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 朝からの訪問者と会う為に私が居間に行くとそこには辺境伯様がいらっしゃいました。私やサリーだけでなく、来客用の予備の椅子も四つあるというのに、辺境伯様は立ったままでした。


「お久しぶりです、レディ・デボラ」


 目礼するその人はよく観察しても辺境伯様で間違いありません。

 やや垂れ気味の目をした端正な顔なのに無表情で人形のように見えるのはこの方ぐらいでしょう。


「・・・どうして辺境伯様がこんなところに?」


 私がおかしなことでも言ったのか、辺境伯様の雰囲気が少し和らぎました。


「王太子が結婚したからその帰りです」


 他国に睨みを効かせている辺境伯様がわざわざ王都に足を運んだのですから、それは本当のことでしょう。辺境伯様が私に嘘を吐く謂れはありません。


 元婚約者と妹が結婚した・・・。

 実際にそれに参列した人物に言われて初めて、それが現実だと認識できました。

 あの二人にとって私は過去の人間であるように、貴族籍を外された私にとって元婚約者も過去の人間。本来なら笑って二人を祝福しなければいけなかったのに、私にはできませんでした。

 父の言うように妹虐めをすることで多少でも私は妹を盗った元婚約者に対して、自分の気持ちを裏切った怒りを発散していたのではないかと思います。家名や妹の為と言うのは父が付けてくれた口実。

 いくら心苦しくても、良心の呵責に悩まされようとも、私は妹に怒りをぶつけていた事実は変わりません。


「ええ、それで。こうして、お顔を拝見することが出来て光栄でございます、辺境伯様」


 辺境伯様は頷き、サリーの顔に目をやりました。


「従兄弟の顔も一度は目にしておきたかったので」


「サリーが?」


「サリーの母と私の父は腹違いの兄弟なのだ。ああ、こちらの口調で構わないか?」


「ええ」


「そう言ってくれて助かる」


 言われてみれば確かに辺境伯様の目はサリーのお母様と似ています。母親譲りの眼の色をしているサリーとまったく同じサファイアブルー。

 顔立ちも性別の差はありますが辺境伯様とサリーのお母様は似ています。二人が似ていることからそれは辺境伯家の特徴なのでしょうか。

 逆にサリーは色彩は母親に、あとは父親似なのでしょう。


「サリーは知っていたの?」


「はい、一応。両親の惚気話を子守唄代わりに聞いていましたから」


 惚気話を子守唄にしてしまうのはどうかと思います。


 それにしても、サリーは同じ祖父を持つ自分と辺境伯様との境遇の違いに何か思ったことはなかったのでしょうか?

 女性でも男性でもあるサリーは貴族の血を引く平民。対して辺境伯様は王家と同じように騎士団を持つことを唯一許された辺境伯家の当主。

 サリーも普通に一つの性別で生まれてきていれば、それが男性ならローランド卿のパース家か、辺境伯家の一員として生きていたのでしょうか?

 どちらにしろ、どちらの家の血を引いていることでプラスになることこそあれ、マイナスになることはありません。それどころか、パース家と辺境伯家の繋がりができたと目され、今の政治的な均衡(パワーバランス)が崩れることになります。

 サリーのお母様がただのローランド卿の妻という立場だと考えていたので気付きませんでしたが、辺境伯家の人物だと判明したからにはこの二人が一緒に暮らしていることには別の意味を持ちます。ローランド卿が爵位継承権を放棄していますから気にも留められていませんが、これは大事です。


「そうなの・・・。私だけが知らなかったのね」


「デボラ様がお気になさることはありませんから。両親もそこは気にしておりませんから」


「気にしておけ。お前たち姉妹と叔母は辺境伯家の庇護を受けているのだから、それを忘れてどうする?」


「今まで特に庇護を受けた記憶はないのですが」


「今まではな。これからはわからん」


「どういうことですか?」


「レディ・デボラはあの王太子の元婚約者だ。今までは貴族籍があったが、今はただの平民。それと共にいるお前の身も良心的な貴族の屋敷や王都の治安の良い場所と異なり、危険に晒されている。辺境伯領ならまだしも、それ以外の場所ではお前のような者にとって気の休まる場所はないだろう」


 辺境伯様のお言葉を聞いていると、サリーにとって今の暮らしは問題があるようです。

 私ではなく、サリーに問題があるということは、サリーの性別のことでしょうか?

 昨日、サリーから教えられて我に返った後、私も気付いたことがあります。

 サリーのような性別は聞いたことがありません。”体質”と言えばいいのかもわかりませんが、それにサリーのあの美しい容姿です。厄介事を引き寄せると考えてもいいくらいです。


「・・・」


「それはサリーの”体質”のことを言っているのですか?」


 私は考えているのか何も言わないサリーに代わって聞きました。


「そうだ。その”体質”は母系遺伝で、特異性から我が辺境伯家で庇護し、我が辺境伯領では公然の秘密として扱われている。余所者には明かされることはない。それが辺境伯領での掟だ」


「私に辺境伯領で飼い殺しにされろと仰るのですか?」


 サリーは感情を抑えた声で言った。

 私にはサリーが何を考えているのかはわかりません。

 サリーが辺境伯領で暮らすことになれば、私はここに一人になってしまいます。

 今は護衛も兼ねていると自称しているサリーが一緒にいるので大丈夫ですが、一人で暮らすとなるとどうすればいいものでしょうか?

 自分のことばかりですが、この街で私はサリーと共に出かける以外はでかけたことがありません。二人で出かけない買い物や用事はサリーが一人で済ませてしまいます。


「飼い殺しではない。叔母上のように庇護を受けろと言っているだけだ。レディ・デボラもここではいつか王太子に見付かる。辺境伯領なら、お前たちを匿えるのだ」


「それには条件があるのでは?」


 サリーが用心深く訊いています。

 従兄弟だというのに、いえ、貴族は従兄弟でも信用してはいけません。それぞれの思惑があるのですから、親子兄弟でそれ以外の絆がなくては信用はできません。


「条件はないが頼み事はある」


 辺境伯様は取引だということをあっさりとお認めになりました。


「私にできることですか?」


「貴族として生まれていないお前には出来ない。レディ・デボラ、貴女に頼みがあります」


 辺境伯様は私のほうを向いて言葉遣いを直しました。


「私ですか?」


「レディ・デボラ、私と結婚して頂けないでしょうか?」

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