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一日空いてしまい、申し訳ありません。

「申し訳ありませんが、辺境伯様のご期待には添えません。支え合う相手に愛して貰えない、そんな惨めな生活をするなら、私は今までの生活で構いません」


「やはり駄目か。サリーの”体質”を知っていて、万が一、と思ったが」


「どういう意味ですか?」


「この”体質”がどのような危険を招くか気付・・・かないな。普通の令嬢なら」


「危険?」


 サリーが蒼白な顔をしました。それによって私は辺境伯様が本当のことを仰っていることがわかりました。

 サリーが青褪めるほどのこと、それは・・・?


「この”体質”のように普通の身体ではない者は見世物小屋で見世物にされる。特に、この”体質”の者はサリーのように容姿の優れた者が多い。倒錯趣味の好事家どころか、金と権力に明かせて手に入れようとする者はこの国に限らずいくらでもいるだろう。コッラドの皇帝だけでなく、うちの王太子もな」


「!!」


 千人の美女が後宮にいると言うコッラドの皇帝なら、他国に珍しい美女がいると聞けばありえる話です。

 そしてコーネリアス様は私の元婚約者なんですけど。

 コーネリアス様は平民の間では女好きで知られ、結婚式の間も側妃の話題が出ているようですからありえなくはないと思います。


 それにしてもコッラドの皇帝だけでなく、コーネリアス様まで引き合いに出されるとは・・・。

 辺境伯様はコーネリアス様がお嫌いなのでしょうか?


「この”体質”を明かすとはそういうことだ。辺境伯領なら何とか対処できるが、それ以外でこの”体質”を知った誰かに売られる危険がある」


 呑気なことを考えている暇はありませんでした。

 サリーの”体質”を誰かに知られれば、サリーの身に危険があるなんて。


「売るだなんて・・・。この国では人身売買は禁止されているじゃありませんか、辺境伯様」


 辺境伯様は諦めたように目を瞑って、首を横に振りました。

 相変わらず無表情のままなので異様な光景でした。


「情けないことにいくら法で取り締まっていても、裏では取引されているのが実情だ。逃げ出せないように薬まで使われることもある。それはどの国でも変わらない」


「そんな・・・」


 私の顔から血の気が引きました。


「だから代々の辺境伯はこの”体質”の者を庇護しているのだ。それを利用できる時に備えて」


「利用できる時?」


「この”体質”の者は成人すれば人間より老いにくく、長寿だ。生き字引としてこの国の真の歴史を語り継ぎ、戦術や武術を引き継ぐ仲介者にもなる。時には兵士として戦うこともある。それが彼らの在り方だ」


 老いにくく、長寿であるということは不老長寿と呼ばれるものでしょう。

 美しくなる品物や若返りの効能を謳った品物は婦人だけのお茶会でもよく噂になりました。

 若返りは一種の不老不死を求めることではないのでしょうか?

 そうとなれば・・・。

 サリーのような普通ではない”体質”は先程、辺境伯様が仰っていたような目的でも、不老不死を求める者にとっても手に入れずにはいられない存在。

 その存在が知れれば、辺境伯様の危惧しておられることが起こるということ・・・。


 庇護を口実に同じ”体質”のサリーを辺境伯領へと招くということは――


「有事があればサリーにも戦えと?」


「それが辺境伯領の掟だ」


「・・・!」


 辺境伯様は端的に仰りました。

 辺境伯様にとって、いえ、辺境伯にとってはそれが普通のことなんでしょう。

 使えるものは使い、国を守る。その為に庇護を与えておく。


「”体質”を明かすということは、それだけの危険と引き換えに自分を知って貰うということだ。それだけの信頼を相手に与えるということ。一種の隷属だな」


「隷属、ですか」


「そうだ。私がここまで明かすのも、貴女がサリーから”体質”を明かされて隷属されているからだ。この”体質”は辺境伯領の秘密の一つ。レディ・デボラ。貴女がこの秘密に関わったからこそ、私はそれに関する秘密を打ち明けているのだ。これもまた私が庇護すべきサリーに関わること。貴女が辺境伯領の秘密を漏らせば、サリーと同じ”体質”の者が危険に晒され、サリーの”体質”を漏らせばサリーに危険が及ぶ。それに辺境伯領の秘密を漏らした場合、私は貴女を容赦しない。貴族でも王太子の庇護もない貴女が消えたところで誰も気に留めない。そのような貴女が隷属しなければいけない相手が誰だか、わかるな」


