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選択 sideコーネリアス

 オーガスタは毎日のように泣いて湿っぽくなってしまった。

 元々、私とデボラの間を引き裂いた悪魔なので、顔を合わせずに済むならそれはそれで構わない。

 どうせ今日も後宮の自室で泣いているか、庭園か王宮内のサロンで呼び寄せた取り巻き相手に泣き言でも言っているのだろう。

 今では仕事ができないのも、うまくいかないのも、全部、デボラのせい。結婚前のようにデボラのことを恋しがっていることなどない。果てには「どうしていなくなったの?」とまで言い出す始末。

 それを取り巻きたちは「オーガスタは悪くない。悪いのはオーガスタを虐めたデボラだ。デボラは性格がねじくれているから王宮の者たちが意地悪をするように根回しをしていったのだ」と慰める。


 オーガスタが正妃の仕事もまともにできない、やろうともしないので、側妃を娶ることに何ら遠慮を感じなかった。

 側妃を志願してくる者は多く、結婚式の日ですら娘を勧められたくらいだ。

 おかげで私の後宮には正妃を迎えてから一年も経たずに側妃が三人いる。

 三人目はオーガスタの取り巻きだった令嬢だ。名前は・・・何だったかは知らない。

 赤みがかった茶色の髪に黒曜石のような黒い目を持つ女だ。身長はデボラよりやや低いくらい。


 荒れた気分のまま午後の執務を始めるのが嫌だったので、彼女を初めて召し出したが、近寄っただけで身を捩って部屋の反対側まで逃げ出した。


「やめて下さい、殿下」


 これではまともに話しかけることもできない。

 この気分を癒やして貰おうと呼び出したのに、会話すら拒むとは。

 私の気分は更に荒れる。


「何を勘違いしているかはわからないが、お前の今の身分はなんだ?」


 女は考えるように小さく首を傾げるが、今の私には考えなければ今の身分を理解していないことに頭が痛くなってくる。


「コーネリアス王太子の・・・側妃です」


 嫌そうな顔で答える女がどこの令嬢だったか、私はようやく思い出す。


「その通り。今はもうヒョードル伯爵令嬢ではない。私の側妃だ」


「しかし、私はオーガスタ様を裏切ることはできません!」


 裏切る裏切らないと言う前に、その人物の夫に嫁いでいるのがわかっているのか?

 正妃や他国の王女ではないから後宮に入るだけのものだったが、この女は側妃として後宮に入った意味がわかっていないらしい。父親であるヒョードル伯爵はどのような教育をしてきたのだ?

 それとも、オーガスタの取り巻きと化して思考能力も失ってしまったのだろうか?

 オーガスタはマールボロ侯爵家が教育を失敗した為に、婚約をさせていなかったぐらいだ。それを見抜けずに騙された私が言うのも何だが、オーガスタは令嬢として必要な教育は受けていないというのに、人心を惑わす能力だけは長けている。


