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「デボラ様。私が付いていますから、あと少しだけ頑張って下さい」


 私は何時間も続く痛みで意識が朦朧としていました。そんな私の手をサリーは両手でつかんでいてくれます。


「ほら、もうすぐ生まれるから。もう一度、いきんで」


 近所の子沢山な上に、その手で取り上げた数でも有名なご婦人の声。

 痛みと苦しみで身も心もボロボロです。

 早く終わって欲しい。

 唯その一念で乗り越えるしかありません。

 私は経験豊富なご婦人の言葉に従おうとしました。つかんでくれているサリーの手に爪を立てていることにも気付きませんでした。


「ん゛ん゛~~~!!」


「ほら、頭が出てきた。もう大丈夫だよ」


 ズルリと身体の中から出てくる感触と共に、身体が脱力しました。


 猫の声?


「生まれたばかりなのにさっさと産声を上げるなんて、すごく元気の良い子だね」


「生まれましたよ、デボラ様。よく頑張りましたね」


 近所のご婦人とサリーのねぎらう言葉が痛みで疲れきった私の頭の中を何の意味もなく回り続けます。


「生ま、れた・・・?」


 鸚鵡返しに私が繰り返すと、空気が柔らかくなりました。

 しかし、達成感からくる心地良い眠りが私の意識を刈り取ってしまいます。




 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□




 次に目が覚めた時、傍にいたのはサリーだけで、近所のご婦人はいませんでした。

 サリーは少し窶れたような様子でした。

 私が苦しんでいる間、ずっと傍についていてくれたせいかもしれません。


「サリーだけ? 赤ちゃんは?」


「隣にいますよ」


 顔をもう少し動かして視線を落とすと、寝台で横になっている私の隣に産着にくるまれた赤ん坊がいました。


「この子が? この子はサリーと同じ”体質”?」


 生まれたばかりの我が子を一目見て無事かどうかよりも先に気にするものがあるというのは不思議な気分ですが、この子がサリーと同じ”体質”なら、お産を手伝ってくれたご婦人に口止めをするだけでは済みません。サリーとこの子を守る為に、この街から出ていかなければなりません。

 この家は父が用意してくれたものですからそのまま住めましたが、父に迷惑をかけるわけにはいきませんから、次の家は自分たちで見つけなければいけないのです。

 住み良さそうな村か街まで行って、宿に滞在して家を探さなければいけません。


 早く行動しなければいけないのに、私の身体は怠く、強烈な眠気があります。


「大丈夫ですよ。この子は普通に生まれてきています。私の”体質”は母系遺伝だと言いませんでしたか?」


「じゃあ・・・。男の子? 女の子?」


「デボラ様のご自身の目で確かめて下さい」


「眠いの、サリー・・・。確かめられないくらい眠いの・・・。ねえ、その子の顔を・・・見せてくれないかしら・・・?」


「わかりました」


 サリーが赤ん坊を両手で抱き上げて、私に顔が見えるように見せてくれました。

 赤ん坊は身体のどこもかしこも小さくて、産着から見えている手も顔も真っ赤な色をしていました。薄く生えている髪は白っぽい色をしています。


「髪は私と同じ白金髪プラチナブロンド・・・? それとも・・・、サリーのような金髪になるのかしら・・・?」


 サリーは赤ん坊と私の髪を見比べます。


「私たちの髪の色は同じ系統なので、髪の色はもうしばらくしないとわかりませんね」


「眼の色は・・・?」


「眼の色はまだ確認していません。私の青か、デボラ様の緑か、その二つの混ざった色なのか。今から楽しみです」


 楽しげに目を細めて語るサリーを見ていると、私は胸が一杯になってきました。

 一年前には思いもよらなかった光景です。

 私とサリーが恋人になり、子どもが生まれるなんて・・・。

 サリーなんか同性だと思っていたのに、女性として育てられた女装した男性のような女性なのですから。女性なのか男性なのかわかりません。

 本人は男性だと自覚していても、胸が。

 胸を見てしまうとどうしても、女性にしか見えません。

 この美しくて、男性か女性か文字通りよくわからない人物が自分と愛し合う恋人で、今はその子どもまでいる。


「サリー・・・」


 何かを思い出しそうな気がしました。

 とても大切な何かを。

 ですが、それを思い出す前に眠気がまた強くなってきます。


「デボラ様?」


「良いものね・・・。ああ・・・、眠いわ・・・」


 このまま、死んでしまったほうが良い。

 何故か、眠りに落ちる前にそう思いました。




 幸せはいつまでも続かない。

 幸せは打ち寄せる波のようなもの。幸福の絶頂にいたのなら、波が引くように崩れ去るのみ。


 昏い光を目に宿した娘が頭の片隅でそう呟いていました・・・。

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