 サリーに”体質”を明かされたことで私はサリーの生殺与奪権を与えられ、辺境伯様が辺境伯領の秘密を明かすことでサリーと同じ”体質”の者の生殺与奪権を与えられ、辺境伯様は私の生殺与奪権を持っているということ。


「・・・辺境伯様ですね」


「その通りだ、レディ・デボラ」


 私は辺境伯様と結婚することを拒否できないということなのでしょうか。

 勝手に秘密を話して、それを種に脅してくるなんて信じられません。これが貴族のやることなのでしょうか?

 貴族がやらなくても、辺境伯のやることなんでしょう。


 卑怯な!


 私が答える前にサリーが答えてくれていました。


「だからあなたの妻に、という話ならお断りです。それとこれとは話が違います」


「お前の為だというのがわからないのか、サリー?」


「そんな気遣いは不要です」


「辺境伯領育ちでないと、どうしてこうなってしまうのか・・・。理想と現実は違う。人間は裏切るつもりがなくても、謀ったり、秘密を漏らしてしまう生き物だ。簡単に情にほだされて痛い目に遭うのはお前なんだぞ、サリー」


 酷い言い方です。

 辺境伯様は人間は裏切るものだと疑ってかかっておられるようです。

 辺境伯様のような立場なら裏切られるのも普通なもしれませんが、その考え方はあまりにも哀れです。

 私も貴族の家に生まれたので、足の引っ張り合いには気を付けておりました。確かに使用人に関しても採用する基準は厳しかったと思います。

 それでも、辺境伯様程までは疑うことはありませんでした。


「私はデボラ様を信じています」


 サリーは何の躊躇いもなく言いました。

 私は自身が危険に晒される秘密を打ち明けたサリーに庇われています。


「サリー・・・」


「お守りすると申し上げたでしょう」


 私を安心させるかのように微笑むサリー。


「私を信じてくれるの?」


「愛する貴女を信じなくて誰を信じるのですか。おかしなことを仰りますね、デボラ様」


「ありがとう、サリー」


 私は思わずサリーに抱き付きました。サリーの見事な胸が邪魔でうまく抱き付けませんでしたが。

 サリーも私を抱き締めてくれました。


「なら、私は引き下がるしかないな」


 平然と言う辺境伯様にサリーは腹を立てているようでした。


「当たり前のことを言わないで下さい。あなたも辺境伯なら、私たちの性質ぐらいわかっているでしょうに」


「ああ、わかっているとも(・・・・・・・・)。理想の相手を見つけたら相手に隷属し、裏切られても尚、一生、相手に恋い焦がれる哀れな性質はな。――サリー、しがらみに縛られないお前を羨ましく思う」


 二人は会ったこともなかったようですが、サリーの”体質”には詳しいようです。

 辺境伯様は代々のお役目柄、知っているかもしれませんが、サリーはお母様が王都で暮らしているところを見ると、辺境伯家の出身のお母様にでも聞いたのでしょうか?


「? 何を言っているのですか? 逆に私はあなたが羨ましいですよ。あなたの父親はあなたを辺境伯にした。それだけであなたが望めばデボラ様を手に入れることができる。あの男から守ることができる立場にいるじゃないですか」


 それを聞いて私は本当にサリーが辺境伯様だったら、と想像してしまいました。

 地位も私への想いも父が問題視することはないでしょう。一部、言動に問題ありすぎますが、それも表立たなければ。


「このような立場を私は必要としていない。その為に捨てなければいけない物もある」


「・・・」


「そんな目で見ないでくれ。私は辺境伯として生きることに誇りを持っている。お前の父のように家を捨てず、支え合うことでしがらみを残した我が父の判断を恨んではいない。お前の母はローランド卿に家を捨てさせたことで自らを責めているが、我が母はそうしなくて済んだ。母が己を責めるのは私のことだけ。私は気にしていないというのに」