「成程。わかった。夫である私ではなく、正妃であるオーガスタの顔を立てるのだな。ヒョードル伯爵にはそう伝えておこう。行っていいぞ」


「ありがとうございます」


 夫に呼び出されて来るだけだと思っているとは素晴らしい妃だ。

 かつてのオーガスタのように話術で慰めることも、デボラのように側に居て癒やしを与えることもできないとは・・・。


「ついでに王宮からも出て行ってくれ」


 無能な女だ。


「?」


「お前は私の側妃としてこの王宮に入ったのだ。側妃しての勤めが果たせぬなら、出て行くのも筋だ。そんなこともわからないのか?」


「そ、それは・・・」


「それに折角、私の側妃に立てたのに、勤めを果たそうともせず出戻って来た娘を迎え入れるほどヒョードル伯爵が甘いと思っているのか?」


 側妃を送り込もうとする貴族の思惑は王子の外祖父となることだ。孫である王子が国王にでもなれば、一族の栄華は極められる。

 他国であればそのようなことを言ってはいられない。

 この国は他の国と違って、他国との繋がりが薄いが、この周辺国など血縁関係で二重三重に結びついてる。

 しかし、それによって他国からの口出しが容易になっている。争いは大きなものがなくて良いが、政治を他国の思惑を汲んだものにしなければいけないのは辛い。

 それもこれも、叔父の国、叔母の国、従兄弟の国、祖父母の国との関係を考えなければならないからだ。どこかとこじれれば別のどこかともこじれてしまう。

 外祖父がどうであれ、その一族のせいで別の国々と事を構えるなど、愚の骨頂だ。


 つまり、この国の貴族に生まれて、娘を持つことができれば、外交などを気にせずに一族を繁栄させることが可能なのだ。

 それを捨てる馬鹿はいない。

 娘が望まなかったからと出戻って来た場合は追い返すか、修道院に送るのが普通だ。それどころか、勘当して放逐することで王家の怒りを宥めようとする家もある。

 ヒョードル伯爵もそのどれかを選択するだろう。


「・・・」


「貴族の結婚は義務だ。貴族の妻の役目は家を盛り立て、跡継ぎとなる子を産むこと。側妃もそれと大差はない。どうやら、お前はそれを忘れてしまっていたらしい。正妃の友人であるお前だからこそ、側妃に相応しいとお前の父・ヒョードル伯爵が言ってきたから側妃に加えてやったというのにこれではな・・・」


 オーガスタの取り巻きをしに後宮までやって来ただけの女は妃には相応しくない。


「!! そんな! お父様が?!」


 本当にヒョードル伯爵は娘に何と説明して側妃にさせたのだ?

 もしかして本当にお客気分で後宮に滞在しているのか?


「側妃になりたいと申し出ている者もいるのだ。お前の代わりにその者に部屋を与えよう。さあ、出て行け」


「殿下! お待ちを!」


 ようやく、家に帰されれば何が待っているのか気付いたらしい。


「済まないが本当に出て行ってくれ。側妃であることを拒否したのだから、これは承知していたことだろう?」


「殿下!!」


 叫ぶ女を気に留めずに、側近を務めるクレイグが開いたままのドアの前で形ばかりに小さく頭を下げた後、入室して私に耳打ちする。


「コーネリアス様。デボラ様らしき人物が目撃された街で、手紙を受け付けた窓口の係が手紙の宛先がマールボロ侯爵家であることを覚えておりました。また、デボラ様の絵姿を見せたところ、非常によく似ているとの証言がいくつも寄せられております」


 デボラを捜索させている時にマールボロ侯爵がデボラに隠れ家を用意していたことが発覚した。伝手を使ってわからないようにしたようだが、犯罪者の根城になっていないかという名目で空き家や住人の変わったばかりの家を虱潰しに探しまわった結果、発見することができた。愛人を住まわせる為に手に入れたと言っていたが、愛妻家のマールボロ侯爵が普通の民家を手に入れる理由がない。それに若い女性向けに内装が整えられていたことから見ても、あの家はデボラの為に用意された家だった。


 だが、当のデボラは見つからなかった。

 為すすべもなく時間だけが流れていたのだが、突然現れた謎の美女の噂を拾って来た者がいた。貴族だったか、手の者だったかは忘れたが、その噂の真偽を探らせた結果がクレイグのこの報せだ。


「そうか。デボラの確認が取れたのか。わかった。これから数日のスケジュールを調整してくれ」


 私は無礼にも縋り付いてくる女を無視してクレイグに指示を出した。

 しかし、クレイグは不思議そうな顔をしている。


「コーネリアス様?」


「何を間の抜けた顔をしている。デボラを迎えに行くに決まっているだろう?」


 私は女を力づくで引き離し、デボラを迎えに行く用意をしに自室に戻った。

親の言いなりに嫁ぐのが当たり前である貴族の令嬢が結婚式の後で嫁ぐのを嫌がり始めた。出戻れば実家で不遇な生活が待っていることにも気付かず、気付いた時には夫に結婚解消されていた、そんな感じです。


珍しくまともなことを言ったクズ王子。それでも安定のクズです。

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