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ダンス

字下げとデボラsideのsideがいらないというご意見があったので、今回からそうしていきます。

 妹虐めを始めた私ですが、各家で行われる催し物への招待状は届きます。侯爵家の令嬢で、王太子の婚約者候補の筆頭となった妹を持つ私に招待状を送らない、という選択はどの貴族もできないからです。

 招待主が嫌だと思っていても、王太子がエスコートする妹を呼んでおいて私を招待しないとなると、侯爵家に対する非礼になり、つまるところには将来の王太子妃の実家への非礼と目されてしまいます。

 かと言って、私に招待状を出せば、出席した妹を虐める光景が繰り広げられるのです。

 各家としては王太子が来なくても招待状に姉妹共々、欠席の連絡が来るのが一番良い結果となります。


 コーネリアス様のご忠告もあり、私が社交界にいる期限が設けられるのも時間の問題です。

 多少、妹の出席する催しを欠席して、アグリと話に出かけても問題はないと思います。


 それに付き合わされているサリーは非常に嫌そうな顔をしていますが、自業自得です。アグリを呼んだのも、私をアグリと会わせたのも、サリーなんですから。

 サリーの実家に向かう馬車の中で、いつもならこれからアグリに振り回される覚悟でもしているような表情をしているサリーが険しい顔をしていました。


「どうかしたの、サリー?」


 私が声をかけると、サリーは優秀な侍女の仮面を付けました。


「大丈夫です、お嬢様。お気になさらないで下さい」


 そうです。

 もう、サリーの「大丈夫です」は信用できません。

 サリーは私を騙しています。

 アグリの発言からそれが発覚したというのに、何も言ってきません。弁明すらありません。

 それとも私が気付いていないとでも思っているのでしょうか?


 サリーが私の知らない何を知っていてそんな表情をしているなら聞き出さなくてはいけません。

 それが信頼できなくなったサリーに対する対応の仕方です。

 サリーの言葉を乳母と同じように無条件で受け入れてきましたが、二心を抱いているとわかった今ではそれはもうできないことなのです。


「気にするなと言われても、気になるわ。そんな怖い顔をして、どうしたの?」


「つまらないことです。お気になさることはありません」


 にべもなくサリーは言いました。今までのサリーならあり得ないことです。

 これは何かあったに違いありません。

 絶対に聞き出さなくては。


「それはあなたが決めることではないわ。私がつまらないかどうか決めること。私はあなたの主なのよ、サリー」


「昨夜、お嬢様はダンスをなさったとお聞きしました」


 私が夜会でダンスをすることが悪いとでも言うような口調が耳に付きます。


「ええ。夜会での社交にダンスは付きものですもの」


「今まではあの方以外とは踊りませんでしたよね?」


 サリーの言う通りです。

 何故、昨日に限って別の方、それもお二人と踊ってしまったのか自分でもわかりません。

 一人はリオネル様なのでわかります。

 あの方は私も兄として慕っていることは父も知っておりますし、アグリのおかげで私もようやくダンスも踊る気になれたのですから。

 しかし、辺境伯様は違います。

 父は何故、あの方が私にダンスを申し込むのを許したのでしょうか?

 普段なら父はダンスの申し込みを許可しないのに、何故だったのでしょうか?

 辺境伯様がダンスをするとは思ってもみなかった相手だから、という理由ではないようです。

 そして、私は辺境伯様のダンスの誘いに頷いてしまった。


 リオネル様と踊った後も父は何も仰らなかったので、父の許可があったのだと思います。父の許可がなかったとは考えられません。

 コーネリアス様以外と踊ったことがなかったことをご存知のリオネル様が、辺境伯様と踊る私を見て心配なさって申し込んで下さったのでしょう。


 私の踊った相手が便宜結婚を必要とする辺境伯様だから。

 リオネル様も心配性ですね。


「それは・・・コーネリアス様が婚約者だったもの。それ以外の方と踊るのはコーネリアス様に失礼だわ」


 妹が出られるようになってからはコーネリアス様は妹と踊りましたが。


「あの方はそうではないのに?」


「コーネリアス様は王族だから社交の責務は仕方がないわ」


 我ながら苦し言い訳です。

 妹が出られるようになってからは妹だけでしたのに。


「お嬢様は王太子の婚約者であっても、侯爵家の令嬢。侯爵家の令嬢として社交の責務もお有りだった筈なのでは?」


「・・・」


 それは言われると困ります。

 サリーも私がダンスに、社交全般に不安を抱えていることは知っているのに、耳の痛いことばかり言ってきます。

 サリーは私が不審に思っていることに気付いているのでしょう。

 その上で、こうしたことを言ってきているのでしょう。

 私たちの間に信頼関係はもう、ないのでしょう・・・。


「身の程をわきまえず、失礼致しました」


 以前なら何ともなかったその言葉が胸に突き刺さりました。




□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□




 互いに何も話さず、憂鬱な気分のまま、サリーの実家に到着しました。

 玄関のドアを開けてくれたのはサリーのお母様でなく、見るからに使用人とは思えない長身の黒髪の殿方でした。歳は父と同年代のようで、薄い水色の目は猫のように目尻が吊り上がっています。

 質素な服装をしていますが、広い肩幅と機敏な動きは彼が騎士であることを隠しきれていません。


 その顔はどこかで見かけたことがあるような・・・。


「ようこそ、デボラ」


 殿方の後ろから出てきたサリーのお母様はそう言って歓迎して下さいました。


「この方は?」


「彼はローランド・パース。サリーの父親です」


 ローランド・パース。

 ローランド卿。

 身分の違う女性と暮らす為に爵位継承権を放棄したというパース公爵家の三男です。

 何度か夜会で嫌がらせを受けて困っているところを助けて下さった恩人でもあります。


「ようこそ、レディ・デボラ。我が家へ」


「さあさ、入って、デボラ、サリー」


 サリーのお母様に案内される私の後ろでローランド卿とサリーが話す声がします。


「サリー。話があると聞いたが?」


「はい。実は、父上にお願いがあって――」


「デボラ。アグリもあなたの来るのを楽しみにしていたのよ」


 陽気なサリーのお母様の言葉で私の注意はそちらに向きました。

 サリーのお母様は居間サロンのドアを開けていました。部屋の中は既にお茶の用意がされていて、アグリは寛いでいました。

 テーブルの上を見たところ、ティーカップの数からサリーのお母様やローランド卿も一緒に居たのだとわかりました。

 私が部屋の中に入ると、背後でドアが閉められました。

 サリーとローランド卿の通り過ぎる足音が聞こえますが、話し声は聞こえませんでした。

 どこか別の部屋で話すのでしょうか?

 廊下で歩きながら話せないということは、二人は他人――私に聞かれたくない話なのでしょう。

 サリーとローランド卿はしばらくして居間に来ました。


 その日のアグリとのお喋りは、サリーとローランド卿の遣り取りが気になって楽しめるものではありませんでした・・・。

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