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デボラが一話目の状態に戻っています。

 私は妹を虐めたことで王太子に責められ、実家から絶縁され、王都を追放されました。

 やはり父はどこまでいっても侯爵でしかなかったのです。

 それでも父は父で、私に王都の外れ(外れなので、王都ではありません)にある小さな家と生活費に充分な額のお金をくれました。

 今は侍女のサリーと一緒にそこで暮らしています。


 私が暮らすことになった家はサリーの実家よりも小さく、厨房と居間と食堂が一つになった部屋と寝室が三つしかありません。その大きさもすべての部屋を合わせても、寝室と居間から成る屋敷にあった私の部屋よりも小さい気がします。


 厨房と居間と食堂が一つになった部屋はサリーに言わせてみれば、厨房の脇のテーブルで食べている気がするそうですが、私は一日の大半をそこで過ごすので居間と呼ぶことにしました。


 私たちはそこで夕食を終えた時にサリーが突然、サリーのお父様とお会いした日のことを語り出しました。

 あの日、サリーが不機嫌だった理由。それは父が朝一番に秘書を呼びつけた内容に関わりがありました。


 父は秘書に王都外に私が住む家を用意するように命じたのをサリーは偶然、耳にしたそうです。つまり、私が王都の外への追放されることはあの日にはわかっていたことだったのです。

 前夜、私が辺境伯様やリオネル様とダンスをしたことは使用人の間では有名だったそうです。

 そこに秘書に命じた内容から、サリーは家族と別れる準備をしなければいけないと思ったのだとか。そこでローランド卿を呼び出したそうです。

 ただ王都の外に追放するなら、領地にあるマールボロ侯爵家の屋敷に行かせればいいことなのに、秘書への命令からサリーは私が貴族籍から外される可能性に気付きました。


 私が王太子の婚約者となったのは王妃様の意向だったそうですが、王太子は私の王太子妃としての瑕疵かしを理由に何ヶ月も説得したとサリーは王宮に勤める複数の知人から聞いたそうです。

 婚約破棄をし、貴族籍から除籍して、王都外に追放。

 これでは父も私を領地にある屋敷に送ることはできません。それは私がマールボロ侯爵家と未だに繋がりがあることを意味してしまい、私にされた仕打ちを恨みに思って何かを企むとマールボロ侯爵家は疑われ、処罰さえ与えられかねません。

 王太子妃の実家であればこそ、その処罰を免除してもらうわけにはいきません。それをしてもらえば、綱紀を乱すことになります。

 ですから、手紙の遣り取りもできず、領地と王都を行き来する途中に顔を見せてくれる程度の繋がりしか持てません。

 それが私の社交界と縁を切る方法だったのです。

 以前、結婚市場の花形と目されているのだとサリーは言っていましたが、実情はこんなもの。


 サリーがアグリを呼び寄せたのは、王太子によって蔑ろにされている私を気遣ってのことでした。

 確かにアグリには非常に救われました。

 アグリのことを思い出すと心が温かくなります。

 ズキリと心の何処かが痛みました。

 ・・・。

 サリーを疑ってしまったことが申し訳ないです。



 家は街の治安が良い場所にあるとは言え、若い女二人です。気軽ではありますが、無防備のような気もします。

 屋敷で多くの使用人に囲まれて暮らしていた身には人気の少ない家は心細く感じます。

 そのことをサリーに告げてみたところ、サリーは笑って言いました。


「王族の女性の侍女として警護を担当していましたから安心して下さい。デボラ様のことはこの身に換えてもお守りしますよ」


「女性でも警護ができるの?」


「剣が使えますからね。それに厳密に言えば、私は女性ではありませんから。その証拠に腕は太いですよ」


 袖に隠されている肘より上を触った感触は固くて、太さも私の手ではまわりきれないほどです。


「腕は、確かに太いわね」


「でも、女性ではないというのは・・・?」


「私は女性でも男性でもあるのです。母方にはそういう体質の者が生まれやすくて、女性として育てられるのが慣行になっています。そのように育てられましたから、女性の装いをすることに違和感を持っていませんし、男性の筋力を持っていますから女性の警護に最適なのです。父に習った剣術のおかげで一人や二人くらいの襲撃者なら撃退できますしね」


 平然とサリーは答えますが、その内容をすぐには理解できません。

 私は同性でも羨ましいサリーの豊かな胸元に目が行きました。


 この胸は本物なのでしょうか?


 女性でも男性でもあるとは、一体どういうことなんでしょう?

 そういう体質に生まれやすいというのも謎です。

 サリーのお母様もそうなのでしょうか?

 そう言えば、サリーには姉妹もいた筈です。彼女らはどうなんでしょうか?


 疑問はたくさんあります。

 取り敢えず、


「お父様はこのことをご存知なの?」


「旦那様は王族の女性の警護を担当していたことはご存知ですよ。王太子の婚約者であるお嬢様に警護を付けるのは当然ですから」


「でも、オーガスタには――警護の騎士が付いていたわ。」


「そうでしょうね。私のように警護のできる侍女の数が少ない以上、王族が優先されます。王族になるまでは騎士の警護で我慢するしかありません」


 王太子の婚約者は婚約者にすぎない。

 王太子妃になるまでは交換のきく存在でしかない。


 まるでサリーはそう言っているかのように見えました。


「どうして私にはサリーが派遣されて来たのに、オーガスタには派遣されて来ないの?」


 私は以前した質問をもう一度しました。


「私が派遣されてきたわけじゃないからですよ。私はデボラ様の側にいたくて、マールボロ侯爵家に仕えることにしたのですから」


 聞いてはいけない。

 聞いてはいけないのに、聞かずにはいられない。


 まるでお伽話にある『開いてはいけない扉』を開いてしまう人物のような気持ちになりました。

 それは主のおかげで恵まれた環境を手にした人物が、主が唯一つ禁じた扉を好奇心から開けてしまう話。それによって、主から見放され、命すらも落としてしまう話。


 これ以上、聞いてしまえば、お伽話の人物同様、後悔する結果しかないと漠然とわかっています。

 しかし、私は聞かずにはいられませんでした。


「それはどういう意味?」


「言葉通りの意味ですよ。私はこうしてデボラ様の側にいたかったのです。そして、デボラ様にとって代えがたい存在になりたかった」


 晴れやかな笑顔でサリーは言いました。そこには何の邪な感情は見い出せません。


「私にとってデボラ様はかけがえのない存在ですら、あの方のように取り換えなどしません。時間はいくらでもありますから、ゆっくり考えて下さい。ここには社交界も貴族の思惑も関係ありませんから」


 かけがえのない存在。


 それは私がとても欲しいものでした。

 誰かにそう言って欲しかったもの。



 コーネリアス様がそう思って下さっていたと思い込んでいたもの。



「選んでいいの?」


 王太子の婚約者になることは私の意志ではありませんでした。それは王妃様の意向でした。

 侯爵家の令嬢で、まだ子どもだった私には選択権はありませんでした。


「ご自由に」


 妖麗に微笑むサリーのその顔を見て、彼女が彼でもあることなど信じられませんでした。

サリーもデボラにあの事実は告げません。

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