「あなたは強いですね・・・」


「両親が良かったからな。お前もそうだろう、サリー」


 自分の両親を褒められて、照れ臭いのかサリーは苦笑しました。


「あなたには勝てません」


「お前に勝って貰っては困る。辺境伯を名乗るものは簡単に負けるわけにはいかない。そうでなければ、相手にあなどられてしまう」


 二人は目の前で握手を交わしそうな雰囲気です。そして、辺境伯様は相変わらず無表情です。


 結局、辺境伯様は何をしにいらしたのでしょう?

 私は漠然とそう思いました。

 私に求婚しに来たのか、従兄弟であるサリーを一目見ようとやって来ただけなのか、どちらが主な目的なのかわかりません。それどころか、私にサリーを売り込みに来たのかと思えるくらいです。


 私たちはしばらく話をし、辺境伯様はお帰りになる時に言いました。


「困ったことがあれば言ってくれ。力になる」


「大丈夫ですよ。しがらみのあるあなたを巻き込みたくありません」


「従兄弟なのに水臭い。――だったら、レディ・デボラ。貴女に困ることがあれば、私を頼ってくれればいい。義理の従兄弟のよしみでな」


 サリーの取り付く島のない返答を聞いた辺境伯様は私に言いました。


「そのような状況にはさせません!」


「ありがとうございます」


 辺境伯様はサリーの返事を見事なまでに無視しました。


「レディ・デボラ。貴女は自分を知らなすぎる。サリーだけでなく、貴女自身も同じ危険に晒されていることを自覚しておいたほうがいい。貴女は若く美しい娘なのだから、サリー同様、人攫いの目に留まらないように気を付けなくては」


 辺境伯様は本当に警戒心が強い方です。

 私のことまで心配して下さるのは嬉しいですが、私にはそんな魅力はないというのに・・・。


「そんな必要はありませんわ、辺境伯様。私はサリーのように美しくありませんから。それで婚約を破棄されたんですよ」


「王太子は逃げただけだ。守ることを放棄したに過ぎない」


「それはどういうことですか、辺境伯様?」


「辺境伯と言うのは守ることが仕事だ。ローランド卿のように守ることもあれば、我が父のように守ることもある。危険の多い自分から離すことで守ることもあれば、反対に傍や内に閉じ込めて守ることもある。自分の傍から離すということは、信頼関係が強くなければ相手の心を傷付ける行為でしかないから」


「・・・」


「要はデボラ様は若く美しい。そしてあの男はただの女好きの臆病者ということです」


「それを言ったら身も蓋もない」


「それで充分なのです。デボラ様がそれ以上、お心をく必要はないのですから」


 憮然とそう言うサリーの表情を見ていると笑いがこみ上げてきます。

 サリーが可哀想なので声が出ないように口元を抑えますが、肩が震えるのは止められません。


「では」


 そう言って、辺境伯様は玄関のドアから出て行きました。

「キリル様」とダークブロンドの背の高い男が辺境伯様を呼び、「帰りも二人だ、アベル」と答える辺境伯様の声が聞こえてきます。アベルと呼ばれた男は辺境伯様の側近か従者なのでしょう。


「辺境伯に幸せが訪れればいいのですが・・・」


 サリーが零した呟きが気になりました。


「サリー? それはどういうこと?」


「別れ際、辺境伯は以前のデボラ様と同じすべてを諦めた目をしていました」


 悠然と立ち去る辺境伯様の後ろ姿からは到底、信じられない話です。

 サリーに急かされるまで私は信じられない気持ちで辺境伯様とその従者の姿を見ていました。

贔屓しようとすると辺境伯はフラグを次々と建築していってしまいました。回収せずに物語が終わるフラグまでしっかり立てていくあたり、彼は次のクズヒーローになる気満々のようです。

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