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「・・・何故、私に?」


 辺境伯様は殿方がお好きな方だとリオネル様からお聞きしたことがあります。そんな辺境伯様の妻にということは、後継ぎだけが目的なのでしょう。

 家同士の政略結婚をする貴族の結婚から見れば、辺境伯様のように後継ぎを設け、家を守っていく夫婦関係など普通です。それ故に夫婦共に愛人がいることもありますが、我がM家はそうではありませんでした。それとなく父は母を支え、母も父の足を引っ張って迷惑をかけないように心がけ、忙しい中でも家族の交流はありました。

 私もコーネリアス様と支え合うのだろうと思っていました。


「貴女は貴族として生まれ育ってきた。ただ、妻を娶ればいいというだけなら平民から選ぶこともできるが、私はそれを望まない。貴女を私の妻にと考えたのは、王太子の婚約者として教育を受けてきたのが大きな理由だ。平民出身では私の不在時に対処は期待できない。名ばかりの妻なら尚更だ」


「名ばかりの妻?」


 この方は跡継ぎが必要なのではないんでしょうか?


「ああ。妻もいないのに後継ぎの子どもがいてはおかしいだろう? 後継ぎを設けることはできるが、それは貴女が産む必要はない。貴女には子どもの母親として、子どもと他の人間に演じて欲しいだけだ」


 妻は貴族でなければいけないと仰ってた理由からすると、子どもの母親は平民なんでしょうか?

 それではリオネル様の仰っていた「殿方が好き」というのには当て嵌まりません。

 それにこの言い方では産みの親から子どもを取り上げると言っているようなもの。

 辺境伯様という方を私は誤解していたのでしょうか?


「子どもを母親から取り上げて、自分の子どもの振りをしろと?」


「ああ。貴族ではよくある話だ」


 確かに本妻が後継ぎをもうけられず、愛人に産ませた子どもを本妻の子どもとして育てることは貴族にはよくある話です。

 偶然、目に入ったサリーは辺境伯様を睨みつけておりました。サリーは私の視線に気付くと表情を和らげて「任せてくれ」とばかりに頷きました。


「貴族ならよくある話でも、デボラ様には良くない話です。それよりも気になったことが一つあるのですが、先程、王太子に見つかると仰っていましたがそれはどういうことでしょう?」


「王太子はレディ・デボラの追放後、その行方を探しているのだ。自分で追放しておいて何をしているのかわからないが、関所やら街の徴税官のところに人を遣ってさがしている。元婚約者であるレディ・デボラには失礼だが、王太子の側妃には誰がなるかという話まで結婚式の間も話題になっていたくらいだ。今更、レディ・デボラを探す理由があるとすればろくでもない理由だろうな」


「コーネリアス様の悪い噂なら聞いたことがあります。ですが、私にはもう関係はないでしょう。コーネリアス様は理想の女性を見つけたのですから」


 辺境伯様の青い目には軽蔑の色がありました。表情がないように見えて、この方の感情は目に浮かびやすいのかもしれません。


「同じ理想の相手を見つけたにしても、サリーとは大違いだな」


「え?」


 理想の相手?

 サリーの?


「っ!! 何故それを!」


 取り乱したサリーに対して辺境伯様は肩を竦めて見せました。

 顔の表情はともかく、それ以外のことで感情をよく表す方のようです。


「私がここをどうやって知ったと思う? 全部、お前の母(サニー)に聞いた。元々はお前のことではなく、王太子のことで王宮の侍女に上がっているお前たち姉妹なら何か知っているだろうと、お前の母から聞き出してもらおうとした時にお前だけは王宮ではなく、王太子の婚約者を理想の相手だと定めてしまって、そちらに働きに行ってしまったとな」


 それって・・・


「!! 王太子の婚約者を理想の相手って、私のことなの、サリー?!」


「ええ。母の言う通りですよ」


 苦虫を噛み潰したような顔でサリーが投げやりに認めました。目元と耳が赤いです。

 私の心臓が踊りました。

 その音が聞こえていないか二人の様子を窺いましたが、サリーは気まずそうな顔をしていますし、辺境伯様は顔だけは無表情です。


「私の妻になることで他に聞いておきたいことはあるか?」


 呆れたような目で私たちを見ながら辺境伯様は仰りました。


「・・・。辺境伯様。あなたは私を愛しては下さらないのでしょうか?」


 父と母のようにお互いを思いやって支え合う関係にいつかはなりたいと思います。

 コーネリアス様はそうではありませんでした。

 不甲斐ない私をコーネリアス様は切り捨ててしまわれた。

 あのようなことを人生を共にする相手にだけはされたくありません。

 私にはそのようなことは相応しくありません。理想の相手としてサリーに認められた私には。

 私が自分を卑下することは、私を認めてくれているサリーの意見を馬鹿にしていることです。

 サリーは待遇も格段に違う王宮勤めを私の側にいる為に辞めて来てくれたのですから。そんなサリーの選択すら、私は無意味なものと見なすわけにはいきません。


「私が貴女に捧げられるのは友情だけだ」


「愛は?」


「友人としてしか愛せない。だから、愛人は作ってくれて構わない。その愛人がサリーなら好都合だ。その子どもに辺境伯を受け継がせても構わない。私もサリーも同じ辺境伯を祖父に持っているからな」


「血筋的にはよくてもそれは私が嫌です。それに辺境伯様。あなたが私に申し出されている名ばかりの妻というのは、相手の女性を馬鹿にしすぎています。失礼です。それはわかっているのでしょうか?」


「都合の良い話だとはわかっている。あの王太子の婚約者だったのだから、貴女は私の話を受け入れる負い目があると思ったのだが、そうではないようだな」


「それは勿論、そうならないようにしてきましたから」


「なら、思惑は外れたか」


 サリーに淑女が結婚前にして良いことと悪いことを教えて貰いましたが、サリーは同性ではなかったんですよね。

 と言うか、リオネル様にしろ、サリーにしろ、辺境伯様までご婦人ではないからか下世話なことを考えていて、私はとても不愉快です。

 殿方とはこのような生き物なんでしょうか?


「まあいい。レディ・デボラ。私を選べば以前のような生活に戻ることができる。だが、選ばなければこの生活やそれよりも下の生活をおくることになる。貴族として育った貴女にその覚悟はあるのか?」

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