選択
ローランド卿とサリーのお母様。その二人にどことなく似ている金髪の娘たち。そして、アグリがいました。
「サリー、久しぶり~!」
久しぶりに顔を見たアグリが馬上にいる私に飛び付いてきました。
「アグリ?! どうして貴女がここに? それにどうして? さっきまでは別の家にいたのに・・・?」
『私は人馬ですから、移動の魔法に長けているんです。ただ、自分の知っている場所か、誰か目印になってくれる者がいないと行けないのが難点で、馬車で移動している間にアグリを呼んだのです』
「あたしたちは一族の者となら、どんなに遠くにいても意思の疎通ができるんだよ」
「???」
理解が追いつきません。
サリーが馬?であることはわかっています。それを受け入れましたから。
でも、人馬?
移動の魔法?
一族同士で意思の疎通?
お伽話の世界に迷い込んでしまったようです。
サリーが馬?であるだけでも信じられないのに、お伽話に出てくる魔法まで出てくるとは・・・。
・・・。
『すみません、父上』
「いつかはこうなると思っていたから気にするな、サリス。サニーと生きることを選んだ時点で、国を捨てる覚悟もできている」
『父上・・・』
情報を整理しようとしている私の下(?)でサリーがローランド卿と話をしています。
「それよりも、お前と私の関係に気付いて追手が来ないうちに急ごう」
『はい』
母系遺伝だと聞きましたし、サリーのお母様も姉妹たちも馬?なんでしょうか?
その疑問はすぐに答えが出ました。
「サニー。ジュリー、メアリー、シャーリー」
ローランド卿が声をかけるとサリーのお母様と姉妹たちが心得たように動き出します。先程、サリーがしたように前の床に手を着くような姿勢を取り、姿を次々と変えていきました。
金の鬣を持つ白馬たちがこんなにいると、部屋が非常に手狭に感じます。これでまだアグリも馬?になっていないんですから、更に部屋が窮屈になるんですよね。
ユーリはたくさんの馬の姿を喜んでいます。
馬車の中では緊張した空気の中でもさっさと眠ってしまうし、この子は案外、大物です。
ローランド卿は白馬たちの一頭に近寄って、鞍や鐙もない裸馬にそのまま乗ってしまいました。
騎士であるローランド卿は馬には慣れているでしょうから、裸馬でも大丈夫でしょうが、妻と娘さんたちの見分けが付いているのでしょうか?
『アグリ』
「は~い」
サリーが声をかけるとアグリは渋々、私から離れて、同じように白馬に変じました。
『これから人馬の村に向かいます。嫌でしたら、辺境伯領でも良いですよ。辺境伯ならあの男から隠し通すだけの力がありますから』
「人馬の村?」
『私たちは二角獣と言われる人馬の一種です』
「二角獣?」
聞き慣れない単語です。一角獣は聞いたことがありますが、二角獣など聞いたことがありません。
『有名な人馬と言えば、万能薬になる角で有名な一角獣ですが、あちらがの象徴するものが”男性”なら、私たちは”女性”を象徴する存在なのです』
一角獣がこんなところで出てきました。
一角獣の角は万病に効く最高級の薬として知られています。その為、一攫千金を狙う傭兵や荒くれ者が一角獣狩りをして返り討ちに遭う話は昔話で聞いたことがあります。その際に囮となった娘が純潔なら攫われ、そうでなければ怒りを買って惨たらしく殺されるそうです。
「一角獣・・・。まさか、一角獣のことをこんなところで聞くなんて・・・」
『これから実物が見られますよ』
そうです。
私は一児の母親なんです。
純潔じゃないから、一角獣に殺されてしまいます。
「サリー。私、殺されてしまうわ」
そう言えば、サリーたち二角獣は大丈夫なんでしょうか?
サリーのお母様は完全に一角獣に殺される基準を満たしていますよね?
『そんなことさせませんよ。デボラ様をお守りするという誓いは破らせません。それに一角獣狩りの囮ではないんですから、大丈夫ですよ』
サリーはそう言ってくれますが・・・。
・・・。
「一角獣狩りの囮? 囮だけ?」
『ええ。そうじゃないと、村人は皆、独身男だけになってしまいます。さあ、早くしないとアグリを見失ってしまいます』
気付くと白馬は最後の一頭だけで、それも姿が消えかけています。
あんな風に私たちも移動したのでしょうか?
そしてこれから移動する時も。
『行きますよ』
視界が闇に包まれたかと思うと次の瞬間にはまた別の場所にいました。
今度は室内ではなく、森に包まれた村の広場のようです。
広場の周りの幾つかの建物以外は木々に紛れるように点在して立っています。それ以外は領地にあった村と変わらない普通の村のように見えます。
「ここは?」
「人馬の村へようこそ、デボラ!」
人の姿に戻っていたアグリが心から歓迎してくれました。
私は金髪美女の中に一人だけいる黒髪のローランド卿を見ながら、彼が乗っていた白馬は本当に妻だったのか気になりました。
『人間が来ることのできないここでは、もう、外に出る時もデボラ様の姿を偽る魔法は必要はありません』
「姿を偽る魔法?」
『デボラ様は美しすぎて人目を引きすぎるのです。王都から追放された後、あの男が探していることは知っていましたので、出かける時は魔法をかけさせて頂きました』
「!!」
私は一度だけ、一人で家から出かけたことがあります。
子どもができたことがわかり、父と母に手紙を出しに行った時です。
その後、見たこともない美女が街に現れたという噂を聞いて、サリーに一目見たかったのか尋ねてみたことがあります。サリーは「デボラ様がいるので見る必要はありません」と言っていました。あの美女が私なら、サリーが見に行く必要がないのもわかります。
・・・。
もしかして、サリーにもその魔法はかけられていたのではないでしょうか?
あの男がサリーを見て、「お前のような顔の女」と言っていたのはそのせいかもしれません。
『貴女を選んで、私は男性として生きることにしたのですから、この村で長生きして下さい、デボラ様』
「サリー? それはどういう意味?」
「二角獣は生涯でたった一人を選んだら、性別を定めてその相手が死ぬまで生きていくんだよ。相手が死んじゃったら、後を追う。そんな種族なんだよ~」
アグリが楽しげに怖いことを教えてくれました。
「サリー!」
『そろそろユーリの為にこの村に移住しようと思っていましたが、まあ、少し早くなったくらいですし、構いませんよね』
呑気に独り言に頷いているサリーの鬣を引っ張って注意を引きます。
「アグリが言ったことは本当なの?!」
『私が化け物でも構わないと仰ったのはデボラ様ですよ?』
私が気にしているのは化け物かどうかではありません。
「私が死んでも、後は追わないで」
サリーが私を追って死ぬ、それが嫌でした。
私が死んだとしても、私の分も代わりにユーリが一人で生きていけるまで見守っていて欲しかったのです。
私だけでなく、サリーまで私の後を追って死んでしまっては、ユーリが両親に死なれて可哀想すぎます。
苦笑して、サリーは言ってくれました。
『わかりました』
と。




