受け取っていて、自分の感情とは向き合ってこなかったツケでしょうか?
でも、婚約を破棄されて傷つくほど、私はコーネリアス様のことを愛していなかった筈です。
婚約破棄の書状が届いた時ですら何ともなかったのに。
それなのに何故、今頃になって?
もしかして、コーネリアス様と妹が会話を楽しむようになってから、私は自分の気持を無理矢理押し殺して無視してきたのでしょうか?
それともコーネリアス様に愛されることを諦めたのでしょうか?
わかりません。
コーネリアス様に婚約破棄され、代わりに妹が婚約者になったのをあんなに冷静に受け止められたのに。
あの時の感情は嘘だったのでしょうか?
コーネリアス様に捨てられるとわかっていて自分を守る為に作り出した気持ちだったのでしょうか?
私の、今の私の気持ちは作りものなんでしょうか?
自分の感情が滅茶苦茶になってしまい、自分でもよくわかりません。
私は本当にコーネリアス様のことを愛していたのでしょうか?
「結果的にどうであれ、私はデボラに辛い思いをさせる気はなかった。こんなふうに泣かせることから守りたかっただけだ。それなのにお前を泣かせてしまう。確かにオーガスタと話しているのは楽しかった。だからと言って、デボラに苦痛の時間を耐えさせてまで話したかったわけではないんだ」
「これ以上、何も言わないで下さい! お願いです! これ以上はっ!」
必死に言い募るコーネリアス様の顔を見ていられず、私は背中を向けました。
妹と一緒にいて楽しかったと言いながら、コーネリアス様は私に辛い思いをさせたくなかったと仰ります。
婚約者がその場にいるのに、その婚約者の姉妹とはいえ別の女性と会話を楽しむだけでなく、それが楽しかったと認め、婚約者の気持ちを傷つける気はなかったのだと仰られても信じられません。
「私はいつも傍にお前がいて欲しんだ、デボラ。どんな形であろうと。守りたいんだ、お前を」
まだコーネリアス様が包み込んでいるかのように左の頬が温かい。
その熱が幻であることはわかっています。
わかっていますが・・・
私はその白々しい言葉を何故かとても信じたいと思ってしまったのです。